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    神吉 紀世子 小見山 陽介 学生編集委員

 

【プロジェクト】

 traverse座談会

2022.11.4 京都大学桂キャンパス 213ゼミ室にて 

「実はつくる以上に、変え方とか、辞め方とか、見直し方とかの方が大事だと私は思っています。」

山井

「定住するノマド、揺れる境界」のインタビューを行った高橋さんはどういう風に解釈しましたか。

 

高橋

彼ら二人、さらには柳沢先生にも共通しているのが、現在の日本の住宅の流通システムに不満を持っているということでした。というのも、賃貸で部屋を借りるとなってもどの部屋も似たり寄ったりで、個々の性格が薄く、また退去するときには完全に元の状態に戻すという制度が敷かれているという点ですね。制度によってその性格が固定されているという印象を受けました。

 

神吉

うん、これは日本で見られます。制度って、そのときの状況に合わせて案外、瞬間風速的にもつくられているから、あっという間に状況に合わなくなるという場面にはいつも直面しますね。でも実はつくる以上に、変え方とか、辞め方とか、見直し方とかの方が大事だと私は思っています。その意識が共有されていないのが現状ですが...。制度を守るために世の中が動くことを期待する側面があって、制度が正当であることを保証するように物事を動かす。つまり制度の方が強いんですよね。だけど制度はあくまでも、その時良かったものを基準にしてつくっていて、そこから外れるものは世の中にたくさんあります。そのため外れるものを前提にカスタマイズすることはむしろ重要なのと、日本の制度は割に共通部分の制度を守る方向で動いていることは現実ですね。線を引いてしまって消せなくなることの怖さも考えておかないといけないんです。

ではどう変えるかについてですが、制度や線引きに合わなくて困ってる人が「多数」だから変えましょう、というのが制度的に理由が説明がしやすい発想です。しかし、これは少数の状況や特別な特色を持っているある地域を無視することを暗に内包しますよね。でもそれは本当はおかしいじゃないですか。制度は、少数に対しては特例を認めるというスタイルでなんとか調整していますが、特例というのも難しいもので、重大な問題が生じるような全然違う方向に特例を活用することも起こりえる。そう考えると、制度をつくる背景としてマジョリティが規範になるアプローチには、議論の余地がありますね。

「日本の場合は新しい制度をつくる際に危険性がないかをすごく気にする」

山井

小見山先生は昨年桂キャンパスに建設された実験住宅(「動く小さな木の建築」traverse 22所収)のように、住宅というテーマのなかでポータブルな建築や可動的な建築に興味を持っていらっしゃるように感じました。住宅は固定しているという話に対して、なにかご意見はありますか。

 

小見山

僕はドイツ留学時代の先生が移動可能な住宅の研究をされていた(「micro architecture」traverse 21所収)ということもあって、定住しない生活に憧れています。その先生は週の前半、月曜から水曜のお昼まではミュンヘン工科大学で教えていて、ミュンヘン市内の学生寮の庭に2.6m角の小さな庵のような直方体の家を作って、そこで生活していました。水曜の午後から金曜まではロンドンの事務所で仕事をしていてロンドンのアパートに住んでいることになっていたけれど、実際はロンドンの彼女の家に居候しているのではないかという噂もありました(笑)。週末の土日は、イギリスの郊外にあるプールという海辺のまちで、自分の両親から引き継いだ土地に建てた海辺の豪邸で子供たちと暮らしていました。どれかを諦めればもっと簡単に暮らせるのでしょうけど、彼は全部の生活を両立させるために自分自身がどんどん移動するという生活をしていました。

そういう生活はすごく面白いと思います。彼が設計した小さな家「micro compact home」は、自分が住みたい場所に住めるようにするために、とにかく建築を小さくするというコンセプトでつくられているから、まさにポータブルな住宅ですよね。彼が大学でやっていた研究の多くは気軽に「運べる」ことが重要な条件の一つだったので、車の上に積んで運べる家もありましたね。渡鳥さんのバンライフもバンを自分でカスタムしてやっているんですよね?自分が動かせるくらいの小さな空間を工夫してつくられているところがすごく面白いなと思いました。

 

神吉

地域によっては車中泊をするキャンパーは結構いますよね。例えば和歌山は暖かくて厳冬があまりないので、キャンプを楽しむ人が多いですよ。そして彼らはものすごく身軽に上手にやるんですよね。

 

