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【エッセイ】 竹山聖

 形を決定する論理

― ダイアグラム

さていよいよダイアグラムである。ダイアグラムとは平たく言えば図式のことだ。具体的な事物や現象を抽象化して単純な図式として捉える。先に触れたパノプティコンも、フーコーはこれをダイアグラムと捉えた。人間関係の在り方を暗示する図式である。
このダイアグラムという言葉を「抽象的な機械」と捉え、フーコーの仕事に重ねて自身の世界認識の展開に接続したのがジル・ドゥルーズである。


この、無形の新しい次元を何とよべばいいのだろうか。フーコーは、一度これに、実に厳密な名前を与えたことがある。それは「ダイアグラム」である。 ※4 

 
「この無形の次元」とドゥルーズが言うのは「いまだ形にならず組織化もされていない素材」と、「いまだ形式化も目的化もされていない機能」という二つの次元、いまだ形にならざる次元の、いわば発ち現れつつある形が暗示として揺蕩う、そんな次元である。無形の素材と機能によって定義され、形と実体、表現と内容、言葉にできたことと言葉にできなかったこと、のそんな区別にも先んじている、それこそがダイアグラムだ、と言うのである。


ドゥルーズのダイアグラム概念は、フーコーへの先の言及に続いてこう述べられる。
それは「ダイアグラム」である。つまり「あらゆる障害や摩擦から抽象された機能である・・・。そしてわれわれは、あらゆる特別な用途から、これを切り離さなければならない」※5

それは純粋な関係を、運動を、表現と内容を横断し接続する働きを、ドゥルーズは「機能fonctionnement」という言葉に込めている。これを描写する試み、それがダイアグラムなのであり、それはすでに1980 年のMILLE PLATEAUX : Capitalisme et schizophrenie においてこうも書き記されていたのである。


ダイアグラムあるいは抽象的マシンは、対象をそのまま再現する機能などもっていない。ましてや現実など。むしろいまだ来らざるもうひとつの現実、新しいタイプのリアリティをつくりだすのだ。※6 


ピーター・アイゼンマンがその著作であるDiagram Diaries: An Original Scene of Writingにおいて試みているのは、そうしたダイアグラム概念の建築への展開である。それも、もともと建築の世界で馴染まれていた「説明の手法としてのダイアグラム」※ 7 でなく、「創造の契機としてのダイアグラム」として、ダイアグラムを位置づけ直そうとする。
ジャック・デリダとのラヴィレット公園でのプロジェクト、コーラル・ワークスにおいてデリダがコーラなる概念を生成の場を司るキーワードとしてプラトンから引き、これをダイアグラムに重ね合わせたところからアイゼンマンのダイアグラム概念の急展開がはじまったと言っていいだろう。
フロイトが無意識を説くときに用いた比喩のミスティーク・ライティング・パッド(裏のインクが転写されて字や図形が現れるが表面をはがせば再び消えてしまう装置)をデリダは引用するが、アイゼンマンもまたこの比喩を用いてダイアグラム概念を拡張する。つまりそこにあるのは、言葉になりそこねた痕跡、だ。実はこれこそがエクリチュールであるとデリダは内心思っているわけだが、アイゼンマンはこれこそがダイアグラムである、言葉になる以前、形になる以前の、いわばアイディアの源泉である、と位置づける。すなわち、建築の形を暗示し、誘導するダイアグラム概念へと鍛え上げようとする。アイゼンマンはこのように書く。


およそダイアグラムという概念にとって重要なのは、痕跡という考え方である。なぜなら平面図と違って、痕跡は十分に構造づけられた現前(structural presences) でもなければ、動機づけられた記号(motivated signs) でもないからである。むしろ痕跡は、潜在的な関係性を暗示しており、そしてそれは、あらかじめ抑圧されていたり、いまだ言葉になっていない形象(unarticulated figures) から生成し、発現するであろう関係性なのである。※8 


