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【エッセイ】 上住 彩華

 フランス歴史建築考 

― 保存対象外の建造物の保存と再生

 今まで説明してきたとおり、登録されている文化財建造物に関しては、ABF や文化財建築家など管理や保存の枠組みがしっかりと確立されている。しかし、一方で保護対象でない歴史的建造物に関しては法規が存在しないため、自治体や所有者の一存に任せられている。その保存の利害は各々の経済事情や文化的ビジョンに密接に結びついているため、保存の意思があってもその方法がわからなかったり、知識不足のために取り壊されたり下手な修復を施されてしまったり、という例も多く見られる。ここでいう「保護対象でない」歴史的建造物とは、文化財と認定されるに足る歴史的あるいは学術的価値は認められない歴史建造物のことを指し、例えば出自のはっきりしない教会や城、その時代の普遍的な工法で建てられた住宅や農家、産業遺産、倉庫などが含まれる。


 建物が現代社会において本来の用途としては使われなくなっている場合など、コンバージョンはフランスのみならずヨーロッパ各地で行われている有効な手段の一つであり、保存への取り組みとして評価できる。信者のいなくなった教会を市役所やコンサートホールに改修したり、使われなくなった刑務所がホテルに改修されたりしている。パリ13 区 オーステルリッツ駅前のセーヌ河岸に2012 年に完成したモード・デザイン都市 Cité de la Mode et du Design はこのような再生事例のひとつである。セーヌ川を行き交う船の倉庫として使われていたコンクリート造の建物が、ジャコブ+マクファーレン Jakob+MacFarlane によって、美術館、レストラン、クラブ、教育機関などを含む複合施設として生まれ変わった。


 また最近では、歴史的建造物に限らず、50 〜 70 年代に建てられた建物の改修事例も増えてきている。建物の躯体のみを残した大掛かりな改修が行われることが多いが、構造体をそのまま再利用できるので、その分建設費の節約になるという考えからである。 例えば、ロバン&ギエイスRobain & Guieysse によるパリ北部郊外パンタンにある国立ダンスセンター Centre National de la Dance は、1965 年に建てられ市の行政機関として使われていた建物を改修したものであり、フレデリック・ドゥリュオ Frédéric Druot とラカトン& ヴァッサル Lacaton & Vassal によるパリ17 区のボワ・ル・プレートル高層住宅Tour Bois le Prêtre は60 年代に建てられた社会住宅の改修である。このような改修の場合、設計に入る前の調査・分析のプロセスが特に重要となり、コンクリートの状態、アスベストの有無、法規やエネルギー効率などの問題点を明らかにしておくことが必要である。

― サマリテーヌ景観問題

 最後に、今年になってから建築業界を問わず話題になっていた、サマリテーヌ百貨店の建築許可についても少し話しておきたい。1870 年に創業したサマリテーヌ百貨店は、パリ1 区リヴォリ通りとセーヌ川ポン・ヌフ橋の間に4 つの店舗を構えるパリで最大の売り場面積を誇る百貨店であった。アンリ・ソバージュ Henri Sauvage とフランツ・ジョルダン Frantz Jourdain によるアール・デコ、アール・ヌーヴォー様式の、セーヌ川沿いの本館は1991 年に文化財建造物として登録されている。百貨店は2000 年に、LVMH ―Louis Vuitton Moët Hennessy グループに買収され、2005 年から改装のため閉店中であり、SANAA とエドゥアール・フランソワ Edouard François らによって、26,400㎡の商業スペースに加え、社会住宅、保育所、オフィス、高級ホテルからなる複合施設として生まれ変わる計画である。この改修計画に関しては一連の建築許可や解体許可に対して景観保護団体などによる取り消しを求める訴訟が続いており、その度に工事が中断されていたが、今回問題になったのはSANAA の提案する、リヴォリ通り沿いの、高さ25m、幅73m にわたって白いドットがプリントされた波型ガラスのファサードであった。

現在のリヴォリ通り。右手前が建設予定地。

この一連の裁判の争点となったのは、パリ市の定めるPLU の「建築物とその周辺整備の外観 、建物と景観の保護」(UG11)の条項をめぐる解釈だった。この中の「新規建造物は、その区域の形態的特徴(水平的リズム、道路に面したファサードの幅、レリーフなど)や既存のファサード(リズム、スケール、装飾、素材、色など)や屋根(屋根、テラス、セットバックなど)を考慮にして、既存の街並みに調和させなければならない。」 9 という部分に基づいて、控訴院は、ガラスのファサードは周辺のリヴォリ通りの景観に十分に調和していない、との判決を下していた。すなわち、19 世紀から20 世紀初頭に建てられたリヴォリ通りの既存の建物は石のファサードと亜鉛かスレートの屋根を持ちバルコニーと窓が比較的規則正しく並んでいるのに対し、全面ガラスで1 階部分を除いて開口部のないこの建築は、既存の街並みに調和させなくてはいけないという規定に反しているという判断である。

9 UG.11.1.3 Constructions nouvelles, Règlement duPLU - Zone UG, Ville de Paris
10 UG.11.1.3 4° Matériaux, couleurs et reliefs,Règlement du PLU - Zone UG, Ville de Paris

