【プロジェクト】 平田研究室 

 

プラスチック爆弾を用いた建築設計の試論(大須賀嵩幸)

大須賀:今回、『公共建築は「人間の巣」の夢を見るか』って書いているんですけど、公共建築が人間の巣のようになるのかっていうのをテーマにしています。どういった建築を自分がつくったらいいかっていう時にアレグザンダーを引用して、生き生きとした世界とか全一的な統一された世界をつくりたいっていう風に言っていて。これを聞きながら長い期間をかけてできたような都市とか街の性質っていうものを、アレグザンダーは「名づけ得ぬ質」と呼んでいて。でもこれはあまりにも名前がないので、もうちょっといつも発見されてくるような、知性のある世界とか、あるいは使い手の経験が入ったような、生きられた空間っていうものを考えて、どうやってそれをつくるのかっていうことを考えていこうとするという。「生きられた空間」っていうのが抽象的な空間じゃなくて、実際に生活される空間だと捉えて、そういう人の活動っていう意味では人間の巣と捉えられるのかなと。ちょっと半分こじつけですけど、そういう風に言っています。そこで、人間の活動と空間の質が影響しているって言ったように、生きられた、家においては、住んでいる人と建築という具体的な関係にある。そういうのが生きられた空間って言われているんですけど、公共建築とか、集団の規模が大きくなるとその一体性が消滅してしまって、発注者と設計者と利用者っていう3つの分離が起きてしまうっていうのが。北大路でもそうなんですけど。その状況では、建築とか設計者っていうのは発注者がつくったプログラムを建築空間化するという構図があって。ただ近年ではプログラムが従前につくれないっていう状況があるので、それに対して色々と公共建築ではユーザー参加のものが起きてきているんですけど、最大公約数とかポリコレという批判があるので、それに関してどう質が変わってくるのかっていうのをそれぞれこたえてみました。それにこたえるためには、かつて家が生きていたっていう体制を、三項関係においてもう一度回復する必要があると。その時にプログラムと建築形式とアクティビティっていう静的な関係にかわる動的な三項っていうものを考えていきたいと思っています。

次から3つを順番に見ていくんですけど、一個目が後成的な与件って書いてあるんですけど、これは与件がもう、複雑で流動的でつくれないってなると、「形態は機能に従う」というようなそういうテーゼがもう不可能にも思えるので。そうしたら、具体的な形をもった議論の中で前提を変えていくような問いが生まれるっていう建築の可能性もあるので、後から与件が生まれてくるんじゃないかっていうことを言って。最近の脳の分野でも、遺伝子が脳を決めるっていう遺伝子決定論よりも、DNAの変化がないままに起こるような変化があるっていうのが言われていて、これはエピジェネティクスとも言われているんですけれども、蜂もそういう風に、女王蜂と働き蜂っていうのも遺伝で決まっているんじゃなくて、どういうふうに成長するかで決まってくる。そういう風な変化を参照しながら、与件と形が相互反応しながら、形によって与件が決まるような、エピジェネティックな与件っていうものをここで仮に呼んでいます。これはどういうものが具体的にあるかって考えた時に、何か交換可能な、どういう場合にも使えるようなプログラム的な与件ではなくて、たとえば丹下さんの代々木とかSANAAの21世紀美術館みたいな、形とすごくリンクした、代々木の軸線と構造とか、21世紀美術館の視線が貫通するかどうかっていったような、設計者のある特定のこだわりみたいな、そういうものがここでいう後成的な与件となるのではないかと言っています。それと対応する形側の論理なんですけど、可塑性をそなえた建築と呼んでいます。この時その固有の与件が生まれるためには、ニュートラルな叩き台としての案よりも、むしろ色々な反応が起こるような特徴的な案を出した方ががいいだろうと。でもそれは変化を阻むようなリジットなものではなくて、一方で何にでも変化するような柔軟性とも違うだろうと。ということで、可塑性という性質を取り上げています。哲学者のマラブーの論考を参照して、3つ、この可塑性っていうのが意味をもっているんですけど、彫刻家が形をつくるような人が形をつくるという意味と、粘土が変形するような形の変化を受け入れるという意味、両方の意味において柔軟性とも硬直性とも対比できるんですけど、もう一つ意味があって。プラスチック爆弾っていう爆弾がありますけど、全く形を失ってしまうような強烈な意味をもっていて。その点において可塑性っていうのが、爆発してしまうから不可逆な変化とか、あるいは形のない領域までも繋がっていくんだっていう思考を広げる手がかりとして導入しています。そういった形とか建築の性質を仮に可塑性をそなえた建築っていう風に呼んでみていて。それは個としての建築家がはっきりと定義する提示するものであって、時には変化すら受け入れて、形が消えても担保されるような連続性をもったものであると考えています。今はこの三項関係のうちの設計者と運営・発注側のことを言ってきたんですけれど、3つ目の使用者がおそらく担うのが多数性ということで、多数性によって与件と形の相互反応がどんどん加速していくだろうと言っていて。建築の素案があって、人々の多数性によって攪拌されて生まれてくる条件っていうのもその集団の思いを表象するものになるだろうと。合意形成も大事なんですけど、建築っていうのは何十年も使われるものなので、主体がどんどん変わっていったりっていうこともあると思うんですけれど、その時に建築の案を多数性によってある意味検証しているというか。それは構造計算において外力とかを計算するようなところと近いところがあって、そういうことが可能であれば今ここにいる人たちと多数性を入れ込んで検証することが、主体が入れ替わっても違う多数性にかえうるような建築をつくれるんじゃないかということを言っています。

