【エッセイ】 小見山 陽介
「鉄とガラス」のクリスタル・パレスにおいて
木材が果たした役割
Roles of Timber for the construction of the Crystal Palace in relation to Iron and Glass
― 木材使用箇所⑥ ギャラリー階の床
鋳鉄の支柱と錬鉄製のロッドでトラスを組まれた木製の根太により厚み1インチの木製の床版が支えられていた。鋳鉄柱に四隅を支えられた一辺24フィート角の単位面積あたり15トンの耐荷重が想定されており、床への荷重は根太と大引を介して鋳鉄製の大梁へ均等に分配されるように計画されていた。
― 木材使用箇所⑦ 柱と大梁の接合部における込み栓など
柱と大梁の接合部には錬鉄製の込み栓が固定用に使われているが、一定間隔で木製の込み栓に置き換えられ、金属の膨張・収縮を許容しつつ構造に弾力性を持たせていた。
その他、プレファブ部材間の距離を保つためのスペーサーや、形を整えるための下地などに木材は各所で用いられたことが図面からは読み取れる。
― 構法史による、建築史と社会状況の接続
以上の分析から、部材の加工性や構造の弾力性が必要な箇所や、構造的負担が小さく軽さが必要とされる箇所など、鉄とガラスに対して適材適所に木材が使われていたことがわかった。これらの知見は現代の設計者視点から振り返ってみれば至極当たり前のことかもしれないが、これまであまり重要視されてこなかった。新素材である鉄とガラスの使用が強調されたり、標準化や合理化の象徴と見なされたり、あるいは近代建築との図像的・空間的なつながりを重視する後の時代の「解釈」によって、これらの事実は捨象されてきたのである。
しかし構法史的アプローチによりもう一度原点としてのハイブリッドな姿に着目することで、ひとりの天才パクストンによって構想されたように扱われてきた建築史上のクリスタル・パレスに、同時代の社会状況とも接続しうるより多くのつながりを見出すことが出来ると考えている。またこのことにより、設計施工プロセスのなかに、パクストン以外の多くの人物の関与を認めることも出来るだろう。これは、現代のますます複雑化する設計プロセスに対しても、建築に携わる者がアーキテクトとエンジニアという職能を超えていかに共同することができるか、という示唆を与えるだろう。
本研究はJSPS科研費JP18K13909の助成を受けたものです。