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――『東京郊外』を撮り始めたのは、どうしてでしょうか。


ホンマ 写真やり始めたころは、荒木さんとかみたいに、「下町の横丁の猫とか、子供だったら鼻垂れ小僧が元気に遊んでるところを撮らなきゃいけない」とか、散々言われました。もっとひどい場合は、中国とかタイの田舎に行って少数民族撮ってこいとか。でもそれは絶対間違っているなっていう感覚が僕の中ではあって、しかも間違っているってことを証明したかったんです。だから東京の郊外っていう当時としてはまったく絵にならないものを写真にしたいと思っていました。僕自身も西東京の郊外育ちでしたから。
そのときは、郊外って悪い場所だから、「なんでそんなとこで撮るの?」とか、そういうよくない場所ってことが前提でインタビューされたんですが、僕がそのときにも繰り返し言っていたのは、「そんなことを言ってもすごい規模で広がっていて、そこで生まれて育ってる人たちがいるんだから僕はそれを撮りたい」って話をしていたんです。
ちょうどいま35 歳くらいの人たちが世に出て発言とかをするときに、『東京郊外』に影響を受けたって言ってくれる人がでてきてくれたのはすごく嬉しいです。塚本さんの教え子の藤村龍至くんとか、別の分野だと千葉雅也くんとかいるんですけど、そういう人たちが社会に出て表現しはじめていて、話を聞くのは、当時の評論家に評価されたことよりも全然嬉しい。

そのころはそういう社会的なテーマをやっていたけど、最近は写真自体の原理みたいなことに興味が移ってきました。たとえばカメラオブスキュラのシリーズをやっているんですけど、レンズを通さない生の光がフィルムにダイレクトに露光されるので、ふつうのカメラで撮るのとは、質感が全然違います。あと作家性っていうところからも自由になりたいという気持ちがあって。暗くしてその部屋の制約でやるしかないから、僕がどうこうするっていう問題じゃない。部屋の全面にイメージがあるんですよ。だからどこにフィルムを貼るかというフレーミングの問題はあるんだけど。
たとえば、いま太宰府で展示を頼まれていて何回か今年行くんですけど、結婚式の控室みたいな部屋を暗くして、外の木みたいのをカメラオブスキュラで反対に受けるんです。そこにちょうど4枚細長い襖があって、外の木が天地逆に写るんです。そこで風が吹くと動くんですよ。そこが写真と違うところで、あたり前だけど動画なんです。本当はそれをなんとかしたいんですが、とりあえず今回はそれをフィルムで撮ってその襖をつくろうと思っています。反対側に写っている外の風景の襖です。冬になったら葉っぱが落ちちゃうから、ちょっとわかりづらくなりますが、「これが外だな」って多分わかると思うんですよね。カメラオブスキュラってある意味で建築的でもあるんです。丹下さんの広島のピースセンターを撮ったとき、その斜め向かいのビジネスホテルのシングルルームから撮ったんです。
実際はその部屋の壁に天地逆に写っているんだけど、これを斜め向かいのビジネスホテルから撮ってるから、結局は建築を建築で撮ってるってことになります。だからすごく面白いなって。いまはそういうことに興味がありますね。

他にも最近では建築のムービーシリーズをやっています。チャンディガールでピエール・ジャンヌレがやったバスターミナルで、朝から晩まで人がワサワサ動いているのを撮ったんです。それを二倍速で見せると、最初は人の動きを追っちゃうんだけど、段々建築がたってくるんですね。建築って動かないところをあえて動画で表現できないかなって。映像を撮れるデジタル一眼レフがでてきて、映像と写真を同じような気持ちで撮れるようになりました。もともと僕の写真の撮り方が映像っぽかったというか映画っぽかったんです。だから写真と映像は分けて考えていません。

【インタビュー】 写真家・ホンマタカシ

 ニュートラルな写真 

 

確かな視点によってとらえられた写真がともすれば見過ごされてしまいそうなのは、誰もが探したくなる密かな魅力の気づきに満ちてなお、そこにある空間の誠実な記録だからではないだろうか。人、建築、環境、すべてをフラットに写しながら、それらに境界などないことを教えてくれるホンマタカシの写真、その後ろ側にある一貫した姿勢とは。建築家・大西麻貴とともに伺う。

