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【エッセイ】 川上 聡

 メキシコと建築 

― メキシコの建築家

 メキシコで建築家といえば、フアン・オゴルマン(Juan O'Gorman)、フェリックス・キャンデラ(Felix Candela)もいるが、最初に頭に浮かぶのは、やはりルイス・バラガン(Luis Barragan)であろうか。

 ルイス・バラガンは、1902 年にグアダラハラの地主階級の家に生まれ、メキシコの伝統と文化が凝縮されたアシエンダの建築で少年時代を過ごした。1925 年のヨーロッパ旅行で近代建築を目の当たりにしながら、スペイン、モロッコなどの地域色の濃い建築も訪れ、インターナショナリズムだけではなく地域主義的なものからも多大な影響を受けた。自邸、ヒラルディ邸、トラルパンの修道院など、メキシコの伝統的な煉瓦組積造、モルタル塗り仕上げを抽象化した単純な箱型の建築構成にによって実現された、リズミカルなシークエンスと、自然光と色の壁や水面などの空間演出で、感情に訴える精神性の高い作品を残した。

 

― リカルド・レゴレッタ

 そんなバラガンと親しい交友関係にあった、リカルド・レゴレッタ(RicardoLegorreta)は1931 年生まれ。30 年近い歳の差にもかかわらず、バラガンとレゴレッタは親友であり、その交友を通して互いに大きな刺激となった。

 レゴレッタはメキシコ自治大学で建築を学び、メキシコモダニズムを代表する建築家ホセ・ビジャグラン(Jose Villagran)のもとで修業をし、その後独立、1968 年のメキシコオリンピックに合わせて計画されたメキシコシティのカミノレアルホテルで、一躍脚光を浴びる。それまで構造や構成の表現を重視した作品を残していたが、ここではバラガンと同様に単純な煉瓦組積構造を採用している。都市型ホテルにもかかわらず、高層を避け、この構造で可能であった5 層まで高さを制限し平面的なホテルを設計、東西のストリートのレベル差を生かして段差をつけながらエントランスやロビーを平面的に繋ぎ、シークエンスが豊かな空間体験を演出している。イサム・ノグチ、マティアス・ゲーリッツ(MathiasGoeritz)、ルフィーノ・タマヨ(Rufino Tamayo)、アルバース夫妻 (Anni & JosefAlbers)などのアーティストや、ランス・ワイマン(Lance Wyman)といったグラフィックデザイナーと協働し、建築とアートの、そして建築とデザインのコラボレーションが実現されている。

カミノレアルホテル

 カミノレアルホテルと同様、レゴレッタの建築作品のほとんどが、煉瓦あるいはコンクリートブロックの組積構造に、アプラナードと呼ばれる職人の手作業(マノデオブラ)のモルタル仕上げの上にペイントと、メキシコでは慣習的で単純な方法で行われている。外部のボリュームの組み合わせでは、メキシコ各地にみられるテオティワカン、パレンケ、ウシュマルといったプレヒスパニックの土着的な遺跡建築や、あるいは内陸部の修道院、カリブ海の要塞、石造のアシエンダ建築などからインスピレーションを受け、メキシコの砂漠などの土、砂、石といった風景の色を用いているか、あるいはその土地の石を直接使用している。バラガンのように、与えられた敷地の四角の箱を機能の入ったルームで割っていくというよりは、機能の入ったボリュームを足していき、外部にも風景をつくっている。

 構造や外部の構成は単純な方法で構築しているにもかかわらず、内部空間の方はダイナミックで、トップライトまで5 層吹き抜け、100 メートル超のロビーなど、普通の建物ではなかなか味わえないスケールを実現し、その中で水や色が光と共演する。壁や家具では色鮮やかな花や植物などの色が用いられ、アートや民芸品が溢れ、メキシコらしい彩り鮮やかな生き生きとした世界が体験できる。

 レゴレッタの代表作には、カミノレアルホテルの他、ウェスティンブリサスホテル、モンテレイ現代美術館、パーシングスクエア、ラベリント博物館、住宅では、モンタルバン邸、コロラドの家、モンテタウロの自邸、テコラレスの家などがある。大規模な公共建築から小住宅まで含め、世界中で100 を超える作品を残している。