 それに対して国務院は、これは条項の限定的な解釈にすぎないと指摘した。 実際この部分のすぐ後には、「上記の期するところは、美的観点から模倣とみなされる擬態の建築ではない。また、現代建築もパリの建築の歴史の一部である。」と続いており、また素材や色の項では「パリの建築で多く使われている石灰石と漆喰は、街に全体的な色調を与えている。この色調を尊重することは、一方で、既存の街並みの中で使うことのできる素材や色を禁止するものではない。この観点から、環境や再生エネルギーなどの面で先進的な素材や建設技術を使うことは許可される。」 10 とも定めている。国務院はこれに基づき、リヴォリ通りの建築様式の多様性、ガラスという素材は周辺の建物のファサードにも使われている素材であること、高さや配置は近隣の建物と揃っていることなどの点から、計画はPLU のUG11 の規定に違反していないと判断した。


 PLU に関してこのように広い意味での解釈をすべきであるというこの国務院の判断は、パリ市内での現代建築のあり方にとって大きな意味を持っている。PLU の規定を見ても、パリは現代建築に対して比較的寛大であるという印象を受ける。古くはエッフェル塔から、ポンピドゥー・センター、ルーブル美術館のガラスのピラミッドなど、パリに新しい建築物が計画される度にこのように景観論争が起こるのだが、建設された後には市民にも受け入れられ親しまれている。

 ここまで歴史的建造物・景観について取り留めなく書いてきたわけだが、私自身は歴史建造物と現代建築がうまく共存している、このようなフランスの状況を興味深く思っている。文化財建造物の保護地域でも現代建築が禁止されているわけではなく、歴史的建造物を尊重し美的観点からも既存景観に調和している建築には、ABF も問題なく承認を与えるのである。


 オスマンの計画した街並みは美しい。しかし都市というものがそれぞれの時代の地層の積みかさねで形成されているものだとすれば、それ以前の時代の建造物をすべて壊すことによって人工的に作り出されたオスマンの街並みは、歴史の流れの中では異質なものに思えてくる。日本の都市の変貌スピードに比べれば微々たるものではあるが、パリという歴史都市も現代建築を自らの歴史の中に吸収しながら少しずつ変貌している。また建物自身もそれぞれの時代を吸収しながら適合し、変貌していっている。現在の現代建築は数十年後、数百年後、歴史建造物と呼ばれるようになったとき、いったいどういった形で保存再生されているのだろうか、とも思う。

― おわりに

 ちなみに、フランスでは全ての新築工事と、20㎡以上の床面積を追加する改築工事に対して建築許可申請が義務付けられており、この申請は建造物の外観に対しての許可の意味合いが強い。申請には建造物のボリュームや高さ、ファサードの色、素材、街並み内でのパースなどを要求され、計画が地域都市計画プランPlan Local d’Urbanisme( 以下PLUと略) という各自治体の定める建築規制に違反していないかをチェックされる。通常許可が下りるまで数か月かかるため、基本設計の段階で申請してしまうことが多いのだが、プロジェクトの進行過程でファサードやボリュームに変更が出てしまった場合などは、変更申請を余儀なくされる。


 リヴォリ区画の建築計画に対して、パリ市は2012 年12 月17 日建築許可を公布した。近隣住民や景観保護団体などは、この計画はパリ市のPLU の定める既存街区内での新規建造物に対する規制に反するとして、パリの地方行政裁判所に建築許可の取り消しを求めていた。裁判所はこれを受けて、2014 年5月13 日の判決で、この建築許可の取り消しを認めた。第二審の控訴院 Cour Administratif d’Appel も、2015 年1 月5 日この建築許可の取り消しを確定する判決を出した。そこでサマリテーヌ百貨店とパリ市はこの決定を不服として上告していたのだが、最終的に2015 年6月15 日、フランスの行政裁判の最高裁に当たる国務院 Conseil d’Etat は、建築許可を有効とするという判決を出した。

『traverse 新建築学研究』は京都大学建築系教室が編集・発行している機関誌です。17年度より紙媒体での出版を止め、web上で記事を発信していく事となりました。
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特集:建築を生成するイメージ
2014.10 | 112p
ホンマタカシ,八島正年+八島夕子,高橋和志,島越けい子
ダイアグラムによる建築の構想
​竹山聖,布野修司,大崎純,
古阪秀三,平野利樹
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2017.10 | 112p
インタビュー:五十嵐淳
三谷純,奥田信雄,魚谷繁礼,五十嵐淳
竹山研究室「脱色する空間」
竹山聖,​大崎純, 小椋大輔, 布野修司,古阪秀三, 牧紀男, 
Galyna SHEVTSOVA
インタビュー:野又穫
2016.10 | 128p
野又穫,松井るみ,石澤宰,柏木由人
​竹山研究室「無何有の郷」
​竹山聖,山岸常人,布野修司,三浦研,牧紀男,古阪秀三,川上聡
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中野達男,石山友美,TERRAIN architects
竹山研究室「コーラス」
​竹山聖,布野修司,大崎純,古阪秀三,牧紀男
2015.10 | 96p
インタビュー:石山友美
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特集:アートと空間
松井冬子,井村優三,豊田郁美,
アタカケンタロウ
竹山研究室「個人美術館の構想」
​竹山聖,布野修司,小室舞,
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