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【座談会】建築史家 倉方 俊輔

     イオンモール(株)開発本部 企画開発部長 高須賀 大索 

     建築家 西澤 徹夫

    

    

     商業建築の「顔」をなすもの

​  Is there any face when architecture meets retail ?

聞き手:石井 一貴、河野 佳奈、小坂 知世、濱田 叶帆、菱田 吾朗

2018.8.3 京都大学桂キャンパス 竹山研究室にて

「日本の商業建築には顔がない」とある人は言います。本当にそうなのでしょうか。

建築の「顔」とは何か。商業において建築が果たしてきた役割とは。

商業建築に関わる方々と、日本の都市や商業、そして商業建築の歴史を紐解きながらその「顔」について

再考します。

 

― 商業建築の「顔」とは

倉方—そもそも商業建築だから「顔」を考えるという設定は妥当でしょうか。「顔」と聞いたときにぱっとその建築の形が思い浮かぶのは、一つくらいしかないのではないか。

私が思うところの109です。あべのキューズモールの中にある109でさえも銀色のカーブが入り口にある。それはあの形がアイコンとなって成立しているからであって、これは例外的といえます。基本的には商業建築に顔はない。要らないことにだんだん皆が気づき始めています。今はモノそのものが見られるようになってきていて、バザールみたいにずらりと並んで売られている中から、気に入ったものを買う。これは商業の理想だとも思います。モノが増えていて、一個ずつ見ていく時間はないので、まず擬似的に商業建築という箱の中で選んでいる。商業建築自体が顔を持って、それが商業の中身そのものに関わることは本質的にないんじゃないかな。

渋谷109

 —西澤さんは実際に青木事務所で、ルイ・ヴィトンに関わったことで商業建築に対してどのような考えをお持ちでしょうか。

 

西澤—ヴィトンのものだからヴィトンがやりたいこと、言いたいことを代弁してやろう、とは少なくとも担当レベルでは一切考えていなかったですね。どうやってあの華やかな銀座のまちなかで分節数を少なくしてより際立つ感じにするかや、まちなみがどのように見えたら面白いかばかりを考えていたので、商業だから特別ということはなく、建築としてどう設計するかを考えていました。敷地の前の通りは銀座で一番重要な通りで、銀座が求める建築というものがあるんだよね。さっきおっしゃっていたように僕も商業建築に顔はないと思うんだけど、仮に顔っていうものがあるとすると、それは建築そのものの顔ではなく、まちの中で位置づけられるイメージ全体というかコンテクストとしか言いようがないものなのかなと。一つひとつのブランドのイメージがどうであるかはグラフィックやブランド戦略に任せればよいけれど、都市の中でのコンテクストが顔なのであれば建築家が介入するチャンスがある。都市のストリートの中でどういうふうにつくっていったらいいかということかな。斎藤環さんは、顔には固有性とコンテクストがあるっていうことを言っていますが、目や口といった顔のパーツの全体のパターンがどうなっているかという記号的な解釈の仕方ではだめだと思うんですよ。パーツとして一つひとつを個別に見がちですが、それらの境界ってないじゃないですか。何となく目が離れているとこういう顔になるとか、寄っているとこういう顔になるとか。口角が上がっていると笑っているように見えるとか、下がっていると怒っているように見えるとか、ほんのちょっとの差異を我々は読み取ってこういう人はこうだと判断している。パーツの相対的な位置関係、コンテクストでしか表せない固有性みたいなものがあるということですね。銀座という街の中でどんな顔をするかよりもむしろ、どんな表情をすることがヴィトンにとって重要なのかをコントロールしたり考えたりするのがわれわれ建築家の仕事なのかなと思います。

ルイ・ヴィトン松屋銀座

—イオンモールの開発本部で企画をなさっている高須賀さんは商業建築の「顔」をどのように捉えていらっしゃいますか。

 

