【インタビュー】 建築家・宮本佳明

        

 「終わり」のない建築

聞き手:谷重飛洋子、大橋茉利奈、阪口一真、宮原陸
2019.7.30 「ゼンカイ」ハウスにて

建築に欠落が生じた時、その建築は可能性を帯びる。
阪神大震災で生まれた「ゼンカイ」ハウスで設計活動を行っている建築家 宮本佳明氏。
建築に終わりはあるのか、終わらせないために何ができるのか。建築の欠落に挑戦的に向き合ってきた宮本氏に問う。

 

 廃墟の持つ余韻

 ― 先ほど阪神大震災の後の「ヴェネチア・ビエンナーレ」で、木っ端を積み上げた展示が美しいと捉えた鑑賞者もいたという話がありましたが、ヨーロッパでは中世から廃墟を愛でる文化があり、近年日本でも廃墟を巡るブームがあります。人はなぜ廃墟に惹かれるのでしょうか。
 
宮本 ― 西洋で廃墟を愛でるというのは教養の一つで、自分がインテリであることをアピールしているような部分が間違いなくあります。それぐらい当たり前に廃墟を愛でる文化があって、ヴェルサイユ宮殿の中にわざわざ廃墟を模したものを作るなどしていますね。『死都-ネクロポリス-』2)という本があるのですが、死都とあるように広い意味での廃墟が取り上げられています。ピラネージからデルヴォーまで。『水のないヴェネチア』も確かこの本で見つけました。 先ほども話したように、建築という人工物と地形という自然の間には少なくとも方向性・軸があるということ、廃墟の方が少なくとも人工物から自然に寄っているということは、間違いないですよね。自然に近くなればなるほど自由な想像を許されます。地形とか地形図、風景の写真とかは結構飽きずに眺めることができるじゃないですか。 それは様々な解釈ができるから。でも、「それなら純粋な自然の方がいいんじゃないか」と言われると難しいですね。廃墟にはいろいろな感情が混じりあっています。時間軸のなかで、何か人間の営みのような過去のものが含まれているんでしょうね。 廃墟を見ると考古学者のようになって、「作った人はその時どう考えたんだろうか」と考えてしまいます。建築家だからだというのはあるんでしょうけど。完成している建物よりも廃墟になった方が、構法とかも見えやすいので、そういう想像をする喜びもありますね。ある鉱山の跡を見に行ったときにも、使い道のわからない構築物が残っていたのですが、よく見ると微妙に天端に勾配がついていて、「これは水を使って何かが行われていたに違いない」とか、そういう想像をしてしまいました。例えば現状で明らかにある方向に力がかかり過ぎている構造物があったら、これは巻き上げ機か何かのあとで、水平力を処理していたんじゃないかなと考えてしまいます。鉄などは回収されていて残っておらず、力の痕跡だけが残っているわけです。廃墟には、「これは」という気づきのようなものがあるのでしょうか。普通の街を見ていてもそういう気持ちにはあまりなりませんね。

 

