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【エッセイ】 金多 隆

 出面 — 建築生産の労働生産性を考える

​ See workers' faces, and get more value in building construction.

― 三面等価の原則

 GDPには、マクロ経済学にいう三面等価の原則がある。これは、生産面、分配面、支出面から見たGDPの値が等しいというものである。

1)生産面のGDP

 生産面のGDPとは、ある国で生産された最終製品やサービスの総量から、中間過程のものを除いた付加価値の合計である。例えば、材料費、労務費、外注費、半製品、資機材などは中間投入されるものなので、これらを差し引いたものだけが付加価値として残る。建築生産では、中間財やサービスの占める割合がきわめて高いことが知られている。玉ネギの層のように、何重にも下請構造が輻輳しており、中間財・サービスが何度も登場する。それでいて、芯にある材料費や労務単価は意外に大きくなかったりする。では、付加価値が大きいかというと、中間段階に関わる主体が多すぎて、1社、1人あたりでは薄利になっている。総括原価方式で、原価に基づいて適正利潤を上乗せして料金が決められる電力料金等とは異なり、建築工事金額は、原価縮減と経費節減の競争の結果で形成されており、利潤を主張する余地がない。そのため、利潤の存在は隠されることになり、本来の生産活動とは別にどこかを削ることで捻出せざるを得ない。また、建築物は、高級車のように、作り手がよい仕様や品質の製品を高価格で消費者に提案することができない市場にある。それができるのは自動車ではディーラーに相当する、不動産業のデベロッパーである。製販の関係で見ると、製が販を支配下に置く自動車や携帯電話、衣類量販店、新薬などは付加価値を保てるが、販が製より強い建築、パソコン、家電、後発医薬品、一般消費財などでは付加価値が作り手を支えきれなくなっている。このように、建築生産は、もともと1人あたりの付加価値の向上が難しい産業部門なのではないかと考えられる。

2)分配面のGDP

 分配面のGDPは、得られた付加価値が、生産に関わった主体の間でどのように分配されたかを分析したものである。経済学では、家計、企業、政府の3つに分類されるが、それぞれの収入を合計したものがGDPに等しくなる。3者のバランスについては常に政策論争となるところだが、やや乱暴にまとめると、財政赤字でこれ以上取り分を減らせない政府が、企業に圧力をかけて家計への分配を促しているところではないだろうか。むしろ、マクロ的な課題より注意すべきは、家計に分配された先に国民の階層化や所得格差が拡大している懸念である。1人あたり国民所得は平均値であるため、「異常値」となる超富裕層に影響されてしまい、社会経済の実態を正しく反映しない可能性がある。所得格差が拡大しているのは米国も日本も同じだが、国際比較のうえでは超富裕層を除いた大多数の一般庶民を対象とすべきだという指摘もある。日本については、この一般庶民の平均所得がバブル崩壊以降ずっと減少傾向にあるため、このことが生産性の数値を押し下げている。これは、作業効率の優劣ではなく、失業者を増やさず、賃金下落でもちこたえようとした日本企業の姿ではないかと思う。労働者がいくらがんばって作業効率を向上させても、労働者の所得が減っている限り、見かけの労働生産性の指標は上がらない。とすれば、こんなバカバカしい話はないわけで、労働者の勤労意欲はそがれ、作業効率の向上など望めない。せっかくの政府の政策も労働教化のようになりかねない。

3)支出面のGDP

 支出面のGDPは、国内総支出(GDE)とも呼ばれ、分配された付加価値がどのように国内で消費されていったかを捕捉したものである。これは、民間消費、政府消費、固定資本形成、輸出入の総和となる。筆者は、好景気を支えるのは「ムダ使い」であると常々考えてきた。原価の低いモノやサービスに、気前よく消費をするからこそ、付加価値が増大するのである。百貨店の生産性に貢献するのは、パート従業員の働きぶりよりも、絵画、宝石、腕時計などの売れ行きである。日本全体でVE(Value Engineering)を行い民間消費を押し下げ、政府への監視を強めムダな公共投資を縮減することは、正しい経済活動ではあるが、生産性の観点からは、まさに「合成の誤謬」ではないかと思う。近年の日本の民間消費は、外国人に支えられる面が多い。タワーマンション、区分所有型リゾートホテル、大型物流施設などで、外国人のお客様が日本の建築生産に一役買っている。では、日本勢が大型投資に踏み切れないのはなぜだろうか。リスクをとることを恐れ、実現可能性や成功事例、根拠などに過度に依存する、いわゆる「エビデンス主義」があるように思う。企業の事業計画や建築生産プロジェクトには不確実性があり、リスク管理が不可欠である。企業がリスクから逃れるには、事業を興さず、プロジェクトを実施しないのが最も堅実な手段ではある。それでいいのだろうか。産官学連携で言えば、国立大学や政府が研究成果の事業化というリスクをとるようになった一方で、日本企業が大学研究者に対してあたかも裁判所のように証拠や論証を求めているのである。

