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【エッセイ】 布野 修司

 壁のない住居-タイ系諸族の伝統的住居 

​ House without Walls – Traditional Houses of Thai Tribes

図2 煉瓦造りと木造の分布図
図3 木造軸組の文化圏

― オーストロネシア世界

 われわれが人類の地球規模の居住の歴史と世界中のヴァナキュラー建築を総覧することができるのは、P.オリヴァーの『世界ヴァナキュラー建築百科事典EVAW』全3巻(P. Oliver (ed.) (1997))を手にしているからである。一線の研究者・建築家によるA4版で全2384頁にも及ぶこの百科事典は、今のところ世界中の住居についての最も網羅的な資料である註1 。
 煉瓦造と木造(図2)の分布図をみれば、壁の文化圏は一目瞭然である。大きくみれば、東南アジアは木造の軸組(柱梁)構造の文化圏に属する。そして、高床式住居が一般的である(図3)。高床式住居は、さらに、西はマダガスカルから東はイースター島まで、東南アジア諸島全体、ミクロネシア、ポリネシア、そしてマレー半島の一部、南ヴェトナム、台湾、加えてニューギニアの海岸部にまで分布する。この広大な海域に居住する民族はプロト・オ-ストロネシア語と呼ばれる言語を起源としており、その語彙の復元によって、住居は高床式であり、床レヴェルには梯子を用いて登ること、屋根は切妻型であり、逆ア-チ状に反り返っ
た屋根をしており、ヤシの葉で葺かれていたこと、炉はたき木をその上に乗せる棚と共に床の上につくられていたことなどが明らかになっている。
 東南アジアの住居の起源については、ドンソン銅鼓(図4)と呼ばれる青銅鼓の表面に描かれた家屋紋やアンコール・ワットやボロブドゥールの壁体のレリーフに描かれた家屋図像によって窺うことができる。さらに、中国雲南の石寨山などから発掘された家屋模型や貯貝器(図5)がある。日本にも家屋文鏡(図6ABCD:Aは、いわゆる竪穴式住居であるが、屋根だけで壁はない)、家屋模型が出土している。

註1 『世界ヴァナキュラー建築百科辞典EVAW』全3巻(EVAW(P. Oliver (ed.)(1997)))は、地球全体をまず大きく7つに分け、さらに66の地域を下位区分している。下敷きにされているのは、スペンサーSpencerとジョンソンJohnsonの『文化人類学アトラスAnthropological Atlas』、ラッセルRussellとナイフェンKniffenの『文化世界Culture World』、G.P.マードックMurdockの『民族誌アトラスEthnographical Atlas』、そしてD.H.プライスPriceの『世界文化アトラスAtlas of World Culture』である。加えて、ヴァナキュラー建築の共通特性を考慮すべく、地政学的区分と気候区分を重視している。そして、北から南へ、東から西へ、旧世界から新世界へ、というのが配列方針である。概念的には、文化の拡散、人口移動、世界の拡張を意識している。地中海・南西アジア(Ⅳ)を中核域と考え、いわゆるヨーロッパ(Ⅲ)、そしてアジア大陸部(Ⅰ)、島嶼部・オセアニア(Ⅱ)を区別した上で、ラテンアメリカ(Ⅴ)、北アメリカ(Ⅵ)、サハラ以南アフリカ(Ⅶ)を区別する構成である。
図4 ドンソン銅鼓
図5 貯貝器 石寨山出土
図6
家屋文鏡(左図から時計回りにA,B,C,D)

― 原始入母屋造

 東南アジアの伝統的住居は、以上のような図像に描かれた住居とよく似ている。木材を用いて空間を組立てる方法は無限にあるわけではない。荷重に耐え、風圧に抗するためには、柱や梁の太さや長さに自ずと制限があり、架構方法や組立方法にも制約がある。歴史的な試行錯誤の結果、いくつかの構造方式が選択されてきた。興味深いのはG.ドメニクの構造発達論2)である。G.ドメニクによれば、実に多様に見える東南アジアの住居の架構形式を、日本の古代建築の架構形式も含めて、統一的に理解できるのである(図7)。
 G.ドメニクは、東南アジアと古代日本の建築に共通な特性は「転び破風」屋根(棟は軒より長く、破風が外側に転んでいる切妻屋根)であるという。そして、この「転び破風」屋根は、切妻屋根から発達したのではなく、円錐形小屋から派生した地面に直接伏せ架けた原始入母屋住居とともに発生したとする。この原始入母屋造によれば基本的に(構造)壁は要らない。東南アジアのような熱帯・亜熱帯の気候であれば、断熱のために密封する必要はないのである。北スマトラに居住するバタック諸族の住居の壁は垂木と床の側板で挟んだ板パネル(カーテン・ウォール)にすぎないのである(図8)。

