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【インタビュー】音風景研究家・サウンドスケープデザイナー 鳥越けい子

 都市を聞く、風景を聴く

聞き手=高野、嶌岡、西尾、渡辺 

2014.8.5 大分県竹田市「瀧廉太郎記念館」にて

 

瀧廉太郎は言った...「音は眼でとらえることができる」
視覚から受け取る情報の中には、私たちが気づいていないことがあるかもしれない。無意識の知覚に目を向けてみよう。鳥越けい子氏がその設計の際に参加した、大分県竹田市の「瀧廉太郎記念館」を
訪問する。実際に音風景を体感しながら、音から広がっていく世界について伺う。

― 「音楽」との違い

高野 サウンドスケープによってどのようなことができるとお考えでしょうか。


鳥越 もともとサウンドスケープって、単に「音が大事」っていっているんじゃなくって、「風景の中に音がある」ということを忘れないでねっていう考え方だと私は思っているんです。最終的には環境計画全体の中に音の問題、さらには形にならない場所の記憶といったものが忘れずに組み込まれていけばいいと思います。ですから若いときはやりにくかったんですよ。私は音大出身で、「音楽でしょ?」って思われがちだったので、「それだけじゃない」ということをずっと言ってきました。でも青山学院大学では総合文化政策学部で教えているから、学生にも伝えやすい。音楽の話をするかもしれないけど、音楽のためにしているんじゃなくて、音楽を通じて建築や都市を読むという話がしやすい。むしろこれまでの建築からだけじゃ気づかないことを話すために音や音楽を使うということです。でも、例えば古代ギリシアぐらいに遡れば、音楽っていうのはもともとそういう広い概念だし、音楽の本質はそういうものだと私は思います。

 

嶌岡 サウンドスケープは単に音楽を流すとか、そういうことではないということですね。


鳥越 例えばこの瀧廉太郎記念館は開館してから20 年も経ちますが、博物館にあるような展示ケースがたくさん置かれてしまい、館内の和室でのんびり座るなんていう雰囲気ではなくなってしまっていたの。この庭の音風景のデザインは、復元した日本家屋の和室で座るといったことを前提としています。だから「サウンドスケープの計画対象は庭なんだから、室内に何を置いてもその破壊や冒涜にはなりませんよね?」って言われたら、それは全く違う。音の風景は、室内でちゃんと座れて、のんびり縁側にたたずんでという全体の関係性のなかで成立するのに、そういう関係をぶった切った発想がまかり通るのは残念です。だから今回、私が監修した記念館のリニューアル事業で、鷲野さんがデザインと和室用展示ケースを開発してくれたんですよ。


高野 サウンドスケープは、竹田でいえば記念館とまちを音を通してつなげるような役割を果たしているのでしょうか。


鳥越 そうですね。でも、それらはもともとつながっているわけだから正確にはつなげるのではなく、つながりを確認するのに役に立つということです。例えば、湧水があるからその地点に人間は集落をつくる。そういう場所に都市ができるわけでしょう。今はそういうことを忘れ過ぎなんです。なんでも人間がデザインできると錯覚して、本質的な自然界とその家なり町なり都市との絶対的なつながりを忘れて、近代文明的な考え方でバラバラにつくっていきがちです。でも、まずは土地そのものを読まないといけない。この竹田はそういうことのやりやすい町だなって思います。そういう関係はもちろん京都や東京にもある。そこを再確認するようなことに私は興味があるの。かといって常に古いままがいいわけじゃなくて、それを新しい形で、常に新たな行為を以て確認していかなかったら、そのつながり全体が生き生きしてこないと思うのね。


高野 サウンドスケープの対象は自然の音だけでしょうか。


鳥越 サウンドスケープの考え方のいい点は、「サウンド」だけだと人はどうしても、一つひとつの音を意識してしまうじゃないですか。「音楽」といった場合もそうですね。音楽以外の音は「雑音」だとしてしまうのは今までの考え方だけど、「サウンドスケープ」といった場合には、言葉や音楽のような人為的な音から自然界の音まですべて入ってくる。それらが全部、特定の場所でつながってくるその状況全体として捉えようっていう考え方だと私は思うのね。


嶌岡 それがまた別の場所だったりしたら、どのようにデザインしていくのでしょうか。


鳥越 それぞれの計画のグランドデザインによりますね。どんな場合にも、一人で勝手にはできない。それは建築と同じじゃないですか。そのプロジェクトをどう読み込んで、自分としてはどういうところで何にこだわって、どういうふうに表現したいかを決めていく。この記念館での仕事でも同じことです。だからそこでクリエイティビティを放棄してはいないと思う。

― 『風聴亭』

渡辺 現代的な音というのは、パソコンや携帯からの音、車の音などいろんな音が混在していると思うのですが、そういう現代的なサウンドスケープに関しては興味をお持ちですか?


