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【インタビュー】 舞台芸術家・松井るみ

 フェイクが彩る世界 

聞き手=大須賀 嵩幸、岡崎 祐樹、加藤 慶、田原迫 はるか2016.6.15 

株式会社センターラインアソシエイツ 事務所にて

 

幼少のころから現在まで、一心に演劇という世界を探究してきた松井るみ氏。
数々の作品を手掛け、第一線で活躍する彼女にとっての舞台美術とは。
また、似て非なる存在である建築との間には、どのような可能性が眠っているのか。

今後の展望について伺う。

― 舞台美術のプロフェッショナルへ

田原迫 舞台美術家を志したきっかけを教えてください。

松井 私は多摩美術大学のグラフィックデザイン学科出身なので、大学で空間設計を専門に勉強していたわけではないんです。進学時は、絶対に舞台美術の世界へ進もうとは思っていなくて。でも、思い返してみると幼い頃からずっと演劇が好きでしたね。小学2年生のときに学芸会のために書いた台本を今でも覚えています。演劇の世界に入ったのは、高校時代に演劇好きの友人がたくさんいたことが大きいかもしれません。京都大学の西部講堂にも演劇を観に通っていましたよ。その友人たちが小劇場ブーム全盛期の早稲田や慶応に進学して演劇を続けた流れで、私もスタッフのような形で舞台美術を担当するようになりました。

加藤 劇団四季で仕事をしようと思ったのはなぜですか。

松井 当時はアンダーグラウンド……アングラ演劇(註1)の全盛期で、舞台美術ではご飯が食べられない時代でした。職業として認知されていなかったんですね。建築士だと免許がありますけど、舞台美術家のためのライセンスが日本にはありません。だから、「今日から私は舞台美術家だ」と言えば、誰でも舞台美術家になれるんです。そんな環境でテントを立ててセットを作って、お金にはならないけど楽しい学生時代を満喫しました。でも、4年の秋にこのままだと食べていけないと突然思って、舞台のテントを立てている途中でヘルメットを置いて、そのまま劇団四季の面接に行きました。

 それが、劇団四季の『CATS』が初演された1983年のことでした。それまで日本ではミュージカルがまだ馴染んでいなかったのですが、既存の劇場ではなくセットにあった劇場を建ててミュージカルを上演するという、日本で初めての試みがあったんです。帝国劇場(註2)が商業演劇の主流だとすると、それとは違うスタイルで商業として成り立つことを目指した劇団が現れたということですね。そして、そこではプロフェッショナルなスタッフとしてお給料をもらえる。ここなら違うことができるんじゃないかと思って、劇団四季を選びました。

岡崎 その当時は、舞台美術家の職能に対してお金を払うという制度はあったのでしょうか。

松井 私が知る限り、劇団四季だけがありました。もちろん金額は少ないですよ。でも、0じゃないというのは大きいじゃないですか。自分の仕事が金銭として認められるかどうかが、プロフェッショナルとアマチュアの境界線なので。私もそうだったんですけど、アマチュアの場合は、逆にアルバイトで稼いだお金で材料を買ってセットを作っていましたね。
 

1)1960年代中期から1970年代にかけて日本で活発に起きた舞台表現の潮流。見世物小屋的要素を取り込み、それまでの近代演劇が低俗として退けた土俗的でスペクタルなものを復権させて独特の世界を作り上げた。アングラとは、アンダーグラウンド(地下)の略語である。
2)東京丸の内にある劇場。1911年、日本最初の近代的洋式劇場として創設され、日本の演劇発展に貢献してきた。1966年、谷口吉郎による設計で改築されている。

― つながりの中で生きる

田原迫 劇団四季を経て、ロンドンへ留学されたんですよね。

松井 舞台美術って、いろいろなことを知らないとできないんですね。日本にも専門学科のようなものはあるけど、それだけを専門に勉強しようとしても視野が狭くなるだけだと思って。私は総合的に勉強がしたくて、演劇の本場であるロンドンのCentral School of Art and Design(註3)という学校で1年間勉強しました。

 現場に立つよりも先に留学すると、最初に自分の意見を主張することを学ぶんですね。一方、日本だと和を保つことの方が優先されてしまいます。だから、自分の考えを表現することを最も大事にする、という考えだけで日本に帰ってきたために、周りにうまく順応できなかった人たちも多く見てきました。私の場合は日本の舞台の現実を見てから海外で学んだので、ちょうどバランスが良かったのではないかと思います。

岡崎 松井さん個人に仕事の依頼が来るようになったのはいつ頃からですか。

松井 帰国してからですね。今だとインターネットで海外の演劇も見れてしまいますが、当時はそれができないから、私しか知らないデザインの発想のようなものが頭の中にあったんです。だから、帰国後にデザインした作品が日本では前例の無いものになったようですね。そうしたら観に来られたプロデューサーが「こんなセットは見たことがない」と思ってくださって、その連鎖でどんどん仕事が増えていきました。

加藤 つながりが重要な職業なんですね。

松井 そうなんです。人と人との関係、それ以外の何ものでもないくらい。例えば、最初の仕事をくれたのはロンドンに留学しているときに出会った演出家ですし、劇団四季時代の仲間とのつながりも強いです。当時の仲間は皆3年ほどで劇団四季をやめてしまって。でも、そこで鍛えられたので、その後もしぶとく演劇を続けているんです。そうするとやはり同じ釜の飯を食べた人間同士、何年経っても横のつながりが不思議とあるんですよね。それがあったから、今までやってこれたのだろうと思います。

大須賀 そのつながりを作ることを狙って劇団四季に入社した、というところもあるのでしょうか。

松井 どうでしょう。きっとそこまで考えていなかったんじゃないかな。私は生き抜いてやる、という気持ちだったのではないでしょうか。ただ、アングラ演劇で人脈を作っても組織にはなれないということが学生時代に分かったので、そういう意味では大きな組織というのは魅力的でしたね。
 

3)1896年に創立されたロンドンの美術学校。1986年に主要部がthe London Instituteの一部となり、1989年にSaint Martins School of Artと統合され、ロンドン芸術大学の一つであるCentral Saint Martins College of Arts and Designとなった。
『traverse 新建築学研究』は京都大学建築系教室が編集・発行している機関誌です。17年度より紙媒体での出版を止め、web上で記事を発信していく事となりました。
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