【インタビュー】 建仁寺塔頭両足院 副住職・伊藤東凌

         建築史家・井上章一

 失われるもの、遺すもの

建仁寺塔頭両足院 副住職 伊藤東凌氏に聞く

聞き手:菱田吾朗、中村文彦、野間有朝、渡邊雅廣、春日亀裕康

2019.7.30 於 建仁寺塔頭両足院

建築史家 井上章一氏に聞く

聞き手:菱田吾朗、中村文彦、野間有朝、渡邊雅廣

2019.8.2 於 国際日本文化研究センター

様々な歴史が重層的に堆積してきた京都。

変化し続ける都市のなかで何が失われ、これから何を遺していくべきなのか。

今後の京都について改めて考えるべく、伊藤東凌氏、井上章一氏の2人にお話を伺った。

― お寺の社会的役割

—近代以前のお寺は社会にとって、どのような存在だったのでしょうか。

 

伊藤—昔は学校も美術館も博物館もありませんでした。そんな時代にもお寺には芸術品や書物が蓄積されていたので、文化や芸術や学問を学ぶために人々が集まってくる場所だったといえます。例えば建仁寺は五条坂の陶芸家とのやりとりが多く、お寺にある陶芸作品のみならず、張瑞図という書道家の書を、ある陶芸家に貸したという記録が残っているなど、ジャンルを超えて関わりが生まれる場所だったともいえるでしょう。

 また、建仁寺のような大きなお寺は、幕府のはたらきを一部担う役割も持っていました。昔の朝鮮通信使の応接係にお坊さんが選ばれていたのは、当時もっとも漢文に優れていたのがお坊さんだったからです。学問に優れた僧は、政府から碩学録という録を授与されることもありました。つまり意外ながら、民衆に開かれていたというよりは、きちんと幕府や藩とつながってしかるべき仕事をしていたともいえます。お坊さんを大名のもとに派遣して、漢詩や連歌などの指導にあたらせながらコネクションを強め、その大名から金銭的に援助してもらうこともあったと思います。

 

—いまとは全く逆で、政治と宗教とがあまり切り離されていなかったということですね。武家をもてなすために庭の文化が発達したように、お寺にはもともとなかった機能などが、政治勢力との関わりによって生まれたものはありますか。

 

伊藤—例えば、本堂は客殿とも呼びますが、方丈といって6つの部屋に分かれています。客人をお迎えする際には、最初は入口の間で全員荷物を置いて休んでもらい、主客だけを真ん中の部屋に案内し、少しもてなします。このときのお茶のふるまい方が茶礼と呼ばれ、茶道の源流になっています。そうしてさらに奥の方へ入っていくのですが、部屋ごとに移動していくことでそれぞれに意味付けができます。すると、例えばどの部屋のどの位置に絵を飾るかを決めることを通して、部屋の設えが変わっていきます。このように、やはり人々をお迎えすることで文化が生まれているといえます。困った人がただ駆け込むためだけのお寺だったら、お坊さんになりたいと思う人もあまりいなかったかもしれません。でも当時はそうではなくて、位の高いお坊さんがしていたのは、賓客を招いて接待するという、外交官のような華のある仕事でした。

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方丈の平面図1)

—京都のお寺は特に、観光スポットとして見られることが多いと思います。京都のまち全体も観光都市としての側面が強くなってきていますが、これについてどのようにお考えですか。

 

伊藤—人が来ることで、我々に新たな気づきが生まれ、改善されていく点も多いので、非常にいいことだと思います。現代人は何に悩んでいて何を求めているのかを、私もお寺を案内しながら対話をするなかで見つけていき、現代でのお坊さんのあり方を見つめ直すチャンスを得ているといえます。もちろん拝観収入を得られているという部分もあります。

 一方でよくない側面もあります。拝観人数をどのように管理するのかなど、一般の会社と変わらないような仕事に労力をとられてしまうので、ストイックに一生涯かけて勉強し、力を磨いていくような昔ながらの文化は薄れてしまいました。その代わりに、いまは人々にきちんと関わる機会があるという点ではいいと思います。

 お寺は観光のために開かれていくべきだとは思いますが、静寂や伝統を感じながら、普段とは異なる気分になるための場所が、ただ開けるという形にしてしまうと騒がしくなってしまうかもしれません。ゾーニングなど、特に建築的なアプローチを含めながら、閉鎖性と開放性を丁寧にコントロールできると、静寂を保ちながらも、活気もある場所になると思います。

