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【エッセイ】 布野 修司

 壁のない住居-タイ系諸族の伝統的住居 

​ House without Walls – Traditional Houses of Thai Tribes

図10  シーサンパンナの版納型住居
図11 「版納型」住居のバリエーション
図12 シャン族の住居

― 西双版納(シプソンパンナー)の住居

 タイ系諸族の原型と一般的に考えられるのは、その起源地と考えられている西双版納のタイ・ルー族の住居である。それは入母屋屋根の高床式住居で、一棟で構成され(「版納型」)、屋根がある半開放的なヴェランダ(前廊)、炉が置かれる居間(堂屋)、寝室(臥室)、そして高床下の4つの空間から構成される(図10)。そして、この4つの空間は、明快な連結関係をもっており、入母屋屋根の1棟を構成している。桁行方向と梁間方向のスパン数によってヴァリエーション (図111)があるが、ひとつの型として成立している。しかも、1棟からなる原型に加えて、複数の棟で構成される住居形式(「孟連型」)も西双版納で見られる。住居単位とその組合せのシステムが成立している。
 この空間構成システムはタイ系諸族の中でも極めて高度であり、タイ系諸族が、これを原型として、南下していったとは考えられない。「原型Architype」として考えられるのは、もう少しプリミティブな、もともと「竹楼」と呼ばれた簡素なつくりの、炉のある一室空間であった。「原型」に近いのは、ミャンマーのシャン族の住居(図12)である。「原型Architype」が1棟の住居のかたちで具体化した住居形式、「基本型Prototype」のひとつが「版納型」そして「孟連型」である。

註1 『世界ヴァナキュラー建築百科辞典EVAW』全3巻(EVAW(P. Oliver (ed.)(1997)))は、地球全体をまず大きく7つに分け、さらに66の地域を下位区分している。下敷きにされているのは、スペンサーSpencerとジョンソンJohnsonの『文化人類学アトラスAnthropological Atlas』、ラッセルRussellとナイフェンKniffenの『文化世界Culture World』、G.P.マードックMurdockの『民族誌アトラスEthnographical Atlas』、そしてD.H.プライスPriceの『世界文化アトラスAtlas of World Culture』である。加えて、ヴァナキュラー建築の共通特性を考慮すべく、地政学的区分と気候区分を重視している。そして、北から南へ、東から西へ、旧世界から新世界へ、というのが配列方針である。概念的には、文化の拡散、人口移動、世界の拡張を意識している。地中海・南西アジア(Ⅳ)を中核域と考え、いわゆるヨーロッパ(Ⅲ)、そしてアジア大陸部(Ⅰ)、島嶼部・オセアニア(Ⅱ)を区別した上で、ラテンアメリカ(Ⅴ)、北アメリカ(Ⅵ)、サハラ以南アフリカ(Ⅶ)を区別する構成である。

― シアム族の住居

図13 シアム族の住居

 炉のある1棟1室の「原型」が、寝室が分化することで一定の形式「基本型」が成立すると、様々な「変異型Variant」が派生する。
 「基本型」からさらに炉のある居間から厨房が分化していくことになる。一般に見られるのは「基本型」の増築というかたちで厨房部分を分離していくパターンである(V1)。そして、やがて厨房棟として独立することになる。すなわち、厨房棟を別に設けて2棟(母屋棟と厨房棟)からなる住居形式が成立する(V2)。この2棟からなる分棟型は、東北タイのタイ系諸族に見られる。また、寝室の拡張や付加も「基本型」を増築すること一般的に行われる(V3)。そして、さらに多くの住棟で住居を構成するパターンが成立する(V4)。その代表がシアム族の住居形式である。一定の住居類型というのではなく、地域によって様々な住居類型を生み出す一次元上の空間構成システムがシアム族の住居形式である。
 シアム族の住居では、高床上の大きなテラスを中心に生活が展開される。基本的に、①ルアン・ノーンRuean Non(住棟、寝室棟)、②ラビァーンRabeang (ヴェランダ)、③チャーンChan(テラス)、④ルアン・クルアRuean Krua(厨房棟)、という4つの空間から構成される(図13)。
 多くの事例を省略したのでいささか舌足らずであるが、第一に指摘できるのは、炉を居室に置く「原型」に近い住居形式が山間部、5つの大河川の上流部のみに見られることである。また、西双版納においては、現在も炉を置く居室が維持されていることである。そして、丘陵部からデルタ部にかけては、寝室棟と厨房棟を分離する住居形式がみられることである。すなわち、ヴェランダ、テラスが増え、住居がより開放的になることである。言うまでもなく、この変容は寒冷な気候から蒸し暑い気候に対応するためである。第二に指摘できるのは、山間部に比べて、下流部では建築材料として小径木の樹木しか利用できないことである。それ故、1棟の空間単位が小規模で、「基本型」のような住居形式を1棟では実現し得ず、1棟の空間を連結させたり、複合化したりする方法が採られるようになるのである。
 タイ系諸族の住居形式の原型、伝播、変容(地域適応)、地域類型の成立の過程はおよそ以上のようであるが、「壁」のウエイトは総じて軽い。バンブーマットがしばしば用いられることがそれを示している。ポーラスで大きな気積の住居が成立したのは熱帯・亜熱帯の環境が大きい。精緻な開口部のディテールを発達させる必要はなかったのである。

<参考文献>
1.「2 建築形式の知覚:土着とコロニアル」(布野修司監訳:生きている住まい-東南アジア建築人類学(ロクサ-ナ·ウオ-タソン著,アジア都市建築研究会,The Living House: An Anthropology of Architecture in South-East Asia,学芸出版社,1997年).
2.「G.ドメニク:構造発達論よりみた転び破風屋根-入母屋造の伏屋と高倉を中心に-」(杉本尚次編(1984)).
『traverse 新建築学研究』は京都大学建築系教室が編集・発行している機関誌です。17年度より紙媒体での出版を止め、web上で記事を発信していく事となりました。
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