ここまでの理論的枠組みが実際のプロジェクトを経て考えていることであると。北大路もそうなんですけれど、桂広場においては特徴的なのは誰もがキャンパスづくりに参加できるような雰囲気をどうやってつくるかっていう話で。北大路の時の少人数のセッションとかワークショップとは違う方法でこれまで2段階の方針で設計を進めているということです。第1段階として、これまでほぼ何もなかった場所に図書館ができて、そこに学生の居場所をつくるので、あまり何のイメージもないような場所に建築の素案をつくる必要があって。その時に我々がやったことは、特徴的な形態をもった6つの案をキャンパスの人たちに提示したということ。大きく3つの系統があって、細長い敷地に対してさらに細長い形を配置していくような「道」系統の2案と、反対に水平的な広がりをもったオブジェクトで場所をつくっていく「屋根」系統の2案と、敷地をいっぱいいっぱい使わずにあるポイントにボリュームのある造形をつくる「オブジェクト」の2案をつくって、最終的に6つの案を桂キャンパスに展示して色々と意見を募りました。その意見を共有しやすい形に分析して、いくつか形態のイメージとか場所のイメージっていうものを抽出しました。ただ形に対する意見は結構もらえたんですけれど、あまり場所をどう使いたいかっていうイメージがもう少し欲しかったので、皆がもっとここでアイレベルの想像力を使えるような方法が要るなということで、第2段階に進みます。1個の案に決めてしまうのではなくて、使いながら場所のイメージをもつと、想像していこうということで、地面の設えを中心とした整備案を考えました。ここでは場所のポテンシャルというか、日陰の場所とか…ますは大きく地形をつくるんですけれど、その地形で出来た場所に対して意見からもらったようなイメージも使いながら、ちょっとしたエクササイズができるようにバスケットゴールとか健康器具を置いたりだとか、あとはサイン計画としても既存のロトンダキューブを白く塗ったりして桂側のものに何かを加えたりだとか。あとは地面のデザインの特徴として、円のサインがあるんですけれど、これは展示で結構反応があったコートをつくるとかっていう記号的な表現をもうちょっと発見的に考えるものとして考えて、バスケのフリースローサークルとかスリーポイントラインみたいなものを活動の補助線として用意していて。それも円っていうなるべくデザイン要素としてはシンプルなものとして配置していて。そういった特定の機能というよりは機能のきっかけがいっぱい散りばめられているようなものとしてつくっていて。これら2つの段階っていうのは、1段階目は結構強い形態を提示していて、逆に2段階目では形態としてはあまりつくらずに実際に使えるっていう意味ですごく身体と結びつくものをつくっていて。そういった形のあるものとないものを往復しながら桂キャンパスの人々のイメージを引き出しながらつくっていこうということをしています。それがある意味可塑性として言えるんじゃないかということです。

平田:ちょっと長いね、3500文字くらいで書いたほうがいい文章になるような気がする。順序が悪いんじゃないかな、アレグザンダーとかボルノウとかぱらぱら書かないで…可塑性の話が言いたいのかエピジェネティックな形成みたいなものが言いたいのかどっちなの?

