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【インタビュー】 筑波大学大学院 システム情報系 情報工学域 教授・三谷 純

 折りなすかたちの美しさ

聞き手=大須賀 嵩幸、堺 雄亮、坂野 雅樹
2017.6.10 つくばエキスポセンターにて 

折り鶴、手裏剣、紙ヒコーキ、、、
日本の誰もが触れたことのある折り紙。そんな折り紙で、息をのむほど美しい作品を作り出す人たちがいる。
コンピュータグラフィックスの知識を生かし、複雑な立体折り紙の作品を次々と生み出していく三谷純氏と共に、折ることによって生まれるかたちの美しさ、そして折ることの本質に迫る。

プラレール作品の展示

― DNAとプラレール

 折り畳むという考え方は建築にとどまらず、生物の世界にも適応できそうです。例えば、DNAの二重らせん構造やタンパク質の立体構造には折り紙にも通じるものがあると思います。

三谷 DNAを構成するDNA鎖や、タンパク質の一次構造は一次元の紐状のかたちをしています。これを工夫して折ることによって、二次元の平面や三次元の立体構造が得られます。つまり、折るというシンプルな操作を繰り返すことで、次元を上げた複雑な形ができるわけですね。理化学研究所のDNAの折り畳みを研究している方と対談させていただいたことがあるのですが、最近では「DNA ORIGAMI」という技術も研究されています。DNAが決まった塩基同士で結合を組む性質を利用して、思い通りの2次元、3次元ナノ構造物を作り上げる技術です。ここまで話が進んでくると、皆さんのよく知っている折り紙とはかけ離れてくるかもしれませんが、海外ではあまりこだわらずに、「折り」を伴うさまざまな事柄に「ORIGAMI」という言葉が使われています。

 折ることによって次元の拡張ができるということでしょうか。紙の折り紙も、2次元の平面を折ることで3次元の作品をつくり上げています。

三谷 そうですね。逆に、折り畳んで小さくした情報を、元のかたちに戻して簡単に取り出すこともできるのです。DNAが折り畳み構造を取っているのは、膨大な量の遺伝子情報を刻み込むために都合のいいかたちだからでしょう。

 最近、息子と列車のおもちゃのプラレールでいろいろなコースをつくって遊ぶのにハマっていたのですが、実はプラレールはレールをつなげて長いコースをつくるという点が、DNAやタンパク質と近い性質を持っているんじゃないかと思っています。直線と8分の1円弧の組み合わせからなるかたちとしてプラレールを捉えてみると、途端に幾何学の問題になるのです。いくつかの幾何学的な性質に注目し、『鉄道模型コースシミュレータ』というソフトウェアを組んでさまざまな幾何学模様を生成してみました。シンプルなパーツを組み合わせることで、折り畳まれたような複雑な形をつくったり、少しほどいてそれらを繋ぎ合わせることもできるのです。タンパク質もよく見てみると長いものがただ折られているだけでいろんな機能を持つわけですよね。直接的な類似を認めるのはなかなか難しいですが、生体構造とプラレールを見比べるのは興味深い視点だと思っています。そんなことを考えてのめり込んでいるうちに、うちの家族の皆は私のプラレールに見向きもしてくれなくなったのですが(笑)、一方でインターネットを通してプラレール作品は話題になり、ついには展示までさせていただきました。
 

『鉄道模型コースシミュレータ』による線路の生成例
(S:直線、L:左カーブ(1/8円弧))

― 「ブルー・オーシャン」へいこう

三谷 そもそも私がなぜ折り紙やプラレールに興味を持ったのかというと、構成要素が非常にシンプルなエレメントで、それに少し手を加えることで、幾何学的に綺麗な造形が得られるからです。折り紙は誰もがやったことがあるでしょうし、プラレールも多くの男の子が一度は遊んだおもちゃだと思いますが、日ごろ触れている身近なものの幾何学的な側面を少し意識してみると意外と面白い発見があります。僕の場合はそれがたまたま紙を折ることや、プラレールを並べることだったんですね。

 三谷さんは研究者として数々の成功を収められていると思いますが、やはり競争の激しい「レッド・オーシャン」ではなく、未開拓の「ブルー・オーシャン」を目指しているのでしょうか?

