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    神吉 紀世子 小見山 陽介 学生編集委員

 

【プロジェクト】

 traverse座談会

2022.11.4 京都大学桂キャンパス 213ゼミ室にて 

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本座談会は本誌におけるインタビュー企画(虚構と現実の境界を見る、境界をつくる布地、定住するノマド、揺れる境界)を踏まえた上で、本学の教員である神吉紀代子教授と小見山陽介講師の二人と本誌編集委員で行われたものである。様々な方の意見を踏まえ、今一度本誌のテーマである「今、境界をつくるということ」を建築文化の視点から見直す座談会となっている。

また以下に本座談会で発言する編集委員を紹介する。

山井 :  本座談会のファシリテーター

佐藤 : 「虚構と現実の境界を見る」の編集委員

岩崎 : 「境界をつくる布地」の編集委員

若松 : 「定住するノマド、揺れる境界」の編集委員

宇野 : 「定住するノマド、揺れる境界」の編集委員

高橋 : 「定住するノマド、揺れる境界」の編集委員

― はじめに

山井

本誌のインタビューから出てきたキーワードやトピックなどから、連想して話を膨らませていこうと思います。まず初めに先生方の考えをお聞かせください。

「境界というのは、皆が共有しやすいテーマ/境界が取り払われたとしてもそこに残る物理的な距離も顕在化している」

小見山

境界というのは、皆が共有しやすいテーマだと思いました。異なるバックグラウンドの方たちであるけれど、同じ目線で境界について話ができているのはテーマ設定がよかったからだと思います。建築における境界というといくつか思い出したことがあります。僕が大学で指導を受けた難波和彦先生の事務所名「界工作舎」には「境界の工作」という意味が込められています。また、僕が大学時代に聞いた北山恒さんのレクチャーでは、「境界に立て」と言われたことが印象に残っています。境界をつくることが建築をつくることであるとか、境界線上に立つ姿勢が重要であるといったことは、僕が学生の時から聞いていたくらい建築において普遍的なことですが、未だに議論のテーマとして有効なのだと思いました。

一方で、境界ということと、距離が離れているということは、違うことだと思います。僕は最近、距離について考えることがあります。境界を横断して考えたいと思うけれど、物理的な距離があったりとか。境界がそこにあるか無いかということに関わらず、単純に距離が離れていて、なかなかコミュニケーションが取れないということもあります。

例えば、平野先生のお話の中に出てくる「境界が顕在化してくる時代」とは、ベルリンの壁は崩壊したけれど、アメリカとメキシコの国境に壁が立てられたりという現代の状況を想像させます。それだけでなく、国境を超えてインターネットでつながったと言ってもやはり時差があるだとか、離れた場所の人に直接会うのは難しいといったような距離による隔たりは依然としてあります。むしろインターネットの普及などでより遠くの人とつながることができるようになったことで、そういった距離による隔たりをより意識するようになったと僕は思っています。つまり境界が顕在化しているということに加えて、境界が取り払われたとしてもそこに残る物理的な距離も顕在化しているわけです。

「狭い範囲の話をしている」

神吉

今回はものをつくる立場にある人たちにインタビューをしていますが、それは社会の本当に珍しい人たちだけに焦点をあてているように感じます。例えば、ノマド的生活ができるのは、誰かが道などのインフラを整備してくれているおかげですよね。「定住するノマド、揺れる境界」のインタビューの中で安全という言葉が出てきていたけれど、安全は自然と生み出されるものではないので、実はノマド的生活をする人の背景にはインフラを支える多くの人たちが必要となります。ですから、全員がノマド的生活をすることはできません。そうすると、やはり今回のインタビューで出てくる話というのは、社会的に選ばれた人のことだけを取り上げているのではないかと思ってしまいます。

つながるドメインを持つこと自体がとても大変な人は日本にたくさんいますよね。そういうことも含めて喋るかどうかと言いますか。創作、クリエーションの範囲で話すかどうかは少し気にしておきたいです。強者の論理に少しなっている気がして。私から見るとすごく狭い範囲の話をしている感じがします。

 

山井

確かに、本誌のテーマは「つくること」と題していますが、それによって本誌が取り扱う対象が限定されてしまったかもしれないです。

 

小見山

「今、境界をつくるということ」というテーマでみなさんが考えたいのはきっと、つくることにおいて、境界をどう取り扱うかということですよね。

 

若松

そうですね。私たちはどのように境界をつくっていくのか、そして境界がどうなっていくのかという話です。私たち建築業界に携わる人とそうでない人の両方の視点から境界をつくるということについて座談会では話していきたいと思っています。まずは先生方が境界というものに対してどう感じたか、また、どう関わっていくかについてお伺いしたいです。

