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【エッセイ】 牧 紀男

 津波ゲーティッド・コミュニティー 

​ Tsunami Gated Community

― 津波ゲーティッド・コミュニティー

 「過去の津波の経験によって防波施設の作られた、田老町等には浸水高も低く、被害も少なかったが、被害の大半が防護処置のほとんどなかった大きい湾の奥部に集中したため、経済的な損失は過去の津波に匹敵するものであった」7)ということがチリ地震津波の教訓となり、防潮堤の重要性が認識されるようになった。岩手県発行の『チリ地震津波災害復興誌』に書かれる復興事業のほとんどは堤防建設事業であり、チリ地震津波の復興事業=堤防の建設となった。日本の経済成長・土木技術の発展により高い堤防を建設することが可能となり、チリ地震津波の復興事業では岩手県で7 年をかけて総延長52km に及ぶ堤防建設が行われた。最も被害が大きかった大船渡市では湾口の海面下に湾口防波堤が建設される。同報告書の最後には「津波があったら「高所へ避難する」ことが何よりも肝心である」とした上で、チリ地震津波の復興事業は完了したが、明治・昭和のような津波に対する防浪施設の建設の必要性が述べられ、チリ地震津波の復興事業の完了後も、三陸地域では防潮堤の建設が進められていく。

 岩手県譜代村には、田老町の防潮堤よりもさらに高い15.5m の水門がある(写真5)。建設当時は、高すぎるという批判もあったが明治三陸津波の15 mの津波を防ぎたいという当時の村長の思いもあり、そのままの高さで建設され1984 年に完成する。この水門は津波が川を遡上して市街地に被害を与えることを防ぐものであり、東日本大震災では譜代村の被害を防ぐこととなる。また釜石市には、最大水深63m の海底に湾口防波堤が建設され2010 年には「世界最大水深の防波堤」としてギネスブックに掲載される。この防波堤は釜石市への津波の到達時間を遅らせ、被害の軽減に貢献した。

<参考文献>
1. 内務大臣官房都市計画課, 三陸津波に因る被害都町村の復興計画報告書, 内務大臣官房都市計画課,1934.
2. 高山文彦,『大津波を生きる―巨大防潮堤と田老百年のいとなみ』, 新潮社,2012.
3. 内務大臣官房都市計画課,1934.
4. 岡村健太郎,「三陸津波」と集落再編, 鹿島出版会,2017.
5. 牧紀男, 明治・昭和三陸津波後の高台移転集落における東日本大震災の被害, 地域安全学会梗概集,pp.109-112,No.30,2012.
6. 岩手県, チリ地震津波災害復興誌,1969.
7. 岩手県,1969.

写真5 譜代村水門

 津波からまちを守るため各地に津波防災施設が建設されていった結果、三陸沿岸では河口部に水門、市街地には高い防潮堤、国道には過去の津波浸水地域示す警告板をといった津波防災景観とでも呼ぶべき風景が形成されることとなった。その中でも特に興味深いのは岩手県宮古市重茂半島の宮古湾に面した地域である。集落が立地する谷筋の出口毎に防潮堤が建設され、防潮堤の外側に道路が設置されていることから谷筋を防潮堤で蓋をしたような景観となっている。
 宮古市の堀内地区は、漁業を営むことから集落は海に面した谷筋に形成されており、防潮堤は谷筋への津波の遡上を封鎖するダムのように海と集落の間に建設されている。平常時は、集落に車両が出入りできる必要があることから防潮堤にはゲート(写真6,7)が設けられ、津波来襲時にはゲートに設置された鉄扉が閉鎖される。また鉄扉が閉鎖されても防潮堤の中に逃げ込むことができるように防潮堤を乗り越えるための階段、鉄扉には防火扉と同じように中に入るための小さな非常用の扉が設けられている。谷筋を流れる河口部には水門も設置され、道路が防潮堤の外を通ることからバスの停留所は防潮堤の外側にある。この地区において防潮堤等の津波防災施設が完成したのは1996 年のことであるが、東日本大震災の津波はこの防潮堤を乗り越えて集落を襲い、東日本大震災の復興では再度、防潮施設が整備されることとなる。

 海外では犯罪者の浸入を防止するため住宅地の周りを塀で囲み、入口には警備員を配したゲーティッド・コミュニティーと呼ばれる住宅地が存在する。この集落は、津波の浸入を防ぐため集落を防潮堤で囲み、防潮堤に穿たれた鉄扉付き穴だけが海側から集落に入る唯一のゲートとなっており、まさに津波ゲーティッド・コミュニティーとなっている。


 ゲーティッド・コミュニティーというと思い出されるのがCPTED(CrimePrevention through Environment Design)である。「防犯のための環境設計」と訳され被害対象の強化・回避、接近の制御、監視性の確保、領域性の強化という4つの手法により犯罪による被害を防ぐという考え方である。CPTED の考え方で津波ゲーティッド・コミュニティーは案外、上手く説明できる。「被害対象の強化・回避」とは、住宅・建物を鉄筋コンクリート等、津波の浸入を食い止める強い構造にすることである。「接近の制御」のために建設されるのが防潮堤であり、集落に津波が浸入しないようにしている。一方、「監視性の確保」という観点から見ると防潮堤には問題があり、海が見えないため避難が遅れるという負の効果が指摘される。これは防犯でも同様で、壁で囲まれた家は、外から犯罪行為が見えないため、むしろ危険だと言われている。「領域性の強化」はまさにコミュニティーで津波に備えるということになる。


 津波ゲーティッド・コミュニティーはチリ地震津波後、実施されてきた堤防による三陸地域における津波防災対策の一つの到達点である。しかし、東日本大震災の復興において防潮堤は、生活が変わる・景観を破壊する等、一般的にはあまり良いイメージが持たれていないようである。岩手県では先述のようにチリ地震津波以降、防潮堤の整備が進められ、津波から地域を守る施設として、地域の要望で順次整備されていった経緯もあり東日本大震災の復興事業においても、それほど大きな反対は見られない。反対意見が多いのは宮城県であり、本来は長い時間をかけて議論を行った上で決定する必要がある防潮堤の整備が、復興対策として突然示され、十分な時間をかけて議論ができなかったことが問題の背景にあると考えられる。


 防潮堤が不人気なもう一つの理由は、防災施設を設けたら被害が発生しないことを当然とする防災対策に対する日本人の誤った理解とも関係する。譜代村の成功事例もあるが、東日本大震災では防潮堤があっても被害が発生したため、防潮堤では津波は防ぐことはできない=防潮堤は必要ないという極端な方向に議論が振れている可能性がある。防潮堤だけでまちを守ることはできないが、防潮堤は、同じ場所に留まりながらも財産も守るということを考えると唯一の選択肢となる。絶対に安全ということは無いが、津波ゲーティッド・コミュニティーも津波と共に生きていく地域における一つのあり方であると考える。自分で考えない・多様な選択肢を認めない・絶対的な安全性を求めるということが防災対策を行う上で最も良くないことあり、本稿では、今頃一方的に悪者扱いされているまちを守る「壁」としての防潮堤の意味について考えてみた。

写真6、7 津波ゲーティッド・コミュニティー(岩手県宮古市堀内地区)
7) 岩手県,1969.
『traverse 新建築学研究』は京都大学建築系教室が編集・発行している機関誌です。17年度より紙媒体での出版を止め、web上で記事を発信していく事となりました。
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