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【プロジェクト】 平田研究室 

     ー建築が顔でみちるときー

博士後期課程 1回生 大須賀 嵩幸

 

― 一つの案へ絞り込む:多数決と死票

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ふろしき案のコンセプト模型

 設計の初期段階では研究室のスタディといくつかのワークショップを経て3つの案が提示された。個室を「カプセル」に見立てた案や、公私の領域が「グラデーション」をなす案を抑えて、木の面を「ふろしき」のように広げた案が支持を得たため、この案を採用することにした。

 案を決めるに際して何度か投票を行った。0票だった案は鍛えあげて次回リベンジに臨ませる。突拍子のない案が人気を博するとスタディにつきまとう不安が払拭される。多数決で決めるわけではないが、それぞれの学生が何を考えているかを知るためにも投票というツールは有効であった。

 それでもいつかは1つの案を選ばなければいけない。多数決の問題点の1つは、選ばれなかった案に寄せられた意見が吸い上げられないことである。実はここで選ばれた「ふろしき案」は、その後スタディを進める中で他の2案の要素を取り込みながら最終案になった。

 私は自覚的ではなかったのだが、平田先生や他の学生たちは他の2案を取り込めるポテンシャルを持った「ふろしき案」のポテンシャルに気づいていたのかもしれない。そうした予定調和のような見方もある一方で、選ばれなかった案に寄せられた意見が私たちの中に残っていて、それがスタディの方向性に知らず知らずのうちに影響を与えていたという仮説も提示できるだろう。そう考えると、一つの案を浮かび上がらせるために建築家が果たす役割が少しわかったような気がした。

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つの案に対する投票とコメント

 

― 撤去してから考える:最大公約数と不可逆性

 「ふろしき案」で基本設計を進めていくうちに、既存木造住宅の改修を行うに際して、ある程度まで床面積を減らす必要があることが分かった。そこで、改修工事に先駆けて撤去工事を行い、撤去後の状態を見ながら最終的なプランを決めることが提案された。

 当たり前のことだが、一度撤去してしまった壁や床は元に戻せない。こうした遡ることのできないプロセスをあえて取り込むことで、ワークショップで決めた撤去箇所が、最終的な建築にもそのまま撤去跡として現れることになる。ゆえにこのプロセスは慎重に進められ、いくつかある撤去パターンのいずれにも対応できるような形で撤去が決められた。

 それぞれの意見にすべて応えるような最大公約数な意思決定のしかたは、あまりよいものではないだろう。ただ今回は、撤去後の状態を見ながら再度議論できる可能性があったため、誰も置き去りにしないための最大公約数を選んだ。多くの人に意見を出してもらっている中で、それに対して真摯に向き合う姿勢がなければ人は離れていってしまう。集団で設計することの難しさはそうしたところにある。

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決定された撤去箇所

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ワークショップで用いられた図面

 

― 集団の場で案が生まれる:思考のツールと集合知

 撤去工事ののち、最終的なプランを決めるワークショップが開かれた。撤去後の既存建築にクラフト紙をアタッチして、原寸大のモックアップをつくり、実際の空間を体験できるようにした。その甲斐あってか、のちの議論が活発なものとなり、ついには研究室で用意したものとは異なる案がワークショップ中に生まれ、その案をベースに決定がなされた。

 このプロジェクトの大きな特徴は、参加する建築学生が図面や模型から空間を考える能力を持っている点だ。だから私たちは、ワークショップの中で研究室が用意した案がひっくり返されてしまうようなことを期待していた。とはいえ、学生ごとに能力の差はもちろんあるし、限られた時間の中での思考には限界もあり、なかなか予想外の出来事は起こらなかった。

 ワークショップを開く私たちの能力不足もあったと思う。今回は和室や階段といった部分ごとのありうるパターンを整理して、それぞれの利点と欠点を提示するようにした。

 これまでの議論の集積、撤去状態のモックアップの活用、ありうる選択肢の整理など、様々な要因があってはじめて、みんなで新しい案を生み出すことができた。今はまだこうしたアナログで場当たり的な取り組みにすぎないものが、近い将来、集団での思考を容易に可能にするようなツールに置き換わったとしたら。より多くの人を巻き込んだ建築の設計が可能になるかもしれない。それはビッグデータや集合知といった現代の関心事に、建築が接続するひとつの回路を示している。

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撤去状態を活用したモックアップ(撮影 平田研究室)

 

― 他者性と建築家

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撤去状態を活用したモックアップ(撮影 平田研究室)

 ところで、みんなでつくった建築は果たしてよいものになるといえるだろうか。

「他者」の思考を取り込むことの意義はどこにあるのだろうか。

 そもそも建築家にとって「他者」はそれほど新しいテーマではないはずだ。設計教育における先生と学生のエスキスや、外部化された思考としての模型を見ながら考えるスタディ方法も、広い意味では「他者」との対話による設計行為といえる。であるならば、より多くの他者性を取り入れることで、よりよい建築を設計できるのではないかという仮説はあってもよい。

 個としての建築家は、集団の中でいったんは弱められるかもしれない。けれども、ある生物が他の種に負けないように進化してきた生存競争のように、集団の中でより輝きを増す個性もあるだろう。さらに言えば、多様きわまりない「他者」の集合に建築としての全体性を与えられるかどうかに、個としての建築家の矜持が問われるのではないだろうか。

 

 「顔(=人)」でみちた建築の光景から集団的設計行為の話まで飛んできてしまった。改めて考えると、「顔」とはきわめて他者性をはらんだテーマではないか。ワークショップをしていると、模型に寄せられるコメントや議論の中での周囲の発言によって、自分が何を考えているのかがどんどん言語化されていく。自分がどんな人間なのかわかるのは、「他者」を通したときだけだ。その感覚を言い表すようなサルトルの言葉を最後に引いて、筆を置きたい。

 

    「私が私の顔を知るのは、むしろ反対に他人の顔によってである。」

『traverse 新建築学研究』は京都大学建築系教室が編集・発行している機関誌です。17年度より紙媒体での出版を止め、web上で記事を発信していく事となりました。
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