― 建築生産の生産性向上

 では、再び建築生産の生産性向上を考えてみたい。

 分子を増やすには、まず生産される建築物や附帯するサービスの価値向上が求められるだろう。安かろう悪かろう、スクラップ&ビルドの時代は終わっているが、しっかりした資本的支出として発注者が投資してくれるものを提供せねばならない。それには、発注者の事業計画に貢献できる設計提案が重要である。さらに、逆説的かもしれないが、建築家の芸術性を追求する作品をさらにブランドとして高付加価値化して「デザイナーズ建築」が高額で評価されるように、設計教育を強化するところから始めないといけないように思う。

 分配面では、過重労働が恒常化している設計者や入職者の長期的な減少で産業基盤に影響している職人への利益分配が図られるべきだろう。斬新な設計案、高度な施工品質を保証しているのは誰か。ここへの手厚い利益分配こそが、生産性を育てることではないだろうか。

 支出面では、発注者が元請建設業者に対し、元請建設業者が下請建設業者に対しダンピング受注に追い込むような商慣習を改め、適正な投資をすることがある。これは業界の取引適正化問題として扱われることが多く、理念は美しいが現実的には不可能という諦観がある。また、市況の悪い時期に横行することが多いため、生産性低下の悪循環を生んでいる。決して後ろ向きな課題ではなく、生産性向上策の1つではないかと筆者は考えている。

 次に、分母を減らす方策については、まず建設現場に出入りする職人の延べ人数の頭数を減らすことがある。100人日かかる作業を10日で終わらせるとして、50人が2日ずつバラバラに建設現場に出入りすると、日によって職人の人数は変動し、施工管理は混乱するし、各職人は2日分の報酬しかもらえない。これを10人が毎日出勤する形態にすると、作業に習熟効果が生まれ、各職人は10日分の報酬を得られる。これを労務平準化といい、建築生産では30年以上前から研究されてきた。その成果を今さら高度化する余地は少ないが、それでもなお現在の実際の建設現場では最適な運用が行われているわけではない。それは、施工段階までに設計の細部の意思決定が終了しておらず、建設現場での変更や手戻りが頻発しているからである。「確認申請の設計図書に基づいて施工される物件はほとんどない」というのが暗黙の了解のようであるが、これはいかがであろうか。調整、手待ち、手戻りのムダや、延々と続く調整業務という無償サービスは、明らかに生産性を低下させている。調整サービスを有償業務として切り出し、受託したConstruction Managerがムダを減らし、プロジェクトに付加価値を与える。これはCM方式が目指すところである。

― i-Constructionの課題

 最後にi-Constructionの課題を3点述べておきたい。

 まず、現時点では、人間(職人)よりロボットの方が導入コストが高く、原価を押し上げることがある。仮にロボットが職人の平均2倍の作業効率としても、5倍の「労務単価」がかかるとする。職人20人をロボット5機と職人10人で置き換えると、「労務費」は20X円から(5×5X+10X)=35X円に増加する。労務費を差し引いた付加価値が十分残っていれば、人間の数は半分になっているので生産性は上がる。しかし、労務費の増加によって付加価値が0以下、すなわち赤字工事に陥るならば、生産性は下がる。これは自動化工法が20年来向き合ってきた阻害要因である。今後の研究開発とロボットの量産で克服する必要がある。

 次に、人間とロボットとの役割分担がある。前述のように、付加価値や労務費の配分では、ロボットが多くを取り、人間の取り分が減る可能性がある。顕著な人員削減ができないと、効果が薄い。そこで、大半はロボットに任せ、人間にしかできない作業だけを残すことになる。しかし、残された作業とは、役物、端部/隅部、仰向け作業、足場の変則的な部分など、職人にも技能がないと難しい部分になる。さらに、変更調整、手戻り対応、例外対応などであろう。単純作業の自動化だけでなく、人工知能(AI)を活用するなどして、こうした作業のできるロボットを開発せねばならない。

 国土交通省は2018年8月に「BIMガイドライン」を改定し、公共建築へのBIM導入を推進している。それでも、日本国内でのBIMの導入率は半数以下で、世界的には遅れているとされる。その危機感からか、一部にはBIMの導入が自己目的化しており、「赤字を出してまでBIMを導入したのに発注者に評価されなかった」という不合理な企業判断を耳にする。BIMによる生産性向上には、企画からFacility Managementまでのあらゆる場面でメリットを享受して付加価値を向上させ、中間投入されるコストを減らすこと、できるだけ簡便な入力や標準化によってBIMに関わる労働力を増やさず建築プロジェクト全体に関わる労働力を削減することが考えられる。完成建築物を先行的にバーチャルに実現させるだけならば、BIMが初めてではなく、モックアップや模型でも同じことをやってきた。モックアップを建物全体に展開しないのは、その必要がないからである。BIMのLOD(Level of Development)は、建築技術的観点あるいは供給側の観点で議論されているようであるが、需要側や利用者側から見て簡略化できる余地があるように感じられる。

<参考文献>

1)古阪秀三,遠藤和義:建築プロジェクトの評価尺度の検討,日本建築学会学術講演梗概集(北陸), pp.907-908,1992.8

2)岩松準,遠藤和義:建設産業の生産性の評価方法に関する研究,日本建築学会第18回建築生産シンポジウム論文集, pp.223-230, 2002.7

『traverse 新建築学研究』は京都大学建築系教室が編集・発行している機関誌です。17年度より紙媒体での出版を止め、web上で記事を発信していく事となりました。
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