アイゼンマンはダイアグラム概念をデリダのエクリチュール概念へと重ね合わせ、あらためて建築へ導入しようとしている。形の決定に先立ち、しかも形を暗示し誘導し触発する、そのコンテクストやプログラムに刻み込まれた「痕跡」のようなものとして。

4 ジル・ドゥルーズ『フーコー』宇野邦一訳、河出書房新社、p.57.
5 Gilles Deleuze, FOUCAULT, Les Éditions de Minuit,1986, p.42.
:c’est un <diagram>, c’est-à-dire un <fonctionnement abstrait de tout obstacle ou frottement… et qu’on doit détacher de tout usage spécifique>.
6 "The diagrammatic or abstract machine does not function to represent, even something real, but rather constructs a real that is yet to come, a new type of reality." (Thousand Plateaus, p.142)
7 先に触れたルドルフ・ウィットカウアーのパッラディオを説明する九分割図も、1940 年代にハーバード大学を席巻したバウハウス機能主義に由来する「バブル・ダイアグラム」(機能連関図)も、こうした「説明の手段としてのダイアグラム」の例である、とアイゼンマンは述べている。
8 Peter Eisenman, Diagram Diaries, Universe Architecture Series, 1999. Diagram: An Original Scene of Writing, p.32.

― スタジオ

根拠のない(immotivated)な痕跡から、さらに言うなら、何処へと連れ出されるかわからない(immotivated)な痕跡から、新しい世界を紡ぎ出すこと※9 。
ふりかえってみれば、おそらくはこれが2014 年度の竹山スタジオのテーマとなった。それはそのまま建築の形を決定する論理をめぐる試行錯誤のプロセスでもある。
2014 年度の竹山スタジオの課題はダイアグラムである。2013 年度の大学院の授業、建築設計特論でのデリダとアイゼンマンのコーラル・ワークスをめぐる議論を受け、アイゼンマンのダイアグラム概念の再考察からスタートした。ただ、ダイアグラムを広く捉えるなら、その抽象化された図式のすべてに内在する、変容可能性、接続可能性、創造可能性へと開かれていることに気づきはじめた。それは暗示される運動の図式化であって、およそこの世に存在する形の生成につながっている。しかもそれが意図された恣意的な形態をあらかじめ前提とせず、プロセスにおいてもこれを極力は維持するやり方を通して、純粋な形の生成の場面に立ち会う努力を続けることによって、思いがけない形に出会う経験を味わった。
われわれが建築の設計のプロセスとしてごく当然のように考えてきた機能の分析やコンテクストの把握、プログラムの組み立てや提案、さらには構造的、設備的、環境的、技術的検討、それらをあえて脇において、形の生成のみの論理を問う試みであったと言っていいだろう。
そこで明らかになったのは、形を決定する論理の無根拠さだ。あるいはそのドグマ性だ。
近未来の準備のためには今日のドグマを書き換える作業で事足りるだろう。だが遥かな未来に向け形を決定する論理に思いを馳せるなら、幾何学を超えて、メタフォアを超えて、そして制度を超えて、政治や経済の枠組みを超えて、われわれの空間加工のイメージを鍛え上げて行かなければならないだろう。
しかもやはり、あらためて身体に即した(人間の身体の能力やスケールが大幅に変わらない限り)居場所の形成が必要であるし、地球環境的な(あるいは宇宙に出て行った場合でもいいのだが)視野に立った生態学的なニッチの観点、開かれた平和な人間社会の形成のためにもあえてオープンなだけでない隠れ家の観点、そして遠い距離と憧れを限られた空間に込める構造力、などなどがそこで問われることになるだろう。
「精神が、あの美しい形態となるような、例外的瞬間」としての「作品oeuvre」、すなわち、
喜びと驚きとの出会いの場に、われわれがいつまでも立ち続けられるように。

9 デリダの『グラマトロジーについて』(足立和浩訳)では、immotivée は「根拠がない」と訳されている。
ちなみにdevenir-immotivé は「無根拠化」。
『traverse 新建築学研究』は京都大学建築系教室が編集・発行している機関誌です。17年度より紙媒体での出版を止め、web上で記事を発信していく事となりました。
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