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【インタビュー】 芸術家・野又穫

 空想が語るリアリティ

聞き手=竹山 聖、王 隽斉、加藤 慶、川本 稜、キミニッヒ・レア、田中 健一郎、田原迫 はるか、田村 篤、千田 記可
2016.6.19 京都大学 竹山研究室にて

空想の建築を描き続ける画家、野又穫氏。彼の描く建築は、時に現実の建築以上に見る者を惹きつける。絵に込められた物語性や原風景を読み解きながら、その魅力を紐解いていく。
東日本大震災以降の感情の変化を経て、彼の建築は今何を語るのか。

 

― スケッチから作品へ

川本 野又さんの絵は、考えていることが建築としてアウトプットされるのがすごく不思議だなと思いました。

野又 そうですね、アウトプットに関しては、建築的なパーツを言語のように組み合わせるという手法を使っています。たまたま建築と背景との関係を描くことが、僕の意図するところを一番スムーズに伝えることのできる表現方法なんです。

川本 アウトプットする際には、パーツを意図して、考えてから描き始めているのでしょうか。それともパッと思い浮かんだイメージを描くのでしょうか。

野又 僕の場合は考える前に、まず手を動かすという感じです。高校生の頃、赤塚不二夫が毎晩寝る前に、必ずネタを一つ考えるという話をテレビで見て以来、なるべく毎日スケッチを描くようにしていました。

川本 スケッチを見直して、アイデアを考えるということでしょうか。

野又 はい、見直すことで自分の考えが徐々に見えてくることがあります。見たことの無いものを考えるというよりは、とにかく皆が知っているものを扱っています。形にしても、既存の形を借りることが多いです。同じ形態だけど、それをいじって何かに変える、新しい解釈をするという手法が個人的には楽しいし、使えると考えています。だから、見たこともない形はあまり描いたことがないと思います。およそ皆が知っているであろう形やパーツがスケッチブックや頭の中に入っていて、それを別の解釈を介して絵に起こす。そういう工夫をしないと、創造的な仕事にならないし理解してもらえないと思うんです。思い込みで突っ走ることが一番恥ずかしいと思っていて、自分を冷ますというか。建築も同じでしょうけど、特に時間のかかる作品は熱い気持ちのままじゃ作れないので、どんどん冷ましていくことが必要です。夜中に一生懸命描いて、次の日見たときにどこか納得がいかないこともありますよね(笑)。

竹山 僕らは図面は定規で描くんですけど、野又さんも下書きには定規を使うんですか。

野又 定規はスケッチや下書き以外、常に使います。大きな絵を描くときはコンパスや分度器で測って立面図を描きます。そうしないと綺麗に左右対称にならないので。だから初めに、立面図をベニヤ板に原寸で描いています。

川本 立面図と同時に平面図は描かれるんですか。

野又 平面図は、図面というほど精度のあるものではないです。建築の図面に比べればスケッチみたいなものですね。板にパッと描いて、絵が終わったら消してしまいます。

 
図2 都市の肖像|Babel (2005)

 

― 語る空想建築

 
図3 都市の肖像2012|A portrait of the city  (2012)

竹山 どこにでもありそうで、どこにも無い建築が描かれているのが面白いと思うのですが、断面が見えている作品については、意図的に断面をカットしているという意味で描かれているんですか。それとも最終形の一つの建築として、ということでしょうか。

野又 建造、修復、解体が同時進行するという設定で描いていた時期もありますが、建築の立面図と絵画の狭間の表現と言えば良いかもしれません。例えばこの絵(図2)は、ブリューゲル(Pieter Bruegel)の崩れていくバベルの塔を意識しています。描いた時期が、六本木に巨大なビルが建ち上がる時期だったんです。小さなビルがたくさんあって分かれていた機能が、一つのビルに集約されて街が荒れていくように感じました。一方で上野の美術館や動物園の周りに行くとホームレスの青いテントがたくさんあって、何か社会がアンバランスで奇妙だなと。そのうちにますます六本木の大規模なビルの違和感を形にしたい、一言物申したいと言う気持ちが強くなって、現代のバベルの塔を描こうと思ったんです。