ウェスティンブリサスホテル
モンテレイ現代美術館
テコラレスの家

― メキシコシティ

 今から遡ること12 年前の2004 年春、大学院を修了した私はリカルド・レゴレッタの事務所で勤務することになり、メキシコシティへ生活の場を移した。大学時代の恩師、高松伸先生のすすめもあり、レゴレッタの建築には自らの建築の作り方で共感するものがあったので、迷うことなく決断した。自らメキシコに足を運んで事務所をノックしたのを覚えている。レゴレッタは、「君のような人材を待っていたよ」と快く迎えてくれた。

 メキシコシティは標高2200メートルの高山であり、緯度が低い常夏のメキシコにもかかわらず比較的涼しい気候。雨季は夕方の決まった時間に強い雨が降るが、それ以外は年中を通して空には雲一つない快晴の日々が続き、濃い青空を背景にブーゲンビリアなどの色鮮やかな花が咲き乱れる。 メキシコというとまずは砂漠にサボテンを想像するが、メキシコシティは人口2000 万人のアメリカ大陸を代表する大都会。混在するビルやアパートは遠くまでどこまでも同じ風景が続く。ラッシュアワーには大渋滞で車はクラクション以外の機能が停止する。メトロには、日本と同じように次から次へと人が駆け込むが、時間通りに来ない電車に入りきるわけもなく、まさにカオスである。 しかし、やはり大都市ならではの魅力がある。活気が溢れるにぎやかな街であり、タコス、ケサディージャを堪能する観光客も絶えない。週末となると若者はテキーラやメスカルを片手にフィエスタ探し、夜の街を徘徊する。メキシコという歴史、伝統、文化の深い、アイデンティティのある街へ世界中からあらゆる分野のアーティストが集まる。一度言葉を交わせば皆アミーゴである。

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『traverse 新建築学研究』は京都大学建築系教室が編集・発行している機関誌です。17年度より紙媒体での出版を止め、web上で記事を発信していく事となりました。
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18
2017.10 
インタビュー:五十嵐淳
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三谷純,奥田信雄,魚谷繁礼,
五十嵐淳
竹山研究室「脱色する空間」
竹山聖,​大崎純, 小椋大輔, 布野修司,古阪秀三, 牧紀男, 
Galyna SHEVTSOVA
17
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​竹山研究室「無何有の郷」
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16
2016.1
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竹山研究室「コーラス」
​竹山聖,布野修司,大崎純,古阪秀三,牧紀男
特集:アートと空間
2014.1
14
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松井冬子,井村優三,豊田郁美,アタカケンタロウ
竹山研究室「個人美術館の構想」
竹山聖,布野修司,小室舞,中井茂樹
特集:建築を生成するイメージ
2015.1
15
ホンマタカシ,八島正年+八島夕子,高橋和志,島越けい子
ダイアグラムによる建築の構想
​竹山聖,布野修司,大崎純,
古阪秀三,平野利樹
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20
2020.01 
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​満田衛資, 蔭山陽太, 鈴木まもる×大崎純
学生座談会
小椋・伊庭研究室
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インタビュー:満田衛資
2020.11 | 
21
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   木村吉成&松本尚子
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​木村吉成&松本尚子, 宮本佳明,伊藤東凌,井上章一
竹山研究室「オブジェ・アイコン・モニュメント」
神吉研究室「Projects of Kanki lab.」
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2018.10 
19
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池田剛介, 大庭哲治, 椿昇, 富家大器, 藤井聡,藤本英子
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22
2021.11 | 
インタビュー:藤江和子
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山岸剛,後藤連平,
岸和郎×平田晃久,
竹山聖×小見山陽介
​平田研究室
ダニエル研究室
高野・大谷研究室
西山・谷研究室
布野修司, 古阪秀三, 竹山聖, 大崎純, 牧紀男, 柳沢究, 小見山陽介,大橋和貴, 大山亮, 山井駿, 林浩平
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