【エッセイ】 布野 修司

 「アジア」の欠落 ― 世界建築史をいかに書くか? ​ Lack of Asian Architecture: How We Write a Global History of Architecture?

― 「世界史」の世界史

 人類最古の歴史書とされるヘロドトス(紀元前485頃〜420頃)の『歴史』にしても、司馬遷(紀元前145/135?〜紀元前87/86?)の『史記』にしても、ローカルな「世界」の歴史に過ぎない。ユーラシアの東西の歴史を合わせて初めて叙述したのは、フレグ・ウルス(イル・カン朝)の第7代君主ガザン・カンの宰相ラシードゥッディーン(1249〜1318)が編纂した『集史』(1314)5)であり、「世界史」が誕生するのは「大モンゴル・ウルス」においてである。しかしそれにしても、サブサハラのアフリカ、そして南北アメリカは視野外である。

 日本で「世界史」が書かれるのは1900年代に入ってからである(坂本健一(1901〜03)『世界史』、高桑駒吉(1910)『最新世界歴史』など)。明治期の「万国史」(西村茂樹(1869)『万国史略』、(1875)『校正万国史略』、文部省(1874)『万国史略』など)は、日本史以外のアジア史と欧米史をまとめ、世界各国史を並列するかたちであった。西欧諸国にしても、国民国家の歴史が中心であることは同じである。そうした意味では、「世界史」の世界史(秋田滋/永原陽子/羽田正/南塚信吾 /三宅明正/桃木至朗編(2016)『「世界史」の世界史』ミネルヴァ書房)を問う必要がある6)

5)ジャーミ・アッタヴァーリーフJāmi` al−Tavārīkh、Jāmi` al−Tawārīkh。この『集史』による「世界史の誕生」をベースに、ユーラシア全体を視野に収めながら、遊牧民の視点から世界史の叙述を試みてきたのが杉山正明の『遊牧民から見た世界史』(1997)『逆説のユーラシア史』(2002)など一連の著作である。

 

6)今日のいわゆるグローバル・ヒストリーが成立する起源となるのは西欧による「地球」の発見である。西欧列強は、世界各地に数々の植民都市を建設し、それとともに「西欧世界」の価値観と仕組みを植えつけていった。すなわち、これまでの「世界史」は、基本的に西欧本位の価値観、西欧中心史観によって書かれてきた。西欧世界は、その世界支配を正統としてきたのである。そして、西欧世界では、世界は一定の方向に向かって発展していくという進歩史観いわゆる社会経済(マル クス主義)史観あるいは近代化史観が支配的となってきた。リン・ハント(2016)は、第二次世界大戦後に歴史叙述のパラダイムとなってきたマルクス主義、近代化論、「アナール学派」、「アイデンティティの政治」(1960 年代、70年代のアメリカ合衆国で盛んに試みられるようになった、排除され周縁化されている集団の歴史に着目する一連の歴史叙述)と、そのパラダイムを批判してきた文化理論(ポスト構造主義、ポスト・コロニアリズム、カルチュラル・スタディーズ等々)の展開をともに総括しながら、1990年代以降のグローバリゼーションの進行を見据えた新たなパラダイムの必要性を展望する。秋田茂・ 永原陽子・羽田正・南塚信吾・三宅明正・桃木至朗編(2016)もまた、21世紀を見通せる「世界史の見取り図」の必要性を強調するところである。

― 建築の世界史へ

 世界建築史もまた、古代、中世、近世、近代、現代のように西欧による「世界建築史」の時代区分によって書かれてきた。そして、非西欧世界については、完全に無視されるか、補足的に触れられてきたに過ぎない。建築は、人類の歴史の時代区分や経済的発展段階に合わせて変化するわけではない。すなわち、王朝や国家の盛衰と一致するわけではない。