竹山 ぱっくり割れてるのが面白いですよね。完成していたものが崩れて、でもその不完全な形を良しとしているように見えます。でももう一方の絵(図3)は、明らかに建設中のような感じがしますよね。


野又 この絵(図2)は、都市機能が一つの建築物で完結することへの疑問を投げかけています。建築の周りにはブルーテントがあって、また、看板が内側に向かって付いているんです。実は下に大砲があって、非常に周りを警戒しています。つまり一つの国家のようなものですね。ベースはブリューゲルのバベルなので、この建築物が崩れている姿には、建築しながら壊れていくというニュアンスも込めていました。あとは、鑑賞する人に自由に読み取って想像を膨らませてもらえれば嬉しいですね。

竹山 作品に物語を込められているということですか。

野又 そうですね、必ず何かストーリーを意図していますが、あまり表に出さないようにしています。美しく誤魔化すというか、言いたいことをべったり言わないというか。

竹山 でもそのわりには人影は見当たりませんよね。

野又 人はいません。人を描くとどうしても他者とみなしてしまうような気がするんです。観る人が最前列でこの現場を目撃しているという状況にしたいので、人物は入れないようにしています。絵のサインも全て裏側に納めるようにしています。これは自分の絵だと主張するのではなく、目の前に風景がパッと広がるような体験をしてもらえれば、と思っているからです。

竹山 ニュートン記念堂を描いたブレー(Etienne Louis Boullée)は、非常に模式的に小さく、人間を描いているんですよね。いかに建築が大きいかということを示すために配置されてるんです。ブレーは人間が労働しているとか、物語ではなくて、ただ単にスタティックな記号として人を描いています。野又さんの作品は、ブレーに通じるところも感じられますし、物語性があるとのことなので、人影は意図的に描かれていないのかどうか疑問に思いまして。

野又 実はごく初期の作品の中に小さく人物を入れたものが2点だけあるんですが、明らかに他者が入り込んでしまうようで。初めは広告の仕事から逃れたいという動機もあって、己だけで完結する世界を作りたいと思ったことも、理由の一つだと思います。

川本 タイトルと作品の関係についてお伺いしてもいいでしょうか。同じタイトルの作品群があったり、異なるタイトルでも似ている絵があるように感じられたのですが。

野又 実は、個々にはタイトルは無いんです。

川本 シリーズとして付けているんですか。

野又 そうです。作品の制作中いつもタイトルを考え続けているんですが、どの作品においても、ダブル・ミーニング、アンビヴァレントなイメージを持った言葉を探しています。それを積極的に説明するつもりはないですし、やはり観る側に投げたいと思っているので、描いているときの気分をタイトルにしています。先ほど、竹山先生が物語とおっしゃいましたけど、個々の作品にタイトルを付けるとそれがかなり定まってしまいます。観る人によってそれぞれ感じ方も違うと思うので、なるべく曖昧にしたいんです。でもタイトルと言っても、どれも似ているんですけどね。言いたいことは大きくは変わっていないので、周辺の言葉をいつも探しています。

竹山 建築だと、ルドゥー(Claude Nicolas Ledoux)やブレー。アートでは、マグリット(René Magritte)やキリコ(Giorgio de Chirico)とか。それぞれを関連付けて、後から気付くことはあるかもしれないけど、意識してスタートしたというより、むしろ近所の煙突ということですね(笑)。

野又 はい(笑)。結果的に、自分が描いた想像上の建築ととても近いものだと感じることはあります。基本形態は、丸、三角、四角のさまざまな組み合わせです。建築が建った後のさまざまな痕跡とか、時間が経過した気配みたいなものに興味があるので、それを絵画の中で再構築して何か感じられるものにできないかといつも考えています。

『traverse 新建築学研究』は京都大学建築系教室が編集・発行している機関誌です。17年度より紙媒体での出版を止め、web上で記事を発信していく事となりました。
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