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【インタビュー】鹿島建設・豊田郁美

 " 建てる" という挑戦

2013年7月11 日 豊島美術館にて
聞き手 森下・阿波野・鵜川
記録  杉村・西尾

 

現代美術館において、アートは建築と融合して空間化される。その中にあって施工者は、発注者、設計者、職人、そしてアーティストと複雑に関わりながら空間を実現していく。地中美術館や豊島美術館で現場所長を務めた豊田郁美氏に、その実際を伺った。いかにして空間は実現されたのか。豊田氏が「奇跡」と表現された達成へは、関係と努力による「必然」的な道程があった。

― 施工者のあり方

杉村 直島の場合だとすごく特殊な関係の設計者と施工者と発注者だと思うのですけど、これからの日本の体制について、どういう風になったらいいと個人的にはお考えですか。

豊田 うーん、難しいですね。ここは特殊ですから。環境がそろったこともあるし、関係者の条件がそろったということもある。そして今回がこうだから次があるかというと、その保証は全くありません。理想形はもっと違うかも分かりません。工場でも倉庫でも、やっぱり違う関係性はあるだろうと思います。そしてまた、違う会話の道具もあるかもしれませんね。そして我々はこのあとまた別の建物をぜんぜん違う環境でつくっていかないといけないし、その境遇も受け入れていかないといけない。
私たちはあくまで会社から指示を受けて現場に臨みます。直島への関わりもそのような流れからです。美術館だろうが、倉庫だろうが、工場だろうが、基本的には一緒なんです。建物をつくるのに建物用途は一切関係ないです。ゼネコンという建設会社にいて、与えられたことを図面に基づいて忠実にやるというのが基本です。
私の家の近くに変電所があります。それは何の変哲もないのですがすごく綺麗に作られた変電所です。そういうものはやはりすばらしいと思う。私は倉庫だってきれいな倉庫をつくってみたいなと思います。お客さんは「ただの倉庫でいいよ」と言ったって、倉庫は倉庫なりにどういう使い方で、一番いいつくり方はないか、ということを考えたい。するとそれは美術館とも一緒だと思っているんです。役者もそうでしょう。「舞台とテレビと映画ってどこが違うんですか」といっても、演じることに対してどれもそう違わないのではないかなと思う。それと一緒ですね。

 

― 建築を施行する魅力

森下 建築を学ぶ学生の中には施工を敬遠する人もいますが。

豊田 どうしても施工でなく、設計にいっちゃいますよね、建築の学生は。大変じゃないですか、汚さとか。好きな人は別だけど、パッと感じたときにやっぱり建築学科なら設計のほうがクリエイティブな感じしますよね。施工は例えば工期が2年半あるとしたら、その中で喜びを感じられるのは最後の最後ですし、そしてその喜びも感じられない場合もあるわけですよ。つくるのは苦しい。なかなか施工に魅力を感じるのは難しいですよ。まあ設計者もそうかもわかりませんけどね。そもそも建築が好きっていう人がすごく少なくなってきている。なんでかなぁと思いますけどね。 

森下 例えば豊島美術館に関わっている方は、みんなが主体的に携わっていらっしゃっるように感じられます。そしてこういうことが達成できる場は今の社会にものすごく少なくなってきている。建築という営みに存在するこういった側面は建築業界の中だけにとどまらない、社会全体に通用する魅力ではないかと思います。

豊田 そうなんですよ。もちろんそれにはやっぱり我慢がありますが、最終的に存在している魅力をなにか感じてくれればいいかなぁと思いますね。ですがやはり施工者にはつくった責任というものがあります。雨漏りしたりクラックができたり。なかなかきついですね。私が最初の頃につくった建物でもう壊しちゃったものもあるんです。出来の悪いものは壊しちゃったって聞くとほっとします。これは正直な話ですね。責任をずっと感じてやっていかないといけないので。

森下 豊島美術館(日本建築学会賞作品賞などを受賞)のように、携わられた建物が大きな賞をとられたりすることに対してはどう感じられますか。

豊田 そこで喜びがあるかと言ったら、それも意外とないんですよ。賞は評価ですから、特殊なものだったら多少評価が出てくる。先ほど言ったように、倉庫を単純に作りました、そしてそれを評価してくれるかという話ですよね。それはないですから。美術館で特殊だから評価されるっていうことになっちゃうんですよね。「アトリエの先生がやっていて、チャレンジしていて面白い」と。でも倉庫だって皆さんチャレンジしたり、どうやって作るか一生懸命やったりしているわけですから。つくる側としては一緒なんですよ。できれば究極の普通の、安くて良い倉庫をつくりたいと思います。もう「認めてくれる、くれない」とは別なんです。そういう小さいものに評価とか賞をくれるという事はないでしょうから。でも私も10年前はそんなこと思っていないです。今ですよ、そういう気持ちになったのは。20代、30代、40代、50代となって今、なんか倉庫をつくってみたいなぁと思うだけの話です。

杉村 もしくれるなら賞がほしい自分の自信の作品というのはありますか。

豊田 ないですよ。さっき言ったように、賞をもらえるような自信がないんです。たまたま設計とかに絡んでいますけど。賞をもらえるだけのものなんてつくってないです。どれも問題点があるんです。今こうして豊島美術館の空間がありますけど、これができたのも奇跡なんですよ。床もクラックがないし。作品に使う水の井戸も掘ったら出てきた。普通出てこないですから。そこで「なんで掘れって言ったんですか」って言われても、わかりません。ずっと直島に携わり続けて、そしてこの空間ができた。そんなのばっかりですね。
 

― 最後に

森下 現在携わられているプロジェクトはどういったものなのですか。

豊田 今年で定年ということになるのですが、最後にまた現場に戻って岡山大学の中のSANAAさんのカフェをやっています。今、岡山大ではもうひとつ同じくSANAAさんのJ-Hallという面白いものをつくっていて、それにも関わっています。

森下 建築を学んでいる学生に、メッセージをいただけますか。

豊田 難しいですね。それぞれの人生がありますからね。ものづくりというのは人生の中でものすごく僅かな世界ですから。例えば結婚だったり、会社という組織での生活だったり、そっちの世界のほうが人生に影響が多いんじゃないですか。ものづくりのためにそこまで突き進もうとしたら周りを犠牲にしないといけない。上手く調整していかないと。信念みたいなものが本当はあればいいのですが、出来上がるのは40か50ですね(笑)。長い目でものをつくるというほうが……。20代でつくるなんてとんでもない話。30代でも……。長いスパンで考えられればいいよなぁと思います。我慢が要るのかもしれませんね。20代は遊んでもいいと思いますよ。長いですから。気張らないほうがいいと思います。呑むにしても何にしても。楽しいほうがいいですね。あんまり眉間にシワを寄せないほうがいいと思います。なんかそのほうが人生、いいんじゃないかなぁと思いますね。

『traverse 新建築学研究』は京都大学建築系教室が編集・発行している機関誌です。17年度より紙媒体での出版を止め、web上で記事を発信していく事となりました。
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