 日本で書かれてきた建築史は、「西洋建築史」を前提として、それに対する「日本建築史」(「東洋建築史」)という構図を前提としてきた。「近代建築史」が書かれるが、ここでも西洋の近代建築の歴史の日本への伝播という構図が前提となっている。そして、近代建築の日本以外の地域、アジア、アフリカ、ラテンアメリカへの展開はほとんど触れられることはない。『日本建築史図集』『西洋建築史図集』『近代建築史図集』『東洋建築史図集』というのが別個に編まれてきたことが、これまでの建築史叙述のフレームを示している。

 世界建築史のフレームとしては、細かな地域区分や時代区分は必要ない。世界史の舞台としての空間、すなわち、人類が居住してきた地球全体の空間の形成と変容の画期が建築の世界史の大きな区分となる。建築史の場合、建築技術のあり方(技術史)を歴史叙述の主軸と考えれば、共通の時間軸を設定できるであろう。しかし、建築技術のあり方は、地域の生態系によって大きく拘束されている。すなわち、建築のあり方を規定するのは、科学技術のみならず、地域における人類の活動、その生活のあり方そのものであり、ひいては、それを支える社会、国家の仕組みである。

 世界各地の建築が共通の尺度で比較可能となるのは産業革命以降であり、世界各国、世界各地域が相互依存のネットワークによって結びつくのは、情報通信技術ICT革命が進行し、ソ連邦が解体し、世界資本主義のグローバリゼーションの波が地球の隅々に及び始める1990年代以降である。各国史や地域史を繋ぎ合わせるのではなく、グローバル・ヒストリーを叙述する試みとして、『世界建築史15講』は、日本におけるグローバルな建築史の叙述へ向けての第一歩である。
 

― 神話としての歴史― 「世界建築史」はいかに可能か?

 建築の世界史あるいは世界の建築史をどう叙述するかについては、そもそも「世界」をどう設定するかが問題となる。人類の居住域(エクメーネ)を「世界」と考えるのであれば、ホモ・サピエンスの地球全体への拡散以降の地球全体を視野においた「世界史」が必要である。しかし、これまでの「世界史」は、必ずしも人類の居住域全体を「世界」として叙述してきたわけではない。書かれてきたのは、「国家」の正当性を根拠づける各国の歴史である。一般に書かれる歴史はそれぞれが依拠している「世界」に拘束されている。すなわち、これまでの「世界」は、数多くの「欠落」を含んだものである。世界建築史のフレームとしては、細かな地域区分や時代区分は必要ない。世界史の舞台としての空間、すなわち、人類が居住してきた地球全体の空間の形成と変容の画期が建築の世界史の大きな区分となるのではないか。

 いずれにせよ、叙述のための取捨選択が無数の「欠落」を含むことは明らかである。西欧における「世界建築史」嚆矢といっていい7)B.フレッチャーの『比較の方法による建築史』8)は、現在に至るまでD.クリュックシャンクによって改訂9)が続けられているけれど、フレームを固定したままで「欠落」を埋めるだけで、「世界建築史」というわけにはいかない。問題は、フレームであり、視点であり、切り口である。近代建築批判が顕在化する中で、「W.モリスからW.グロピウスまで」を軸とするN.ペブスナーの『モダン・デザインの展開』やR.バンハムの『第一機械時代の理論とデザイン』などを「神話としての歴史」としてその見直しを迫る動きがあったようにーN.ペブスナーは自ら『反合理主義者たち 建築とデザインにおけるアール・ヌーヴォー』を書いたー、建築の多様な側面に視点を当てる「世界建築史」が必要である。

 インドネシアを代表する建築史家であるJ.プリヨトモ(スラバヤ工科大学名誉教授)は、9世紀のヨーロッパに「ボロブドゥールに匹敵する建築はない、西欧による「建築史」はアンフェアだ」というのが口癖である。少なくとも、アジアに軸足を置いた「世界建築史」が必要だともいう。「西欧建築史」「日本建築史」「東洋建築史」「近代建築史」の並立は論外である。「世界建築史Ⅱ」の「Ⅱ」も不要である。