高須賀—経営陣の出席する社内会議とかでも図面を出したときに「顔はどっちや」って言われるんですよ。ただ、建築の方から見た「顔」とわれわれが言う「顔」は定義や肝がちょっと違うと思います。モール内にはお店単位での顔がありますし、施設全体でも顔があると思います。違いはスケールと認知のされ方です。僕らの場合は専門店の集まるモールというアーキタイプなので一つひとつの店を置くときには店単位でのスケールで見るんですけど、150店舗集まった瞬間にこれって何なのかという疑問が湧くんですよね。だから、個々の店を集めた総合体をあらわす顔が必要で、それをどのようにつくっていくのかは全体最適の視点でかなり議論しています。ただ、商業施設なので、やっぱり顧客から始まるんですよね。地域ごとの生活文化、ターゲットのライフスタイルや求めるものによってつくり方から何から違うと思っている。例えば百貨店は、いわゆる富裕層をターゲットにしていて一般の人には買えないものも多かった。それがちょっとずつ民主化というか、一般化していく流れを日本の商業はたどっていると思っていて、その流れを最初に起こしたのが団塊世代なんです。1974年に彼らは25-27歳くらいで、まさにこのころに、大量に団塊ジュニアを生むんですね。その時は商店街であちこち行かないと物が買えない時代で、百貨店の商品はあこがれの対象で手が出なかったり、物が足りなかったんですよね。そこに目をつけたので、総合スーパーはあれだけの売り上げと大きな経済システムがつくれた。また、このころには近鉄百貨店とイオンが核になって間を専門店が結ぶ、日本初の二つの核店舗を持つモールができたんですね。そのころの本来の総合スーパーの顔が何だったかを考えると、表層の顔はもちろんですが、業態、キャラクターを伝える意味での顔として見たときに、「物が何でも揃っているよ」っていうものだったんです。つまり、物が足りない、まだ消費意欲が旺盛だったころの顔と、物が溢れて消費意欲が希薄化した今とでは顔の役割自体が変化したという認識があります。時代の変化に対して、何を伝えるか。それは施設内でどんな時間を過ごし、体験できるのかという顧客へのメッセージだと思います。できるだけ直感的に伝わるメッセージにしたいですね。

 

倉方—百貨店の正統な後継者が、現在のモールだともいえます。そのパッケージとかの見た目の話じゃなくて、良いモールってなんとなく次第に体が馴染んできますよね。自然に入り口が把握できて、こっちに行くとレストランがあるな、あっちに行くと中級価格帯になるなとか、考えなくても体が馴染むようにつくられていて、そうした商業空間だと買い物がしやすくて何回も来るでしょ。これは最初の時期の百貨店が持っていたある種の空間性の延長上にあると考えます。百貨店やモールというように業態で分けちゃうと関連性は見えてこないけど、商業建築として空間性を見ると連続している気がしますね。

 

― 商業と都市づくり

西澤—渋谷のスクランブル交差点では1個のビルがどうかはどうでもよくて、そのエリアをどう使うかが重要になってきている。他のビルやユーザーがどのように交差点の表情を認識するかを先読みしていかないといけない。そのバランスでまちの雰囲気ができていくんですね。どこかが間違ったことやって他も引っ張られたら、そのまち全体の印象が悪くなる可能性だってある。でも、商業的に成功しようと思ったら、まちやそのエリア全体のイメージを良いものに保たなきゃいけないから、周辺地域の価値を上げようという共通認識を皆が持っている気がするんですよね。

 

高須賀—今でこそモールは「まち」、「インフラ」と言われるようになりましたが、僕らは基本は郊外で活動してきたので、やっぱり人を呼ぶ力が不可欠なんですよ。郊外に呼び込むには動機をつくらないといけない。そのために集客の柱として核店舗が要るんですよ。集客の核を二層、三層と積み上げて動機を生み出し、そのつながりで顧客のこだわりに応える中小専門店をバリエーション多く配することでああいうモール型になったわけです。このモール型がうまいのは核をモールの両端や四隅、さらには中央に置くことで核と核を行ったり来たりする動線が生まれるんですよね。ビジネスとしても、核店舗は集客を支え中小専門店の収益性に支えられるというのが基本的な郊外のモールのフレームなんですよ。それが駅とかだと、核店舗の代わりに例えば図書館とかいろいろなものがあるので、往来の間にビルを置いておけば、基本的には施設ができるんですよね。だから、まず僕らは人は歩かない前提で考えて、どうやったら来てくれるか、来た人が歩きたくないなかでどうしたら歩いてくれるかということを考えています。つまり、「はっ、次はこっちに行こう」と思った瞬間にいかに直感的に次の場所に行くことができるようにするかを考えていますね。それはストーリテリングやコンテクスト重視の発想になるわけです。