小見山

それが文化として成立しているから不審者とは思われない訳ですね。

 

神吉

思われないですね、いっぱいおられるので。(笑) 地域人口が少なければ大体人の見分けがつくのでキャンパーが不審者とは思われないです。日本の場合は新しい制度をつくる際に危険性がないかをすごく気にするので、安全性という切り口で除外されるともうなかなか新しい制度をつくれないんですよね。制度がいつか変わるだろうと待つのではなくて、主体的にやっていかないと現状はなかなか変わらない気がします。

「境界をつくることで、隔てると同時につないでいる」

山井

ありがとうございます。次に「境界をつくる布地」について議論したいと思います。実際にインタビューをしてみて岩崎さんは何を感じましたか。

 

岩崎

僕としては、インタビューのなかでコーディネートという言葉がとても印象的でした。安東さんはデザイナーとコーディネーターをあえて両方とも肩書きに書いているそうです。コーディネーターと言うと、なかには立場を下に見るような人たちもいると思うんです。でもやっぱりデザインが必要な部分とコーディネート、つまり関係性をどう扱うかが大事な部分があるからこそ、デザイナーとコーディネーターという二つの肩書きにしているそうです。

制度をつくる背景としてマジョリティが規範になってしまうという神吉先生の話と関係性を取り扱うコーディネートの話は似た雰囲気があるように感じました。制度がなくてもまちの人たちの自主的な活動によって人々の生活が成立しているのに、制度を設置したことでマジョリティとマイノリティがかえって生まれてしまうという都市のイメージとコーディネートが関連しているように感じて、あらためて、都市計画においてもコーディネートが重要だと思いました。

また、境界をつくることで、隔てると同時につないでいるんだという話も印象的でした。

 

神吉

それでいうと、切るかつなげるかという話は、実は同じ難易度で両方いけるわけではないんです。また、1回切ってしまって0にしたものを完全につなげ直して1にすることよりも、0.1ぐらいから0.4ぐらいにするみたいなあたりが実は一番難しいです。

 

小見山

それがテキスタイルだと気楽に切ったりつなげたりできますよね。安東さんの言葉で言うと、ある意味「あってもなくてもいいもの」だからこそ調整ができるということでしょうか。

 

神吉

そこまで読むとこれはやっぱりすごく必要だし、たぶんコーディネーションとおっしゃっているのも、外してもいいよというとこまで言っていると思うんですよね。自分のつくったものがそのうち消えてもいいよというところまで含めてというのはあるでしょうね。

「交換されることを前提として、一つの設計の視点として入れていくというのも可能なのか」

山井

「分断」や「つなぐ」、「制度」という言葉が出てきましたが、制度は社会的な境界といえるのかなとも思いました。自身のインタビューを踏まえて高橋さんは何か感じたこと、考えたことはありますか。

 

高橋

市橋さんは日本にいくつか拠点を持っていて、流動的に移動して生活していらっしゃる方です。建築の柔軟性もそうですが、建築物の所有と流通としての柔軟性が重要で、賃貸物件がもっと個人間で自由になったらいいのにな、という話をされていました。それが新しい視点ではないかと思ったのです。日本の物件は基本的に不動産会社が所有して、そこで交換されます。現行の日本社会では多様化の流れがあり、大きい組織や大きい社会への信頼が失われつつあることを考慮すると、物件を個人間で交換するという視点も現実的なものとして見えてくるなと思いました。このとき私は、設計者としての視点でこの社会変化に寄与すること、つまり設計によって建築物そのものの所有と流通を柔軟にすることができると考えていました。例えば建築物を一つのモノとして考えたときに、それが交換されることを前提として、一つの設計の視点として入れていくというのも可能なのかなと思ったのですが、それについて小見山先生はどう思われますか。

 

小見山

家が動くわけではないけど、家に住んでいる人が動いていくということですよね。最近僕も家について考えていて、それにすごく共感する部分もありながら、実際どうしたらいいのかなとも思っていました。家の交換というと、Airbnbってもう当たり前に使われるようになりましたよね。今ではホテルの検索サイトでもAirbnbがホテルに混じってリストに上がったりします。Airbnbが出てくる前にも近い文化があって、家を交換して長期休暇中を過ごす「ホーム・エクスチェンジ」という方法が欧米にはあったそうです。全然違う土地に住んでいる人同士が何かのサービスでマッチングされて、夏休みの2週間家を交換して普段と違う土地で過ごすという趣向です。当然自分の持ち物も大方は置きっぱなしにしていくことになりますから、自分と違う人が生活してる場所で生活してみるということの楽しさでもあると思います。だから、休暇を使って非日常的な体験をするためということであれば、昔から似たようなものがありました。それが今はもう少しシステム化・日常化されている状態という感じです。