  建築の未来を決める

 ― つくり手として、設計する段階においてどのような建築の終わり、もしくはその先を描いていくことができると感じますか。

宮本 ― そんなに終わりを意識する必要はあるのでしょうか。東北の場合、たまにRCでも失われているものはありますが、本当に消えて無くなったのはやはり木造です。『「ゼンカイ」ハウス』のときの公費解体もそうですが、地震などの自然によって壊されたものより、その後に人間の手で壊したものの方がかなり多いです。先ほどの東北の震災の基礎もそうですし、自然によってもかなりのダメージを受けますけど、やはり人間の判断の方が大きいです。残したいと思うかどうかという意思の問題でしょうね。コスト面では壊して建てなおす方がやっぱり安くあがるのですが、長い目で見たら、修繕した方がより価値が上がる場合が多いと思います。だから僕は建築にそんなに終わりがあるとは感じていません。
 もちろん絶対終わらせないということじゃなくてもいいと思うんです。しょうもないなと思ったら壊したらいいと思いますし、要はいいようにやりなさいということです。そこは理屈では判断できない場合や、人によって答えが違う場合もあるのでしょうけど、いいと思うものはいい、と。まず尺度は自分しかないから、自分で考えて、自分で感じろということです。ノートルダムの燃え落ちたあの木造の尖塔だって、今まであの塔と共に生きてきたフランス人、パリの人達にとっては思い出が重なっていて大事なものなのかもしれないですけど、別にフランス人だけのものでもないですし、正直なところ「そういえばそんな塔建ってたなあ」ぐらいです。時々言われるように新しいデザインでもいいと思いますしね。それこそあの土地の上には、東北の震災の基礎よりはよっぽど多くのものが残っています。あそこから何を生やせるのか、生やすのが良いのかというのを一から考えるべきです。復元にそんなに意味はありません。150年前3)に建てられた元々の塔は、明らかに合ってないですよね。よく見たら変ですし、とってつけたようなデザインです。一般に完全な復元といっても、どの時代のものに戻すのかわからないんですよ。イオ・ミン・ペイのルーブルのピラミッドだって建てたときに反対派がたくさんいましたけど、掘ってみたらローマ時代の遺跡が出てきて、じゃあそっちを復元するべきじゃないかと皮肉を言う人もいました。オリジナルがどこなのかという話で、それも含めて新しいデザインは議論して決めていくしかないんですよ。

 

  建築を終わらせないこと

 ― 例えば、最近では最終的に土に還る建築材料も発明されていて、それは何か終わりを意識したからこそ生まれたことなのかなと感じています。

宮本 ― 左官の土というのは本来そういう発想のものですよね。木軸の部分は先に言ったように解くことができるけれど、左官はそうはできません。だから砂に還してもう一回ふるいにかけたりします。左官とは本来そういうもの。だから土に還してもいいですし。

 ― 今は日本の都市はスクラップアンドビルドを繰り返していますが、「解く」ことを想定した姿勢が作るときにもしあれば、作っては壊してというスタンスを変えていく可能性があるのではと感じます。

宮本 ― 「解く」前提ね。それは日本の伝統ですよね。伊勢神宮も式年造替だけではなくて、20年経ったら末社に材料を細く切って供給したりもしています。あれだけ太い材だから丸々駄目になっているわけはないので。これは供給システムを含めてデザインされているということです。でも、ずっと形が変わっても使い続けるというスタイルもあってもいいと思います。特に鉄筋コンクリートなんてそれに向いた材料と構造だと思います。本来解きやすい鉄骨でさえ解かずに潰してしまうから不思議ですよね。要はどこまでの資材性を見るのか、見抜くのかなんです。空間に見るのか、部材に見るのか。コンクリートのガラと鉄筋のくずを分けて、鉄筋だけをスクラップとして回収してもう一回溶かすことはスチールという材料にしか資材性を見いだしていないということになります。いろいろな資材性のグラデーションがあって、材料そのものよりはまずは鉄骨といった部材に資材性を見出したいですし、できたらさらに空間に資材性を見出したいものです。それを社会状況やそれぞれの建築の置かれた立場を考慮しながら見出していけたらと思います。
 建築家はそういう空間的な資材性を見出すのがどちらかというと得意な職能なのではないかと思います。見えない人には仕方がないですが、新たな資材性が見えてしまったらやはり残していく方向に生かしたいですし、自分の設計した建築に関しても次の世代の人に引き継いで、生かしてもらいたいですよね。この『「ゼンカイ」ハウス』とかもね。

2)谷川渥:死都-ネクロポリス-,トレヴィル,1995
3)建築家ヴィオレ・ル・デュックの指揮による, 1844

「ゼンカイ」ハウス 内観
階段下の模型は『「ゼンカイ」ハウス』の今後の野望をかたちにしたものである。
『traverse 新建築学研究』は京都大学建築系教室が編集・発行している機関誌です。17年度より紙媒体での出版を止め、web上で記事を発信していく事となりました。
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2018.10 | 112p
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