2)「G.ドメニク:構造発達論よりみた転び破風屋根-入母屋造の伏屋と高倉を中心に-」(杉本尚次編(1984)).
図7 原始入母屋造と東南アジアの架構形式
図8 バタック・トバの住居の軒先断面

― タイ系諸族の住居

 「東南アジアの住居」というタイトルを冠しているけれど、特に焦点を当てているのは、タイ系諸族の住居であり、都市住居としてのショップハウス註2である 。
 タイ系諸族の起源については諸説あるが、最も有力なのは長江の南部から雲南にかけての地域を起源とする中国南部起源説である。タイ系諸族はもともと長江南部地域において稲作を生業基盤としていた。中国の史書に「百越」「越人」と記される民族がその先人と考えられている。前漢時代に、福建に「閩越」国、広東、広西、ヴェトナム北部に「南越」国を建てたのが「百越」「越人」である。中国でタイ系諸族が集中的に居住しているのは雲南である。
 タイ系諸族は、やがてインドシナ半島へ下り、稲作技術を東南アジアに伝える。このタイ系諸族の移動には、安南山脈の東側を下る流れと、メコン河の渓谷と盆地およびさらに西のサルウィン川に沿って下る流れの二つの大きな流れがあるが(図9)、稲作が可能な低地を居住地としてきたことから、タイ系諸族は「渓谷移動民」と呼ばれる(Heine-Geldern, Robert(1923))。13世紀までに、タイ系諸族は、西はインドのアッサムにまで居住域を拡げている註3 。
 言語のみならず他にも「タイ文化」と呼びうる同じ文化を共有してきた。タイ研究者の所説を合わせると、伝統的なタイ系諸族は、①タイ語を話し、②仏教を信仰し、③一般に姓をもたない、④低地渓谷移動の稲作農耕民で、⑤「封建的」統治形態をもつ人々の集団といった共通の特性をもつ。①~⑤以外にも、⑥伝統的には高床式住居に住むこと、⑦親族名称について祖父母名称が4つあること、両親の兄弟について5つの名称があることなどもタイ系諸族の特色として挙げられる註4。
 このタイ系諸族がそれぞれ居住する住居は同じではない。その起源地における形態と移住していった各地域の形態はそれぞれ異なっている。その環境適応の諸形態、その諸要因についての解明が『東南アジの住居』の主要なテーマのひとつである。

註2  本書を「東南アジアの住居」と冠することにしたのは、この間一貫してお世話になってきた京都大学学術出版会の鈴木哲也さんの、個別専門分野でのみ通用する議論ではなく、骨太の議論が欲しいという示唆が大きい。また、東南アジアの住居集落に関する著作として今のところ最も優れたと思われる上述のR.ウォータソンの『生きている住まい―東南アジア建築人類学―』が大陸部についての記述が薄いというのも大きい。
註3 現在は、主にブラフマプトラBrahmaputra流域(インド)、サルウィンSalween流域(ミャンマー)、メコン流域(中国・タイ王国・ラオス)、紅河流域(ヴェトナム)、チャオプラヤChao Phraya流域(タイ王国)の5つの流域に居住している。
註4 しかし、以上は必ずしも全てのタイ系諸族にあてはまるわけではない。姓(③)に関しては、1930年代までのタイ系諸族に関しては妥当であるが、今日、タイ王国やラオス国に住むタイ系諸族は姓を用いている。統治形態(⑤)についても、タイ、ラオスのような国家形態をとるタイ系諸族に対してはもはや当てはまらない。仏教(②)についても、タイ系諸族の中には非仏教徒が多数存在する。ラオスの北部山地、ヴェトナム山脈以東ないしは以北に住むタイ諸族(黒タイー、白タイー、トー、ヌンなど)および中国南部のタイ系諸族のほとんどは仏教徒ではない。南タイのタイ人の多くはムスリムである。
図9 東南アジアの大河川
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『traverse 新建築学研究』は京都大学建築系教室が編集・発行している機関誌です。17年度より紙媒体での出版を止め、web上で記事を発信していく事となりました。
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2017.10 
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2021.11 | 
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布野修司, 古阪秀三, 竹山聖, 大崎純, 牧紀男, 柳沢究, 小見山陽介,大橋和貴, 大山亮, 山井駿, 林浩平
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