7)フレッチャーに先だって、Fergusson, James(1855), “The Illustrated Handbook of Architecture : Being a Concise and Popular Account of the Different Styles of Architecture Prevailing in All Ages & Countrie, Vol.Ⅰand Vol.Ⅱ”, John Murray、 Fergusson, James( 1867), “A History of Architecture in All Countries,  Vol. Ⅰ and Vol.Ⅱ”, John Murrayがある。


8)Fletcher, Banister(1896), “A History of Architecture on the Comparative Method”, Athlone Press, University of London( バニス ター・フレッチャー(1919)『フレッチャア 建築史』古宇田実・斉藤茂三郎訳、 岩波書店)


9)Cruickshank, Dan(1996), “Sir Banister Fletcher's a History of Architecture”, Architectural Press(ダン・クリュックシャ ンク編( 2012)『フレッチャー図説・世界建 築の歴史大事典 : 建築・美術・デザインの変遷』飯田喜四郎監訳、 西村書店)

― 『世界建築史 15 講』の構成

 『世界建築史15講』は、大きく「第Ⅰ部世界史の中の建築」「第Ⅱ部 建築の起源・系譜・変容」「第Ⅲ部 建築の世界」の3部からなる。

 第Ⅰ部では、建築の全歴史をグローバルに捉える視点からの論考をまとめた。建築は、基本的には地球の大地に拘束され、地域の生態系に基づいて建設されてきた。建築という概念は「古代地中海世界」において成立するが、それ以前に、建築の起源はあり、「古代建築の世界」がある。そして、ローマ帝国において、その基礎を整えた建築は、ローマ帝国の分裂によって、キリスト教を核とするギリシャ・ローマ帝国の伝統とゲルマンの伝統を接合・統合することによって誕生するヨーロッパに伝えられていく。ヨーロッパ世界で培われた建築の世界は、西欧列強の海岸進出とともにその植民地世界に輸出されていく。そして、建築のあり方を大きく転換させることになるのが産業革命である。産業化の進行とともに成立する「近代建築」は、まさにグローバル建築となる。

 第Ⅱ部では、まず、世界中のヴァナキュラー建築を総覧する。人類の歴史は、地球全体をエクメーネ(居住域)化していく歴史である。アフリカの大地溝帯で進化、誕生したホモ・サピエンス・サピエンスは、およそ12万5000年前にアフリカを出立し(「出アフリカ」)、いくつかのルートでユーラシア各地に広がっていった。まず、西アジアへ向かい(12〜8万年前)、そしてアジア東部へ(6万年前)、またヨーロッパ南東部へ(4万年前)移動していったと考えられる。中央アジアで寒冷地気候に適応したのがモンゴロイドであり、ユーラシア東北部へ移動し、さらにベーリング海峡を渡ってアメリカ大陸へ向かった。そして、西欧列強が非西欧世界を植民地化していく16世紀までは、人類は、それぞれの地域で多様な建築世界を培っていた。建築が大きく展開する震源地となったのは、4大都市文明の発生地である。そして、やがて成立する世界宗教(キリスト教、イスラーム教、仏教・ヒンドゥー教)が、モニュメンタルな建築を建設する大きな原動力となる。宗教建築の系譜というより、ユーラシア大陸に、ヨーロッパ以外に、西アジア、インド、そして中国に建築発生の大きな震源地があることを確認する。

 第Ⅲ部では、建築を構成する要素、建築様式、建築を基本的に成り立たせる技術、建築類型、都市と建築の関係、建築書など、建築の歴史を理解するための論考をまとめた。さらに多くの視点による論考が必要とされるのはいうまでもない。

『traverse 新建築学研究』は京都大学建築系教室が編集・発行している機関誌です。17年度より紙媒体での出版を止め、web上で記事を発信していく事となりました。
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2018.10 | 112p
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インタビュー:米沢隆
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平田研究室「建築が顔でみちるとき」
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