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【エッセイ】 牧 紀男

 災害・仮すまい考 Disater and Interm Housing

― 災害研究と防災研究

 はっきり言って「災害研究」は面白い。災害は、また前から考えていたけれども実行に移すことが難しかったことを実現させる機会ともなる。平時にはよく見えなかった問題を詳らかにするし、関東大震災では規模は縮小されたとはいえ、大規模な土地区画整理や現在の東京の根幹をなす道路の計画・建設が行われた。阪神・淡路大震災では、高齢化社会で発生する問題が顕在化し、現在、公営住宅で高齢者の見守り活動に導入されているLSA(Life Support Advisor)制度等、様々な高齢者支援の仕組みが創設された。また、行政の規制が緩くなり、自力建設等の画一的でない試みが実現される。今和次郎は、関東大震災後、嬉々として、仮すまいの図面収集を行い、「バラック」装飾社の活動を行った。
 しかし、その一方で災害についての研究には面白いだけでは済まない雰囲気も漂っている。防災研究と災害研究は分けて考える必要がある。災害についての真理を追究する研究が災害研究であり、災害を減らすための研究が防災研究である。災害による被害を減らすためには、まず「災害」を正確に理解する必要があり、被害を減らすとか役に立つとかは考えずに、純粋に災害について研究することが重要である。ただし、災害研究は純粋な研究であるから、「何か興味深い新しいこと」を明らかにする必要がある。自分にとって新しいことではなくて、研究として何か新しい事実が導き出される必要がある。東日本大震災後、応急仮設住宅について多くの研究が行われているが、温熱環境が悪い・狭い等々、出てくる結果はこれまでと同じである。「何か興味深い新しいこと」が出てこないということは、応急仮設住宅研究は災害研究としてほぼ完了している。また、何をすべきかを明らかにするという防災研究もほぼ完了している。これまで明らかになっている問題・解決策をいかに実際に導入していくかが現在求められている研究であり、岩佐先生の『仮設のトリセツ』1 のような取組が重要となっている。

 災害後の取り組みを見ていつも思い出すのが、“Re-Inventing Wheel” という言葉である。東日本大震災の後の被災地では、災害の規模が違うから阪神・淡路大震災の教訓や経験なんて役に立たない、という言葉をよく聞いた。そして、一から自分で解決策を考えていって、同じところで苦労する。自分たちが一番大変・特別なんだ、という思いは良く分かるが、客観的に見ると発生している問題は同じである。ただ、これはどの災害でも発生することであり、被災した人にとっては、苦労するしないより、納得のプロセスが重要であり、自分で考えて納得して行動することが必要なのかもしれない。


 しかし、建築の専門家も被災した人と同じではいけない。そもそも、災害が発生することに“Re-Inventing Wheel” が繰り返されることの原因は、災害後のことについて知らない・学んでいないからである。災害の被害を減らす対策については構造分野の先生が研究・教育をしているが、災害発生後の対策について体系的に教えていない。また、専門家も少なく、教科書もない。建築の専門家は地震に強い建築物の構造に加えて、被災した社会の時系列変化、災害時の建築施設の使われ方、仮すまいのあり方、災害後の建築経済、災害復興事業といったことについても体系的な知識を持つ必要がある。東日本大震災では建築家による被災地支援が組織的に実施された。災害と建築家の関わり、というのも重要なテーマかもしれない(これは誰も研究としてやっていない、災害研究として重要なテーマ)。

 

本稿では、その手始めに、災害後の仮すまいの問題についてまとめてみたいと思う。研究の通例にしたがって、応急仮設住宅の歴史から始めることとする。

1 岩佐明彦、『仮設のトリセツ―もし、仮設住宅で暮らすことになったら』、主婦の友社、2012

― 応急仮設住宅の変遷

 今和次郎は、災害後の仮すまい構築物を災害後の出現順にシェルター、ハット、バラックに区別している2。シェルターとは「仮のやどり」であり現在の避難所にあたる。日本では小学校が避難所に利用されるが、世界的に見ると自力建設が基本である。ただ、日本で公的機関が災害後にシェルターを提供する事例は古くから存在し、江戸時代に幕府や藩が「お救い小屋」という避難所を災害後に設置したということが知られている。ハットは自力建設の仮すまいであり、バラックは公的機関・民間団体による仮すまいである。災害研究としてハットの研究は興味深いが、災害後の仮すまい・やどりは、自力で確保するのが基本であり、防災という観点からは「バラック」が重要となる。自然災害後のハット(自力仮設)の研究について少し説明しておくと、阪神・淡路大震災では塩崎ら3 のグループの一連の研究がある。東日本大震災ではあまり建設されなかったこともあり体系的な研究は行われていない。なぜハットが建てられなくなったのかは災害研究、すまいの研究として興味深いテーマである。


 さて、自然災害後のバラックであるが、厚生労働省(現在は内閣府)が応急仮設住宅を供給する仕組みは長い歴史を持っており、戦前の鳥取地震(1942)の史料に既に厚生省型仮設住宅という記述が見られる。終戦直後、南海地震や台風災害が頻発し、1948 年に現在の応急仮設住宅供給の根拠となる「災害救助法」が制定される。東日本大震災以降、所管が厚生労働省から内閣府へと移管されるが基本的な考え方・基準に大きな変更はない。ただし、実際は居住性能の向上が行われてきており、「特別基準」という考え方で社会状況の変化に柔軟に対応してきている。表1 に応急仮設住宅の変遷をまとめる。 

表1 応急仮設住宅の変遷
(牧紀男、仮説住宅年表、『建築雑誌』 2004 年4月号、日本設計学会に加筆)

2 川添登他編、『住居論-今和次郎全集4-』、ドメス出版、1971
3 塩崎賢明他、被災市街地における自力仮設住宅の建設実態 -阪神・淡路大震災における自力仮設住宅の研究(その1)-、日本建築学会計画系論文集519 号、1999
被災地における自力仮設住宅の居住者属性とその居
住実態 : 阪神・淡路大震災における自力仮設住宅に関する研究(その2)、日本建築学会計画系論文集538 号、2000 他
 
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『traverse 新建築学研究』は京都大学建築系教室が編集・発行している機関誌です。17年度より紙媒体での出版を止め、web上で記事を発信していく事となりました。
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