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――建築を撮りはじめたきっかけは何でしょうか。


ホンマ 1995 年ごろから『東京郊外』というシリーズを三年くらいかけてやっている間に、その郊外の写真の中に現代建築が入ってくるようになりました。たとえば幕張にある坂本一成さんの集合住宅。それが最初なのかな。撮りたい、というよりも、勝手に郊外の風景に入ってきてしまったんです。そこから段々と興味をもつようになりました。建築への興味をもち始めたのと同時期に、アトリエ・ワンの貝島桃代さんがやった、後に『メイド・イン・トーキョー』といわれるような、CAD で描かれたような線のドローイングと、写真と、テキストの三位一体の見せ方を『SD』という建築の雑誌でみました。

その頃は建築についての知識はほぼ何もありませんでした。僕は美大の出身でしたから。僕らの世代にとっては、建築や建築家というものが嫌なものとしてあった。例えば、丹下健三さんの新宿の都庁なんですが、権威の象徴というようなイメージでした。けど貝島さんの仕事をみて、違うな、と。自分の仕事にも関係があるし、自分らの感覚に近いものが出てきたなと感じました。それで会いたいと思って貝島さんに会いに行ったのが96 年ごろです。僕にとってそれが建築あるいは建築家への一番最初のアクセスでした。

今でも覚えているのは、そのとき貝島さんに会いに行ったのに、塚本由晴さんがでてきて、塚本さんがほとんどしゃべっていたんです。「アレ俺貝島さんとしゃべりに来たんだけどな」と思いながら、でも話がやっぱり面白くてそこで二人と意気投合して、貝島さんにも塚本さんにも「建築を勉強するんだったら何の本読んだらいいの?」みたいなことを聞いた覚えがあります。

そこで薦められたのは、ロバート・ヴェンチューリの『Learning from Las Vegas』(1972)、あとは『レム・コールハースのジェネリック・シティ』(1996) という中綴じの雑誌みたいな本でした。日常とか普通のことと建築や都市景観を接続する、みたいなことをコールハースが言っていて、そこに荒木経惟さんの写真も使ってあって、写真に関係する意味があるなって。

後になって気がついたことなんですが、建築の流れと写真の流れって、すごく似ていると思うんです。1980 年代ごろのバブル以前は、写真っていうものは、暗く撮るほうが重みがあって、「芸術っぽい」と言われていたんですが、80 年代に広告会社にいたときには「ホンマの写真は明るすぎる、軽すぎる」とか言われました。でも90 年代以降、僕が意識的に写真を撮るようになったときに、妹島和世さんや伊東豊雄さん以降の明るい建築、軽い建築というのがでてきて、ちょうど時代がリンクしたんですよ。だから妹島さんたちの建築を撮るようになったのはすごく自然なことでした。

【インタビュー】 写真家・ホンマタカシ

 ニュートラルな写真 

 

確かな視点によってとらえられた写真がともすれば見過ごされてしまいそうなのは、誰もが探したくなる密かな魅力の気づきに満ちてなお、そこにある空間の誠実な記録だからではないだろうか。人、建築、環境、すべてをフラットに写しながら、それらに境界などないことを教えてくれるホンマタカシの写真、その後ろ側にある一貫した姿勢とは。建築家・大西麻貴とともに伺う。