― 観光都市とどう向き合うのか

—花見小路など、建仁寺周辺のまちには伝統的な景観が残っていますが、この景観はもともとあったはずの生活や文化と切り離されてしまい、外側だけが残されているようにも見えます。こうしたなかで、どのようにまちを保存していくべきだとお考えですか。

 

伊藤—まちという単位では真剣に考えていなかったかもしれません。でも、やはりいちばん残したいのは「丁寧さ」ですね。果たして何が丁寧なのかというと、例えばものづくりの丁寧さや、暮らしの丁寧さなどがあると思います。

 多くの町家がショップにリノベーションされていますが、町家のなかだからこそ、ハイブランドが入ってきても、どんどん数を売ればいいという見せ方ではなくて、品物を作る過程など、本質を見せるような構えになると思います。ただ、必ずしも町家がないと丁寧さが残らないわけでもありません。例えばマンションに住んでいるおばあちゃんでも、毎日料理を3食作るような暮らし方は、我々現代人からすると丁寧だなと感じます。

 

—歴史建築物のハード面をどう残すか、どの年代のものを残すか、あるいは現代的にどう解釈するかといった話を私たちは考えていたのですが、そこで営まれる生活の「丁寧さ」という視点はとても示唆に富んでおり、本質を突いている気がしました。

 

伊藤—丁寧さというときに忘れてはいけないのは、人と人とのコミュニケーションだと思います。便利になった現代では、リアルなコミュニケーションは最低限になり、デバイス上でのやりとりがメインになりつつありますが、人と人とが顔を向け合って、人と人との距離感をきちんと取れるような建築やまちの姿であってほしいんです。京都性や京都らしさとはどこにあるのかと考えたときに、「丁寧さ」はひとつ言い当てているように感じます。

 これは禁止です、あれも禁止です、というようなサインばかりが増えていますが、今後もその傾向を止めるのは難しいかもしれません。でも本当は、例えばお寺に足一歩踏み入れたときに、「明らかに丁寧な場所だから、丁寧にふるまわないといけないな」と自然に思えるようになるべきだと思います。お寺だけではなく、京都のまち全体がそうなれば本当にいいと思います。

建仁寺北門から花見小路を見る

― 現代都市におけるお寺

—日本人の信仰心が薄れてきている現代、さらには今後のお寺の存在意義について、どのようにお考えですか。

 

伊藤—どうしても私の場合は人に焦点を当てて話してしまうので、現代の生活様式や現代人に対してどういうものを発信するかという目線でお話しします。

 「眺める」という作法を大事にしていて、この作法自体が日本人もできなくなってきているように思います。スマホを見てパッと判断するのではなく、ぼーっと景色を見ている間に、その景色にだんだん自分を重ね合わせたり、過去の自分を思い出して勇気を取り戻したり、ささくれだった心が別の何かに繋がったり。そうしたときに人は、もっと広い視点でものを見られるようになると思うので、眺めるという作法をきちんと実践できる場をつくっていかないといけません。美術館や学校などでも、いい施設はできているとは思いますが、その中で枝や木々の移り変わりや光の現象の変化を感じてほしい、まさに眺めてほしいんです。そして、分厚い壁で区切られていたような自分が、そういえば自然の一部だったんだなと、溶け込むような感じで自分の感性を取り戻せるような場所として機能していくべきだと思います。

 これは普遍的な話で、昔は上層階級だけが受け入れの対象でしたが、やはり誰しもそういったものは普遍的に必要でしょう。もう対象は日本人だけとも限らないと思います。

 

 

—現在、両足院で行われているお墓のプロジェクトは、どのようなものでしょうか。お墓は亡くなった人のためのものであると同時に、生きている人のためのものでもあると感じます。

 

伊藤—お寺のなかには渾然として死と生があるべきだと考えていて、そのモデルとして大昔の集落のようなものを考えています。集落では、埋葬場所が村の中心にあり、そこで皆で集会をしたり、祭りをしたりしながら生活していると、死がいつも自分事だと思えたはずです。いま、まちを考えるときには、死を不浄なものだと見なし、とりあえず端の方に置いておきます。まちを本当に集落化することは無理ですが、この両足院のなかだけでも、そうした集落モデルのようなものを取り戻そうとしています。例えば精神修行は深い山奥で、食事は賑やかな派手な場所で、というようにバラバラになるのではなく、お寺に全てが混然と入り混じっているほうが、気づきがあると思います。お寺をまちなかにある集落のように機能させて、飲食のような生に関することと、死に対する祈りや供養を、人々になるべく近く感じてほしいと思います。どんな食べ物を出すのかについては、まだはっきり定まってはいませんが、他のレストランなどとは違うもの、いわゆる従来の精進料理をベースに、それを食べながら自分の親や先祖のことを思い出せるようなものがいいなと思います。