住宅で言うと、多くの場合、不動産会社は基本的に仲介しているだけで、本当の家の持ち主は別にいます。最近調査に行った古い家では、持ち主であるおばあちゃんが老人ホームに入られたのですが、息子さん達が全然違う場所に住んでいて、おばあちゃんの家は空き家になってしまいました。でも歴史的に価値のある建物だから、そのまま朽ち果てさせてしまうのは惜しいということで、誰か継承してくれる方を探してもらえないかという相談を受けました。でも持ち主はそのおばあちゃんかというと実際にはさらに細かく所有が分かれていて、複数の親族が共同所有しているので売るのがなかなか難しく、賃貸としての活用方法も模索しているとも聞きました。

そういうこともあるので、家は動かずにその中を人が移動していくというのは、所有権などの点でなかなか難しいところもあるのかなと思いました。

 

高橋

例えばマンションやアパートというのは、完全に規格化されているなかで二極化しているイメージがあるのですが、本当はもっとグラデーションになっていくといいと思うんです。例えば、数人、数十人、数世帯のなかで家を交換し続けるようなコミュニティーができるとおもしろいと思うんですがどうでしょうか。

 

小見山

不動産会社に勤めている友人から聞きましたが、富裕層向けには会員制でそういう暮らし方を提供するサービスがあるらしいですね。

「建築の話というよりは、所得階層、つまりお金があるかどうかの話だ」

神吉

今の話は実は建築の話というよりは、所得階層、つまりお金があるかどうかの話だと思った方がいいです。つまり、ある所得階層で上手に回すということはどういうことかを考える必要があると思うんです。お金を出せる人たちが最終的に土地を占めていく現象が特に都心部にはあります。所得階層に関しての差、そこはどうしたらいいんでしょうね。

 

高橋

そういうことを実現しようとすると、個人間の信頼とか、共有するものの多さが重要になってくるんですかね。

 

神吉

ジモティーみたいなもので出来るようになるかもしれないですね(笑)。競争率が高いと、なにか仕組みが必要になると思います。だから土地の値段が上がらなさそうな不便な所に行くと、そんなにしんどくないかもしれないです。

 

空き家の扱い方については皆本当に困っているんですよ。神戸市など、空き家のまま放っておくと傷んでくる等の問題があるので対策をなんとかしようと頑張ってこられているんですけれど、そういった活動がそこまで主流になりづらいのが現状です。空き家管理の問題は容易ではないので、自治体は住まいにもっと人が住んでほしいんですけどね。建築生産の前の教授の古阪先生も仰っている住宅の総量規制の必要、つまり住宅が余っている状況では新築住宅をつくるのをやめるべきだ、という意見もあります。主流を新築ではなくて、中古にブラッシュアップできないかという考え方です。しかし実際は住宅建築の業界を大幅に変動させてしまうことになるので難しいんですよね。新築をつくる疑問より、経済が縮小したときの怖さの方が大きいです。

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『traverse 新建築学研究』は京都大学建築系教室が編集・発行している機関誌です。17年度より紙媒体での出版を止め、web上で記事を発信していく事となりました。
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18
2017.10 
インタビュー:五十嵐淳
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三谷純,奥田信雄,魚谷繁礼,
五十嵐淳
竹山研究室「脱色する空間」
竹山聖,​大崎純, 小椋大輔, 布野修司,古阪秀三, 牧紀男, 
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竹山研究室「コーラス」
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ダイアグラムによる建築の構想
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20
2020.01 
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​満田衛資, 蔭山陽太, 鈴木まもる×大崎純
学生座談会
小椋・伊庭研究室
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インタビュー:満田衛資
2020.11 | 
21
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インタビュー:
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神吉研究室「Projects of Kanki lab.」
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2018.10 
19
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池田剛介, 大庭哲治, 椿昇, 富家大器, 藤井聡,藤本英子
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2021.11 | 
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高野・大谷研究室
西山・谷研究室
布野修司, 古阪秀三, 竹山聖, 大崎純, 牧紀男, 柳沢究, 小見山陽介,大橋和貴, 大山亮, 山井駿, 林浩平
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