鳥越 音楽に関してもすごく解像度の高いものをダウンロードして、楽しむということにも興味はあります。でも、そういったことは、音楽のあり方としてはどこか痩せ細っている気がするの。サウンドとしては進化していくんだけど、それは自分をデジタル世界に閉じ込めて、他のリアルな空間との関係性をもたないまま狭い世界で高度になっていく。だからこそ首都高の下で音楽をしたくなってしまいますよね。そうじゃない音楽のあり方もあると思うし、それはそれでいいと思うけれど。


西尾 どちらかというと空間的に広がりのあるものに関心があるということなのでしょうか?


鳥越 自分でもよくわからないんですが。自分の家のとき、『風聴亭』というコンセプトで計画したんです。結果的にそれも外とつながることになったんですよね。具体的に言うと、私は小さいときから近所の家の屋敷林のざわめきを聴いて育ってきたので、その屋敷林の音風景を愛でるためのスペシャルシートみたいな家をつくりたいと思ったんですよ。音楽ファンの人が完全防音にして、すごく良いスピーカーを買うようなお金の使い方をしなかったの。その意味では、『風聴亭』のように音風景を通じて周囲の環境とつながるということがたぶん好きなんでしょうね。でも、日本橋周辺のようなものすごくうるさい場所に住んでいたとしたら、『風聴亭』のような計画はできなかったでしょうね。

― 日々の中で感じること

高野 日常での体験の中で建築の音環境についてはどのように
お考えでしょうか。


鳥越 例えば喫茶店とかレストランに行ったときに、見た目はすごくステキなのに、普通に話していると声が聞こえにくいため、つい大きな声で話してしまうときがよくあるのね。家に帰ってから「今日はどうしてこんな疲れているのかな」って思い返すと、「あそこのレストランで声が聞こえにくかったからだな」というように、普段生活していると音環境がよくない空間が結構あるんです。だからもっと建築家の人には見た目ばかりじゃなくて、最終的には音環境も含めた居心地の良さとか、良いアクティビティを生む空間を計画してほしいと思うのね。そういう意味ではコンサートホールほどの音響設計をしている人は立派です。あのぐらいの気持ちで一般の建物でもちゃんと音響のことを考えてほしいと思う。みなさんには音の聞こえ方とか、空間の響きや音の気配について真剣に考えてほしいと思います。


渡辺 音の気配とはどのようなことでしょうか。


鳥越 それは、実際には音を発していなくても、素材による音響の違いがあるということです。瀧廉太郎記念館は木造ですけど、ここが大理石だったら気配が変わってくるんですよ。そういう意味での素材の選択も音環境デザインの一部。だからコンサートホールの設計だけが音環境に関係あるのではないのです。


高野 最後に建築を学ぶ学生にメッセージをいただけますでしょうか。


鳥越 みなさんがどんな建築家になろうとも、実はサウンドスケープという考えに関係してくるんですよね。だから自分とは関係ないって思わないでほしい。本当はそういうことも配慮できるような教育を受けてほしいんです。私が卒業した大学は美校と音校に分かれていて、建築は美術学部なので音とは関係なさそうに見えるんですけど絶対そうじゃない。建築は音風景のインフラを決定する。だから、みなさんもサウンドスケープデザイナーなんですよ。今日は特殊な話をしたけれども、みなさんには、それぞれの空間や環境のコンセプトにあったものを計画してほしいですね。どこにあってもいいものというのはなくて、場所をしっかり読み込んで、音も体感しつつ空間をデザインしてほしいです。まずは手始めに、みんなで話しやすい、みんなの声を聞きやすい空間を実現するにはどうしたらいいかといったことに、みなさんに取り組んでいただきたいというのが私からのメッセージです。

『traverse 新建築学研究』は京都大学建築系教室が編集・発行している機関誌です。17年度より紙媒体での出版を止め、web上で記事を発信していく事となりました。
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