「Y軸はどうなっているんだろうということを今回の企画では探しに行っているような気がしています」

神吉

各班のインタビューの中で境界が必要か否かといった話が出てきていたので一つ言っておくと、一般的に世の中は二元論である、つまり背反する二つの要素で構成されているとよく言われます。その方が一軸的な議論ができてインパクトもあり面白いからです。しかし、おそらく世の中はそんなに単純ではないと思うんですよね。例えば切れているかつながっているかを考えた時に、どれだけ議論したとしても結局どちらもあるから、あまり生産的ではないんです。つまり二元論的な議論をしても、自分にとって都合のいい結論に落ち着くだけだと思うんです。

X軸に対してY軸をどうするかと考えることで、四象限がつくれる、つまり世の中を4つに分けることができます。その観点からどっち寄りかというふうに散布図的に見る、というふうに考えたら、Y軸はどうなっているんだろうということを今回の企画では探しに行っているような気がしています。やっぱり、自分と違う人の話を聞くことはそういうことだと思います。

― インタビュー企画を受けて

山井

ありがとうございます。先ほど小見山先生のコメントの中で平野利樹さんのお話が少し出ましたが、「虚構と現実の境界を見る」のインタビューの中で出てきた平野さんの作品について小見山先生から意見をいただきたいです。

「モノとその情報を行き来することによって、だんだん最初のものが変化していくことを、必ずしもネガティブなことではなく捉える」

小見山

僕は平野先生の作品における「解像度」がとても面白いと思いました。確かこれは日本で制作されたそうですが、それをロンドンに持っていくために飛行機に乗る大きさに分割しないといけないという条件があって、物理的に分割されてもつながっているようにつくりたかったと以前お聞きしました。平野先生はデジタルとアナログという言葉を使われていますが、気体から液体という相転移とも似た話ではないかと思いました。平野先生はおそらく、様態の異なる情報と物質を行き来させることの面白さに取り組まれているのだと思います。平野先生は劣化や欠落など「減っていく」ような言葉遣いをされていますが、画像データの加工のことを連想しました。例えば昔はjpg画像を回転させていくと、どんどん解像度が下がっていったんですよ。画像を360度回すと、画質が最初よりも荒くなっていて、え?みたいなことがありました。加工をすると、情報がどんどん失われていってしまうという基本的な考え方があった上で、平野先生の場合は、欠落と言いながら、その欠落したものが、また何か別のものによって埋まっていくということをたぶん想定されているのかなと思っています。転移することでものがどんどん劣化していくだけではなくて、むしろ欠損を埋めることに豊かさを見出しているのだと想像しました。

それは僕のやっている研究に絡めても、とても共感する部分があります。僕は19世紀に建設されたクリスタル・パレスの図面記録の研究をしています(「「鉄とガラス」のクリスタル・パレスにおいて木材が果たした役割」traverse 19所収)。万国博覧会のために建てられた仮設建築ですが、竣工と同時に図面集が出版されました。その後にクリスタル・パレスを模したりあやかったりした建築が世界中に建てられるのですが、部材が再利用されていたり設計者や施工者が共通しているなど物質的なつながりが認められるものだけでなく、図面集を見てつくったのではないか?イメージだけが伝わったのではないか?と思えるような一見何の関係もなさそうな場所で建てられたものもあります。オリジナルは移動してなくて、オリジナルを書き起こした図面だけが別の国に運ばれて、その図面を元に誰かが建築物をつくったということもあったのではないか。これは、一旦物質だったものが図面という情報になって、その情報をまた物質化するという相転移が二回起きているのですが、その結果として、オリジナルと後に建てられた模倣品では細部が違っていたりするんです。情報が欠落して、あるいは誰かが意図的にオミットしてしまって、その欠落に受信者が自分なりの解釈を加えてつくったから、結果的に違うものが出来ているということです。この情報の加工を経て最初よりもむしろ良いものが出来ている事例もあって、そういうものを最近は調べたりしています。モノとその情報を行き来することによって、だんだん最初のものが変化していくことを、必ずしもネガティブなことではなく捉えるというのは、僕も歴史研究のなかでとても共感するところがあって、それを現在進行形で平野先生は試されているのかなというふうに思いました。だから、平野先生は今のこの情報化が進んだ時代の状況から、何か自分がやるべきクリエーションの方向性を見出して、それをドライブしているという意味では、とても現代的な活動をされてる方だなと僕も同世代として思います。平野先生の場合は、特に「境界をつくる」という言葉では意識してやっていないかもしれないけれど、つくるという自分のクリエーションにおいて、境界をどう取り扱うかということについては、すごく明確なコンセプトを持っている方だと感じました。

山井

確かに、解像度という切り口で見たら面白いなというのはお話を聞いていて思いました。ディズニーってアニメ作品もディズニーランドもあるじゃないですか。ディズニー世界の写像として、アニメ作品の方が解像度が高いのか、それともディズニーランドの方が解像度が高いのかと言われたら難しいですが、それはたぶんそれぞれの本物性があるからだと思います。

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『traverse 新建築学研究』は京都大学建築系教室が編集・発行している機関誌です。17年度より紙媒体での出版を止め、web上で記事を発信していく事となりました。
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