三谷 今は時代の変化が速く、研究も常に競争の世界です。多くの研究者がやっている研究は1年やらないだけで置いていかれてしまいます。一方、私のプラレールの研究なんて、5年放置しても誰もやらないから、5年後に論文を書いてもおそらく大丈夫です(笑)。逆に言えば、誰も見ていないような5年前の技術だとしても、それを扱うのが僕の研究スタイルです。

大須賀 三谷さんの研究に取り組む姿勢にはとても共感を覚えます。京都大学に地球流体力学を専門とする酒井敏教授という方がいて、ヒートアイランド現象の研究を続けたのちに『フラクタル日よけ』という発明をされました。酒井さんも三谷さんと同じような、面白いからやるんだということを言っておられて、今回のお話ととても繋がる点がありました。『フラクタル日よけ』は実用化され、今度台湾に建つ坂茂さん設計の美術館では、建物全体をすっぽり覆うほどの規模で屋根に使われています。

三谷 酒井先生とは、紙を切って折り曲げること要領で『フラクタル日よけ』を簡単に作れないか、というような話をさせてもらったことがあります。もう10年来その研究に取り組まれていますが、それはすばらしい業績ですね。執念深さは大事だと思います。建築の分野も折り紙の分野も、常に新しいものを求めていなければなりません。
 

『フラクタル日よけ』の模型

坂野 誰もしない分野を研究するというのは学生に向けて、いい言葉だなと思います。

三谷 そのような分野を見つけることが大変なんですけどね。

大須賀 周りと違うことに取り組んでいるときはとても不安になったり、やっていて意味があるのだろうかと悩んでしまいますが、突き詰めてやり続けることで次第に周りが興味を持ってくれることもあります。それはむしろ認められたいからやっているというよりも、これが好きだからやっているのに近いと思います。

三谷 大学では自分で研究テーマを選べるのですから、周りがやっているから自分もその研究をするという風になってしまうのは少しもったいないですよね。もちろん流行りの研究というものあって、コンピュータサイエンスの分野では最近特に機械学習に取り組む人を多く見かけます。機械学習が好きで、その研究に取り組んでいるのならよいのですが、時代に取り残されないように、という焦りから取り組むようでは、やはり先頭集団に入り込むのは難しいだろうと思います。

 最後にこれからの学生に向けたメッセージをお願いします。

三谷 建築系の学生に対してということであれば、やはり手を動かして物をつくることが大事だと思います。私の研究室の学生に折り紙で面白いデザインを作ってごらん、と言うと、まずパソコンに向かってしまいます。図面を引いたり、計算したりするのだけれど、実際に素材があるのだから、手を動かして考えてほしいです。やはりインターネットや本で調べる前に、自分のやりたいことをまず自分の手で形にすることが大事だと思います。 
 もう一つは、好きなことを二つか三つ見つけてほしいです。僕の場合はコンピュータと折り紙です。折り紙が好きな人は山ほどいるし、コンピュータが好きな人もいくらでもいるのだけれど、両方好きな人は意外と少ないのです。その二つを合わせたことをやっている人は、周りを見ても全然いません。二つ以上の領域を組み合わせた分野では、ほとんどライバルはいないでしょう。複数の領域を結びつけることで、独自の研究分野を拓いていくことができると思います。

三谷 純氏
『traverse 新建築学研究』は京都大学建築系教室が編集・発行している機関誌です。17年度より紙媒体での出版を止め、web上で記事を発信していく事となりました。
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20
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2021.11 | 
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interview:
 

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布野修司, 古阪秀三, 竹山聖, 大崎純, 牧紀男, 柳沢究, 小見山陽介,大橋和貴, 大山亮, 山井駿, 林浩平
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