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【インタビュー】 建築家・宮本佳明

        

 「終わり」のない建築

聞き手:谷重飛洋子、大橋茉利奈、阪口一真、宮原陸
2019.7.30 「ゼンカイ」ハウスにて

建築に欠落が生じた時、その建築は可能性を帯びる。
阪神大震災で生まれた「ゼンカイ」ハウスで設計活動を行っている建築家 宮本佳明氏。
建築に終わりはあるのか、終わらせないために何ができるのか。建築の欠落に挑戦的に向き合ってきた宮本氏に問う。

 

 「ゼンカイ」ハウス

 ― 阪神大震災のときの復興政策に対するアンチテーゼとしてこの『「ゼンカイ」ハウス』を建てたとお聞きしましたが、今ではどのように捉えていますか。

宮本 ― アンチテーゼというほどではないですが、修繕ではなく解体を促進する政策に対する異議申し立ての意味は込めました。公費解体制度はゴミ対策の制度なので管轄は国土交通省ではなく厚生労働省なんです。山のように出る震災ゴミは政府主導でないと片付けきれないので、解体費用を国費で出していくんです。修繕にはお金が出なくても解体には出るなら、解体する人が多くなりますよね。修繕も支援すべきだという運動が当時行われた結果、当時制限が多くほとんど周知もされていなかった災害救助法に基づく応急修理に対する支給も、現在ではかなり使いやすくなりました。
 今は『「ゼンカイ」ハウス』をどう感じているかというと、まあお客さんが来ない限り修復したことなど忘れるほど馴染んでいて気に留めることはありませんね。自分が暮らすというか、仕事をしている場所だから過激なことをしようと思ったわけではなかったんです。当初は鉄骨を錆止めのまま残そうかというアイデアもあったのですが、最終的に白く塗ったのもそういう理由なんです。鉄骨の大きさもあえて誇張するというニュアンスではなくて、自分自身にとっての安心感を得るためには小手先の修繕では怖かったので補強しすぎるぐらいしておかないとな、と考えました。そもそもこの住宅にはいろいろな改修が既に行われていたので、今もそれら全部が一体の建築ですね。違う時代のものが同時に見えているわけでしょう。そういう心地良さはありますね。

「ゼンカイ」ハウス 正面より

 

  船–記憶の器‒

 ― 震災の記憶に関してはどう意識されていますか。

宮本 ― 誘われたこともあり、東北の震災の年の4月初めに被災地に行きました。見て歩いているだけなので、水平に写真を撮っていると物見遊山感が出てしまうと思ったのか、下を向いて基礎ばかり撮っていました。東北の場合は津波被害なので、上物が流されてコンクリートの基礎だけが残った建物が多くありましたからね。
 『基礎のまち』と名付けた提案は田老をモデルにしたものです。ここの住宅地はおそらく高台移転が行われて、法律的・制度的に厚い手当のある港湾施設もすぐ復活すると思いました。問題は低平地のもともと市街地があった場所です。残された基礎を撤去し、何もないまま放置するくらいならば、基礎を花壇に見立てて鎮魂の場所として解体せずに置いておいたらいいんじゃないかということで、このドローイングを描きました。実際に実現したのは釜石市鵜住居の根浜海岸で1軒の住宅の基礎を花壇にしただけですが。
 ここで震災の記憶の話になるのですが、その住宅の基礎を最初に案内してもらったとき、「ここが玄関、ここが居間でテレビがここで、ソファがここで」と基礎を前にして結構嬉しそうに案内してくれました。そのときに震災自体の記憶ではなく、その前の平和な生活の記憶を残すことはだれも嫌がっていないことに初めて気が付きました。当時報道されていた震災遺構の保存をめぐる議論のなかでは、震災そのものの記憶のことばかりどうしても取り上げられていましたが、これらは分けて考えるべきだとそこで気が付き、生活の記憶を意識しはじめました。これは、『「ゼンカイ」ハウス』を作ったときには全然考えていなかったことです。

『基礎のまち』

 ― 宮本さんは「記憶の器」という言葉をよく用いられていますが、これはどのようなイメージなのでしょうか。

宮本 ― 「記憶の器」という言葉は、記憶を積んで動いていくイメージで、英語ではいつも「vessel」を使っています。船、乗り物の感じです。「動く」というのは人間が「生きる」という感じです。「建築は『記憶の器』だ」と言っているのであって、「『記憶の器』は建築だ」と言っているわけではありません。「記憶の器」の一つが建築なのであって、ランドスケープだってありえますし、風景全般がそうです。「記憶の器」は出来事の背景だから、下手したら消えてしまうと思っています。風景の中で生きている、生かされている感じがあるから、風景が消えるとアイデンティティも消えてしまいますよね。これは東北で被災した多くの人が感じていることだと思います。