All photos by T akashi Homma
聞き手= 大西、西尾、嶌岡 2014.7.18 

o+h の事務所にて

― 「東京郊外」から建築へ

― 何を撮らないか、を決める

――ル・コルビュジエをはじめ、過去の建築家も撮影されていますよね。

ホンマ 現代の建築から逆算していって、モダニズムの巨匠たちを勉強していきました。コルビュジエは大建築家っていう印象しかなかったけど、実際に見に行ってみると、スケールがす
ごく小さいですよね。ベッドなんか本当に小さい。日本人のシングルベッドより狭いものがあったり、実際に行ってはじめて親近感を覚えました。
それ以前のコルビュジエ建築を紹介するカタログは、ワイドレンズを使って、小さいものを大きく見せようとしているものばかりだったから、本当にそのもののスケール感が伝わっていなくて、巨大なものをイメージしていました。でも実際はそこにヒューマンスケールみたいなことが感じられて、心地いいと思いました。コルビュジエさすがだなと。
だから丹下健三さんに関しても、コルビュジエに影響を受けていた頃の初期の作品が好きです。そもそも建築が嫌いだったのが新宿都庁のせいだったので、丹下さんの建築を撮ることに対しては違和感がありました。けれど亡くなられて時間が経って、再び見てみることには意味があるのかなと思って撮影したんです。実際に撮ってみると、倉敷市庁舎の中にある講堂や、香川県庁舎もそうだし、体育館もすごくいいと思いました。都庁とは違って、失礼ながら、一種の可愛げみたいなものを発見することができました。
建築を撮るようになってから、いろんな人が建築の撮影の話をもってくるようになって、建築一般のことを話したりしますけど、僕は建築作品全てに興味があるわけじゃないんです。建築写真を撮ってると、建築に興味あるってみんな一緒くたにして言われてしまうんです。
写真って本当によくないと思うのは、押せば写るってことなんです。何でもかんでも撮れてしまう。だから90 年台後半に写真の関係でインタビューされたときも、「何を撮らないか」を決めたほうがいい、って言っていたんです。たとえば僕は安藤忠雄さんの建築は撮りたくないんです。あえて撮らなくていいと思っているんです。地中美術館とかは絶対撮りたくない。一番最初の長屋とか光の教会は好きですけどね。いっぱいお金くれるなら撮りますけど(笑)。
僕はよく女優とかモデルとかも撮りますが、僕が撮ってよく写る人っているんです。だれでもうまく撮れるわけじゃない。大抵のプロカメラマンは「何でも撮ります」って言うんでしょうけど、僕はダメなものはダメですと言います。僕がいいなと思うハードルが高いっていうのもあると思うんですけど、自分の中では確実に、つまんないなとか、撮らされちゃったなとか、写真としては全然かわいくないなとか。実際、そのときは仕事だからいいっていうことになるんですけど、そこから10 年経って残る写真は何かってはっきりわかってしまう。歴も長いし残りも限られてるから、なるたけ無駄なことはしたくないんです。写真って何でも写ってしまうっていうことと同時に、どうやったって写らないという事が確実にあるんです。そのことがもうある程度わかっているんです。それは建築でも同じことなんです。

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《ロンシャンの礼拝堂 、ル・コルビュジエ》 2002 年
《幕張ベイタウン 、千葉県美浜区》1995 年
《サヴォア邸 、ル・コルビュジエ》 2000 年
『traverse 新建築学研究』は京都大学建築系教室が編集・発行している機関誌です。17年度より紙媒体での出版を止め、web上で記事を発信していく事となりました。
ABOUT
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17
特集:建築を生成するイメージ
2014.10 | 112p
ホンマタカシ,八島正年+八島夕子,高橋和志,島越けい子
ダイアグラムによる建築の構想
​竹山聖,布野修司,大崎純,
古阪秀三,平野利樹
interview:
project:
essay:
15
18
interview:
project:
essay:
2017.10 | 112p
インタビュー:五十嵐淳
三谷純,奥田信雄,魚谷繁礼,五十嵐淳
竹山研究室「脱色する空間」
竹山聖,​大崎純, 小椋大輔, 布野修司,古阪秀三, 牧紀男, 
Galyna SHEVTSOVA
インタビュー:野又穫
2016.10 | 128p
野又穫,松井るみ,石澤宰,柏木由人
​竹山研究室「無何有の郷」
​竹山聖,山岸常人,布野修司,三浦研,牧紀男,古阪秀三,川上聡
interview:
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essay:
16
interview:
project:
essay:
中野達男,石山友美,TERRAIN architects
竹山研究室「コーラス」
​竹山聖,布野修司,大崎純,古阪秀三,牧紀男
2015.10 | 96p
インタビュー:石山友美
14
interview:
project:
 
essay:
2013.10 | 120p
特集:アートと空間
松井冬子,井村優三,豊田郁美,
アタカケンタロウ
竹山研究室「個人美術館の構想」
​竹山聖,布野修司,小室舞,
中井茂樹