—両足院ではほかにもアーティストの方を呼ばれてイベントをされていますが、これはどのような考えで行なっているのでしょうか。

 

伊藤—現在のお寺が昔のものを保存するだけの場になりつつあるなかで、昔のような文化創造の場としての役割をもう一度取り戻すべきだ、という意識がありました。例えばプリンターの技術も上がったので、掛け軸のレプリカを何幅か作ったりもしていたのですが、これでは新しい芸術は生まれないと思いました。つまり、自分たちの哲学性やテーマを芸術家に表現してもらって教えを広めるための芸術なのに、数百年前のものの複製を重ねていくのは非常にもったいないと思ったんです。できるだけ芸術家を招いて、きちんと対話を重ねて、様式にも縛られず、現代的に読み替えていくことを心がけています。例えば、単純な掛け軸を作るのではなく、「かける」という概念だけは変えなければいろいろなことができます。大事なのは対話の密度です。これがないと、芸術家に場所を貸してただ置いただけの一時的なもので終わってしまうと思います。

 これは建築にも通じていて、現代の建築家ときちんと話し合ってつくろうとはお寺もなかなか思いません。先ほど述べた食事を出す新たな試みについても、イベントでいろいろと試し、対話の機会を作ることでリサーチに磨きをかけていきます。仮設的に試さずにいきなり建物を建てたら、見た目としては綺麗でも、思想の伴っていないものになってしまうのではないかと思います。お寺だから、もしかしたら京都だからか、無理に急いでつくろうとせず、どちらかというとクオリティに対して意識が向くんです。これは厳しくもあり、ありがたくもあります。きちんとクオリティの高いものをつくることができれば受け入れてもらえる。急いで適当にやってはなりません。

 建築や芸術に関して、もう一点重視しているのは縦軸と横軸です。まず縦というのは、場所の持っている歴史のコンテクストです。これが京都には相当蓄積されていて、どの時代のものがベストか考えた上で、複数のコンテクストを折り合わせられます。芸術作品をつくるときにも、例えば200年前、400年前、800年前と三つのコンテクストを盛り込むようなことが簡単にできるのは強みです。そして横というのは、まちのスケールが小さいので、例えば草履屋さんはすぐそこにいるとか、数km先にいるとか、いろいろな技能を持った人たちがひしめきあうようにいるので、何かやろうと思ったときに皆がすぐに会えてしまうというような話です。

 やはり、結局は納得して続けられることが大事だと思います。続くことを大前提とした考え方がここまで強いのはやはり京都だけではないでしょうか。とりあえず3年間はこのビジネスで回しておいて、また立て直して、というような発想はまずしないと思います。続くことで、人々に受け入れてもらえる、まちに溶け込んでいけると思います。きちんとまちに根付かせようという狙いを持って丁寧にやる。失敗することもあるとは思いますが、コンテクストをしっかり丁寧に拾いながら、横のことも意識しておかないとサスティナブルなものにはなりません。目先の話題性や利益に気を取られることなく、縦横を意識して気持ちがいいようにつくらなければいけないと思います。

 また、京都には丁寧な暮らし方をしている人が多くいるように感じますが、それをわざわざ自分では外に広めようとはしません。特にご高齢の方にとっては普段の生活の一部として当たり前に行なっているようなことが、海外の人からしたら貴重な価値があります。新しいものに対してもあまり嫌がらず、聞く耳を持ってくれる人は多くいらっしゃるので、まちに愛されることを前提にしながらも、海外の方々を主なお客さんとしてもてなすような形で融合を実現できると思います。まさにこれが横を意識するということだと思います。そして、さらに歴史的な調査も行ないながら、縦の意味も込めていければ素敵だと思います。

RYOSOKU 禅寺食堂・売店 これからの禅寺の景色を支える「器」
(写真提供:RYOSOKU pc:奥山晴日)
『traverse 新建築学研究』は京都大学建築系教室が編集・発行している機関誌です。17年度より紙媒体での出版を止め、web上で記事を発信していく事となりました。
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