All photos by T akashi Homma
聞き手= 大西、西尾、嶌岡 2014.7.18 

o+h の事務所にて

― 1995 から現在へ

― 自生性

ホンマ 「映像の自生性」という言葉があります。みんな撮り手とか作家のこと考えるけど、映像の特質としては、勝手にどんどん評価が変わっていくんですよね。特にフィルムなんかは、ワインみたいに色とか雰囲気も変わってくるから、完全に撮った人の気持ちを超えているときがあるんです。「自生性」って言ってるくらいだから自分ではどうにもできないことなんですが、それをどうにかなるようにしておきたいなっていう気持ちがいま一番強いです。
僕の写真と、たとえば『新建築』の人たちの写真ってやっぱり違うじゃないですか。でも撮り方って基本的には同じなんです。ちゃんと水平垂直を出して撮るんだけど、水平垂直に撮っておくっていうニュートラルさが何十年後かには生きるんじゃないかと思ってやっているんです。下手にいまの作家や流行りみたいに、たとえば曲げて撮ったり、色を変えたり、コントラスト変えたり、いろんなことできると思うんですけど、それをすると10 年後や20 年後には全然ダメになってしまうんじゃないかなって。「ギリギリつまらなくフラットに撮りつつ、でもなんかいいな」っていう難しいところを狙ってるんです(笑)。10 年経つと意味が勝手にいろいろとくっついてきてしまうから、最初から何かくっつける必要はないと思うんです。


――それは建築だからニュートラルな撮り方をしているということでしょうか。


ホンマ 違うんですよ。実は女優のときでもいつも水平垂直に撮ってるんです。みんな結構びっくりするんですが。


大西 そのニュートラルさは坂本一成先生の建築にもすごく似たようなことを感じます。センスがよくないとできないなって。

《ミニハウス 、アトリエ・ワン》  1999 年
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― 「ダメだったらしょうがない」

――基本的にたくさんは撮られないんですよね。


ホンマ 最初から結構少ないですね。最初のころのアシスタントがすごく嫌がっていましたね。一枚しか撮らないと、現像とかで失敗があったら困るから。


――建築の場合は限られた枚数では難しいと思うのですが。


ホンマ あるコーナーを撮るのに何カットも撮ったりはしませんが、全体としては撮れるだけ撮りますよ。でも僕は「ダメだったらしょうがない」っていうつもりでやっています。それって野球で例えるとホームランを狙ってるんですよね。だから思いっきり振らないといけないんですよ。でもいっぱい撮る人って単打を狙ってるんですよ。だからいくら撮ってもホームランが打てない。

『traverse 新建築学研究』は京都大学建築系教室が編集・発行している機関誌です。17年度より紙媒体での出版を止め、web上で記事を発信していく事となりました。
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17
特集:建築を生成するイメージ
2014.10 | 112p
ホンマタカシ,八島正年+八島夕子,高橋和志,島越けい子
ダイアグラムによる建築の構想
​竹山聖,布野修司,大崎純,
古阪秀三,平野利樹
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15
18
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2017.10 | 112p
インタビュー:五十嵐淳
三谷純,奥田信雄,魚谷繁礼,五十嵐淳
竹山研究室「脱色する空間」
竹山聖,​大崎純, 小椋大輔, 布野修司,古阪秀三, 牧紀男, 
Galyna SHEVTSOVA
インタビュー:野又穫
2016.10 | 128p
野又穫,松井るみ,石澤宰,柏木由人
​竹山研究室「無何有の郷」
​竹山聖,山岸常人,布野修司,三浦研,牧紀男,古阪秀三,川上聡
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16
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中野達男,石山友美,TERRAIN architects
竹山研究室「コーラス」
​竹山聖,布野修司,大崎純,古阪秀三,牧紀男
2015.10 | 96p
インタビュー:石山友美
14
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2013.10 | 120p
特集:アートと空間
松井冬子,井村優三,豊田郁美,
アタカケンタロウ
竹山研究室「個人美術館の構想」
​竹山聖,布野修司,小室舞,
中井茂樹