 ― 「記憶の器」を大きくすることはできるのでしょうか。例えば『「ゼンカイ」ハウス』は、ただ壊れた部分を補修して元の姿で維持するよりも、当時の震災の記憶がより強く維持されている気がします。

宮本 ― なるほど、結果的にそうなっているというのはあります。家もいろいろな時代でいろいろな目に遭うわけじゃないですか。阪神大震災という目に遭って、こんな鉄骨を付けられてしまったわけです。この先、何が起こるかはわかりません。建築の姿も、変わっていっていいんじゃないでしょうか。基礎が無くなるともう何もなくなりますから、基礎というのが「記憶の器」の最後の拠り所です。
 英語で「vestige」という単語は通常、そんなにはっきりしていないかすかな痕跡という意味で使います。その「vestige」の状態が基礎なんです。東北の震災後の基礎は二次解体を免れて、かろうじて痕跡が残っていましたが、結局それも無くなってしまいました。低平地が使われないまま荒れ地が広がっているくらいなら、本当に基礎だけでも残しておけば良かったなって思うんですよね。

 ― 被災後の風景に宮本さん自身は何か惹かれるものがあったのでしょうか。またご自身が手を加えることで美しいものに昇華させようという意識はあったのですか。

宮本 ― 1996年の「ヴェネチア・ビエンナーレ」で、阪神の震災の瓦礫の現物をヴェネチアに運んで展示しました。コミッショナーの磯崎新さんと当時まだ固定電話で話をして、ほぼ二人が同時に「瓦礫を運びましょうか」と言って、一発で決まりました。ここでは基礎に対する意識はなく、建築が壊れると何になるのかを考えていました。日本は木造文化なので、壊れた建築は廃墟にならず木っ端(こっぱ)になります。瓦礫というよりそんな木っ端を使ってインスタレーションをしたのですが、それはジオラマみたいに何かの再現ではないんです。こんな廃墟、というか被災地の風景というものは実際には無いですから、やっぱり何かの表現を無理矢理しています。表現しないと伝わらないというのもありますし、そうすることで結果的に美しいと感じたんですよ。皆、この展示を見て、きれいだって言うんです。

第6回ヴェネチア・ビエンナーレ建築展 日本館床のためのインスタレーション

 

  都市の重層性

宮本 ― ファブリツィオ・クレリチの『水のないヴェネチア』を知っていますか。この作品はあくまでイメージとして描かれているのですが、ヴェネチアは干潟に松の杭を山のように打って、その上に石を置いて造られた島です。その何十万本の杭のために森を丸ごと潰しています。森の場所はヴェネト州の奥の方とかシリアとかノルウェーなど多くの説がありますが、ヴェネチアの島は森の死骸でできているんですよ。このヴェネチア本島の先端にあるジャルディーニという公園が「ヴェネチア・ビエンナーレ」の会場ですが、不思議なことに山になっています。食事のときに磯崎さんが、真っ平らな島に山があるのは、1902年に自然崩壊したサン・マルコ広場の鐘楼の瓦礫を運び込んだからだと教えてくれました。森の死骸の上に石を積んでできたヴェネチア本島の端に、サン・マルコ広場の鐘楼の瓦礫が積まれ、その上に吉阪隆正の設計した日本館が乗っていて、その中にわざわざ日本から運んできた瓦礫を積んでいるんです。このように重層しているのだと気が付いたときは、ぞくっとしましたね。その頃から「都市の重層性」を考えるようになりました。建築は地面の上に建っているのではなく、地面のもっと下から生えているということです。阪神高速にせよ首都高にせよ、平気で川の上や海の上を走っていますが、表面に水があるかどうかの違いで、どちらにしろ杭は打っているから同じだということです。そういう下地があったので、東北では自然と基礎に目がいったのかもしれません。

ファブリツィオ・クレリチ:水のないヴェネチア,1951
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『traverse 新建築学研究』は京都大学建築系教室が編集・発行している機関誌です。17年度より紙媒体での出版を止め、web上で記事を発信していく事となりました。
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2014.10 | 112p
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