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【インタビュー】 建築家 平野利樹

        

 虚構と現実の境界を見る

聞き手:大槻友樹、小宅裕斗、北田綾、佐藤夏綾
2022.9.29 

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2022年春学期スタジオ課題文

 

 建築の外から建築を再考する

ーー理想や虚構と現実の境界について、玩具の家のスタジオ課題について内容を教えていただきたいです。


 設計スタジオの課題を作る時は、建築の外からスタートすることを常に意識しています。例えば、トランスフォーマーから建築を考えるというスタジオ課題を行ったことがあります。石ころと情報量の膨大さの美学の話を始めたことがきっかけでした。モダニズムが情報量の少なさの美学だとすると、石ころには情報量の膨大さの美学を考える糸口があるように思います。例えば上海の豫園にある太湖石は、長い年月による水の浸食によって複雑な形状を持っていて、当時それが美しいと珍重されていたわけです。スタジオでは、各自石ころを3Dスキャンし、その模型とドローイングを制作して、それと同じ表現手法で各自が選択したモダニズム名作住宅の模型とドローイングを制作することからスタートしました。そこを足がかりに情報少なさの美学としての住宅から情報量の膨大さの美学としての住宅にトランスフォームさせることを目指しました。


 建築外からのスタートでいえば、個々数年取り組んでいるスタジオでは、京大の心理学者の河合隼雄が発展させた箱庭療法を参照しています。学生はまず敷地やプログラムや建築における固定観念をすべて取り払った上で自由に箱庭を構築し、そこから都市スケールのプロジェクトに発展させるというものです。建築の一般的な設計方法論から一度外れてみて、そこから建築を再考しようという意図がありました。
玩具の家も箱庭と似ていて、建築のスケールモデルとは違う模型のあり方をしています。 玩具の家はよく見ると、時代と共に変化していて、時代状況からの影響を実際の建築の住宅よりも顕著に受けています。例えばリカちゃんハウスでは、AIロボットが入ったり、アマゾンの宅配ボックスが設置されたりなど、その時代の生活像や家族像の理想がダイレクトに反映されています。そのような玩具の家を観察することを起点として住宅を考えることで、建築領域の中だけでの住宅設計の流れを分析しても見えない時代・社会・文化状況と住宅の関係が明らかになるのではないかと考えました。スタジオではそれぞれの学生にリカちゃんハウスやバービーハウス、シルバニアファミリーなど、さまざまな玩具の家を与え、そこに投影されている理想の生活像・家族像を分析してもらいました。そこから理想像を加速させる形ないしは批判する形で、玩具の家を改造し、改造した玩具の家をベースとして、一つの住宅を設計するというのが課題のテーマでした。
 

ーー一種のトランスフォームでしょうか。

 
 改造した玩具の家を住宅にトランスフォームさせることを考えていましたが、結果的にはなかなかうまくいきませんでした。建築の外から入っていくので、いざ建築プロジェクトに発展させようとしても、そのままスムーズに設計に移行できず、一旦リセットして設計し直すことになってしまうケースが多くありましたね。
 

 

 理想と現実のせめぎ合う境界を揺れ動く、そこが1番面白い

ーー学生にいつもと違う方向から設計してほしいっていう意図で、いつもと異なる手法を取られたということでしょうか。


 日本だと設計課題はトレーニング的な側面が強いと感じます。例えば、美術館を設計する設計課題だと、美術館というビルディングタイプがもつ複雑な機能の理解・整理するためのトレーニングとして課題が組み立てられる傾向があります。一方で、留学や、海外のスタジオの講評会への参加を通して感じるのは、先生自身が現在関心を持っている事柄をそのまま課題としていることです。そのため、トレーニングというよりは課題のアイディアを学生に実験的に走らせもらい、最終的にどのようなものができるかを学生と先生が一緒になって考えるような感じですね。


 今回のスタジオでの成果物は大きく2つの傾向に分かれたと思います。1つ目は玩具の家が示す理想像を批判し、それに対するアイロニーとしてプロジェクトを提案する方向で、2つ目は理想像をそのまま現実の住宅設計に落とし込む方向でした。2つ目の方向では、設計に落とし込む段階で一般的な建築設計のお作法に囚われてしまいがちだった印象です。