倉方—モールの設計は、いわば新都市づくりですね。新都市建設という感じ。その一方で、今のモールの話と逆方向の話として都市部での一個の敷地やエリア内での商業のあり方が考えられます。意外と商業施設が都市でできることの可能性は追求しきれていないところがあると私は思います。建築を建ててどうにかしようとすると、どうしても箱になってしまう。だから、都市の中の商業施設もいまだに箱ばかりで、いかに中に人を入れて滞在させるかを考えてつくられています。それに対する商業建築の都市の中での新しいあり方として、私も関わっているGinza Sony Parkというプロジェクトがあります。ソニービルを建て替える計画なんですけど、すぐ建て替えないで一旦減築して、2020年以降に新しいビルを建てる。普通は今まで建っていたものとは関係なく、いきなり次のビルに変わりますが、これはそうではなく、間の時間を伸ばすことを試みている。この敷地の周りには多くの人が訪れる建物があったり、商いがたくさんあったり、時間で変化する人の往来があったりと外部に都市のポテンシャルがある。箱の中でいろいろと準備しなくても、そのような外力を使いながら少し変化させるだけで、ものすごい効果が生まれると考えました。単なる小売のものの額だけじゃない価値をそこに入れるから大きな操作は必要ない。都心での商業の行い方、敷地単位ではない有効な方法は現今のやり方以外にもっと考えられるでしょう。ここで吉祥寺のハモニカ横丁の話を出したいと思います。横丁にあってモールにないのは記憶ではないでしょうか。ある種の演劇的な場面、つまり、物語といわれるもののなかにある、例えば、食べてる姿が目に刻まれるとか、そうした瞬間はモールには少ないです。ある場面がある瞬間に劇的に刻まれることや、昔訪れたときはこうだったという記憶にもとづく物語は横丁ならではのものだから、今でも皆が横丁に惹かれるのでしょう。Ginza Sony Parkも、そうした性格と関連します。横丁みたいなレトロデザインは一切やっていないんですけど、ある種の自然発生的にその空間に寄生しちゃったようにリーシングをしていて、裏みたいなところにちょっとだけ店があったり、テナントの入れ方がとても面白い。都市だからこそできる自然発生的なものに都市の中の商業建築の箱じゃない可能性があると思います。

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Ginza Sony Park

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ハモニカ横丁

西澤—設計者もクライアントもいかにも計画されたというものに対して魅力を感じなくなってきています。計画しても計画どおりにいかないことが自明の中で設計しなければならなくなってきている。そうすると、先行する記憶や魅力を失ってしまった既存の建物から、リノベーションでどうやって発想したり、組み立てていったり、足していったりするかを考えることのほうが実は面白かったりする。自然発生的っていうのはすごい長い歴史の中でようやくそうなったっていう事後的な見方で、本来は作れないんですね。だけど、リノベーションとか横丁は、その長い歴史のある場面に接木し続けるようにつくっている。今の時代には、そのほうがつくりやすいということがあるのかもしれないですよね。だから、今は住宅とか公共施設でリノベーションの事例が増えているけど、実はもっと民主化された日常の生活の中にこそ、事例が増えていくといいのかもしれない。

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『traverse 新建築学研究』は京都大学建築系教室が編集・発行している機関誌です。17年度より紙媒体での出版を止め、web上で記事を発信していく事となりました。
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特集:建築を生成するイメージ
2014.10 | 112p
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ダイアグラムによる建築の構想
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インタビュー:石山友美
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特集:アートと空間
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竹山研究室「個人美術館の構想」
​竹山聖,布野修司,小室舞,
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