【エッセイ】 大崎 純

 建築形態と構造形態 

​ Architectural Form vs. Structural Form

― 建築の構造合理と美しさ

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 建築の形態と構造性能の関係については、古くから議論されてきた。日本で最初の構造デザイナーといえる坪井善勝は、「真の美は、構造的合理性の近傍にある」と言っている1。構造表現主義にみられるような構造的に合理的な建築が必ずしも美しいとは限らない(少し異なる)という意味である。また、国際シェル空間構造学会(IASS)の創設者であるエドゥアルド・トロハは、内部の構造の健全な形が、ある程度までは建物の美的価値に貢献し、「見せる構造は、美しくなければならない」と言っている2。このように、構造的に合理的な形態と建築的に美しい形態は少し異なると考えられている。しかし、最近になって、力学原理や構造的合理性に基づいた建築デザインが多くみられるようになった。

写真1: 吊り下げ曲面
(サグラダファミリア・ガウディ博物館,著者撮影)

― 力学的に優れた形態

 写真1 のような解析的に(数式で)表現されるカテナリーや吊り下げ曲面は、自重に対して引張り力のみで抵抗できる力学的に優れた形態である。したがって、カテナリーを上下反転させたカテナリーアーチは、自重に対してほとんど曲げを生じず、圧縮力のみによって抵抗することができる。曲げが存在しないと、アーチの至るところで圧縮応力が作用し、その最大値も小さくなるので、カテナリーアーチは自重に対して力学的に優れた形態といえる。とくに、組積造のように引張を許容しない材料を用いる場合には有効である。

図1: さまざまな荷重条件でのアーチの最適形状

 一方、図3 のような線織面は、直線を移動させて形成される曲面であり、施工性も考慮すると優れた形態である4。曲面を骨組で形成する場合には、直線部材を剛性の大きい梁部材として、荷重を妻面のアーチに伝えることができる。コンクリートシェルの場合には、いわゆる自由曲面よりは型枠制作のためのコストを低減できる。

図3: 線織面シェルの例

― 設計と最適化

 最近になって、複雑な形状を有する建築が増えている。その理由としては、


・他の建築とは異なる象徴的なデザインを希望するクライアントの増加
・FRP、繊維補強コンクリートなどの材料の進化
・コンピュータ制御による施工技術の発展


などが挙げられる。将来は3D プリンターやレーザーカッターによって生産・施工できる時代が来るかもしれない。しかし、建築家が希望するあらゆる形態の建築の設計・施工が可能になった現代において、建築形態と構造形態(構造的に優れた形態)との関係を、改めて考え直す必要がある。

 traverse13 5 で述べたように、設計者の意思決定過程を、何らかの評価指標を最大化する過程として数式あるいはアルゴリズムで表現できるならば、設計問題は最適化問題として定式化できる。しかし、以下のような理由で、単純な最適化問題として定式化することは事実上不可能である。

・設計過程を最適化問題として定式化したいと思っている建築家は稀である。したがって、何らかの明示的な問題として建築家に受け入れられる可能性は低い。
・設計行為は最初から確定論的に決まるのではなく、設計過程を通じて修正されるので、確定的な最適化問題として定式化できない。

 しかし、最近のデザインコンセプトや、建築家のインタビューなどで、「最適」あるいはそれに準ずる言葉が多くみられるようになった。学問的には、「最適解」とは、数理計画問題として定式化される問題の解である。一方、「最適」は日常用語の一つであることも事実なので、「最適」という用語は極めて多様に解釈される。専門用語として解釈した人にとっては、初期コスト、ライフサイクルコスト、耐震性能、エネルギー効率などを定量化して最適化したと理解され、日常用語として解釈した人にとっては、美しさ、快適性、機能性などの面で優れた解としてあいまいに理解される。したがって、建築家は「最適」を安易に(後付けで)用いずに、どのような評価指標のもとで最適と言っているのか、明確に説明するのが望ましい。

 構造物の最適化は、主に機械工学と航空工学の分野で発展してきた。自動車や航空機は軽量化が重要であるため、構造最適化は必要不可欠な技術である。一方、建築の分野での膜構造やケーブル構造などの張力構造は、釣合形状を求めるためにエネルギー最小原理や面積最小原理(極小曲面)が用いられ、張力構造の形状設計を、構造形態創生(StructuralMorphology)とよんでいる6

 カテナリーアーチは、自重に対するひずみエネルギーを最小化することにより、図1(a)のように数値的に求めることもできる3。しかし、当然であるが、アーチの最適な形状は荷重条件に依存する。自重に加えて中央に集中荷重を作用させると、最適形状は図1(b)のようになり、2 か所に集中荷重を作用させると図1(c) のようになる。周辺をピン支持されたシェル構造でも同様に、自重に対してひずみエネルギーを最小化すると図2(a) のようになり、中央に集中荷重を加えると図2(b) のようになる。以上のように、最適な形態は荷重に依存するので、荷重条件を省いて「力学的に最適な形態」と称するのは極めて不適切である。

図2: さまざまな荷重条件でのシェルの最適形状
『traverse 新建築学研究』は京都大学建築系教室が編集・発行している機関誌です。17年度より紙媒体での出版を止め、web上で記事を発信していく事となりました。
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