ーーそれぞれどういった例がありますか。 

 
 1つ目のアイロニーの方向だと、理想の生活像や家族像を突き詰めていった先にある反転した状況を映像作品として表現しているプロジェクトがありました。すべての生活はVR上で完結していて、そこでは自分にとっての理想の世界が展開されていて、たとえば毎晩寝室を自分の好きなデザインに変更することができたりするのですが、ヘッドセットを外してVRの世界から出ると、実際に住んでいるのは真っ白な無機質な空間で、しかもその無機質な空間そのものも、砂漠の中にあるというようなストーリーでした。


 2つ目について、玩具の家はさまざまなものが極端にデフォルメされていて、例えば部屋配置に関してもトイレとベッドルームの空間が繋がっていたりと、建築計画学的には破綻しているのですが、それを建築的に正しいものにしようとするあまり、玩具の家が本来持っていた魅力がどんどん失われてしまいました。一方で、玩具の家が表象する理想をそのまま建築化することは不可能だと思います。


私は、完全な理想というものには到達できないものであり、常に現実に折り合いをつけなければならないのだと考えています。ここで境界の話に結びつくのですが、理想と現実のせめぎ合う境界を揺れ動く、そこが1番面白いエリアで可能性があると考えています。
 

 

 フェイクにもリアリティがあり、そこに新しいアイディアが

 潜んでいる

ーーディズニーは理想化された自然ではないかと考えています。ディズニーについての平野さんのお考えをお伺いしたいです。


 私のスタジオでは「In Praise of Fakeness(擬物礼讃)」というテーマで頻繁にディズニーランドを取り上げていて、よくスタジオの中で学生とともにディズニーシーに行ってリサーチをしています。ディズニーランドは基本的にすべてのものがフェイクですが、建築のプロパーな言説ではフェイクは悪いものとされてきました。建築ではオーセンティシティを評価するという面があり、例えば木も無垢の木が一番良くて、木目化粧板を貼っているだけのものは望ましくないものとされる傾向があります。しかしフェイクかオーセンティックかをそのような視点で気にしているのは建築の人ぐらいです。両者の優劣関係をリセットし、もう一度フェイクの可能性を再考したいと考えています。


 ディズニーが「理想化された自然」ではないかとのことですが、そもそも「自然」の概念・定義自体が現代において揺らいできています。人新世という概念が示すように、地球上で人間の手が加わっていないものは、もうほとんどない状態ですよね。地球の大気には1945年のトリニティ核実験以降放射性物質が拡散し、海中でも、例えばマリアナ海溝の奥深くでもマイクロプラスチックが発見される状況にあります。このような状況の中で、人工の対極として自然を考えることが成立しなくなっています。自然の定義自体をアップデートする必要が出てきているように思います。そのような意味で、今までフェイクの自然とされてきたものも自然の一部であると考えることで、何か新しい自然観が生まれるのではないかと考えています。その点でディズニーランドは非常に面白いです。茅葺きの屋根だけれども、 実際には樹脂でできていたり、パークの中に岩はすべて作られたものであったりします。そのようなフェイクにもリアリティがあり、そこにスポットライトを当てていくと、旧来の建築の設計手法には無かった新しいアイディアが潜んでいるのではないかと感じます。
 
ーーディズニーから今の建物に応用できる点は何でしょうか。


 境界の話に結びつけると、ディズニーランドはトゥーンタウンやファンタジーランド、西部の世界等々、相容れない世界がパークの限られたエリア内で共存しています。そこでは、境界が重要になってきます。しっかりと世界観は分けながらも、どのように共存させるのかという考えは、これまでの、境界を失くそうとしていたこれまでの建築では無かった考え方です。ディズニーランドでは、相容れない様々な異質な世界同士がコラージュされていて、そこにどのように境界を作るのかが非常に重要になっています。この境界の作り方はいろいろな作り方があって、例えばディズニーシーだと、メディテレーニアンハーバーとアメリカンウォーターフロントのエリアの境界には橋や広場が設けられ、そこには噴水や銅像がありますが、それらの要素はニューヨークにも地中海のエリアにも属せるため、境界が揺らぎ、2つのエリアがうまく共存ができるようになっています。 パリ、香港、上海、アナハイム等世界の様々なディズニーランドに行きましたが、やはりディズニーシーがそういう視点では1番面白いですね。もちろん東京ディズニーランドやアナハイムにある最初のディズニーランドは、ウォルトディズニーが最初に考えた設計手法が残っています。例えばパースペクティブの手法などがわかりやすい形で見受けられます。ただ、ゾーニングや細かい作り込みの点でディズニーシーはかなり高度ですね。
 

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