大須賀:今回言いたいのは可塑性かなって思っていて。

平田:じゃあその可塑性の話から始めちゃだめなの?読んでいて、お、っとならない。アレグザンダー?ボルノウ?んー…ってなってはい次、みたいな。もっと最初にぐっと掴まないと。それで興味があれば読み進んでいくんだよ。真面目すぎないかな。

大須賀:前談は可塑性とか1個に絞ったほうがいいですね。

平田:エッジーな文章にしたほうがいいんじゃない。traverse、先生方がつくってこられた伝統的な雑誌になっているから、その雑誌がもっている香りみたいなものは受け継いでいくとしても、あんまりそれに縛られて真面目にならないといけないみたいな雰囲気になりすぎていない?今のtraverseはもうweb上に展開しているんだから、もっと若々しいというかアクティブなtraverseになってるんじゃない?traverseって本来そういう意味だからね、領域を横断して変わっていく。あんまりかたくならないほうがいい。文章をエッジーに削っていくのは努力として要るんじゃないかな。あとは、図を描く。今ここで概念提起しているものとつくっているものとか、生きられた公共建築みたいなものと後成的なものと可塑性と…どう関係しているの?少なくともその三項においてどう関係しているのかを図式的に説明せよ、みたいな。その図式に対して具体的な建築における方策みたいなものがどういうものが考えられて今の例えば桂広場のプロジェクトはどう関係しているのかっていうことを図にしたらかっこいい。その図を見てまず、面白そうなこと言っているかもしれないっていう予感がするんじゃないかな。それできちっと読んでいくっていう感じにしたらいいんじゃないかな。

大須賀:三項挙げているものがどう動的かっていうことを図に。

岩瀬:今可塑性にフォーカスした文章にまとめ直すとした時に、可塑性をベースにして前談の話とかをちょっと入れていくっていう風に書くとして、桂広場における可塑性ってプロセスの話をしているのか、そのあたりもうちょっと教えてくれない?そこがもやもやしているんだろうなって感じがしていて。もし今できていなかったとしても何らかこの可塑性を宿しきれていないとしたら、その後これらを観察してどうしていきたいのかっていう目論見を書くっていう方針があってもいいのかもしれないし。可塑性って建築そのものがもっている物質的な話と、あとは使い手側が結局それを可塑性として展開していくかっていう側面もあるじゃない。必ずしも分解可能だからといってその後も分解してくれるとかそういう話じゃなくて、受け手の問題でもあるから。そのあたりも可塑性の話をし出すとあるなと思って。例えば木造建築って全部分解できるけど全部壊されているわけじゃない。色々と可塑性も広いから、どこにフォーカスしていくかをある程度クリアにもう少しできるといいのかなって思ったけどね。

大須賀:昔は形態の可塑性って思っていたんですけど、今回ある意味形のないところまでそれが言えちゃうような気がして。

岩瀬:その話を書けばいいんじゃない?

前田:今回の場合だと6案一旦展示したものが形を失って連続した意味を持ったまま今の地形ができているということですか?

高橋:ややこしいのは、プロセス的な可塑性と、今できている地面が土でできているから、設計自体が可塑的というか。雨で流されたりとか。

平田:生きられたっていうことと多数性を繋ぐ鍵にブリッジとなる概念があって、その概念を使って建築のつくり方を考えるとこういうことができるかもしれないというそのブリッジが2つあるみたいな図式になっている。2ついるの?

大須賀:基本的には3つある。

平田:(スケッチしながら)生きられたっていう話と、多数性っていうのがあって…単一性っていうか、一つの家族だったら生きられた家なんて言えるけれど、多数だとある程度以上になると難しいじゃない、という話があるのに対してこれを架橋する概念として可塑性とかいうものがあるんじゃないかという話?この概念を使えば架橋できるんじゃないかと。それを具体的に建築のプロジェクトではこういう方策がある、っていう話かなっていう理解。にも読めるし。

岩瀬:ミニコメントとして、生きられたっていうことが多数性においてどういう意味を持つのか。ちなみに定義は曖昧な気はしている。生きられたっていうのは、主体が明らかに、自分のものと使う人が一致しているけれど、多数性の話ってそうじゃないから。それが生き生き使われる状態ってどういうものなんだろうっていうのは、別途あるよね。孕んではいると思う。

平田:普通に考えると、多数になっていくと、ある普遍化とか、最大公約数化とか、そういった抽象化が働くから。だから生きられた状態と遠ざかっていくっていうのが普通じゃないですか。

岩瀬:そうですね。

平田:人数が10人までだったら生きられているかもしれないけど、100人になるとちょっと遠くなっていって、1000人になると、1万人になると、10万人になると…みたいな話で、段々、平均的な人間みたいなものになる。

岩瀬:つくる論理と使われる論理がセットじゃないですか、この話って。

平田:それで、多数に対して使われるとか一緒につくるっていうことを架橋する話っていうのがないと、多数の場っていうのは生きられているっていうことにはならないよ、っていう話。で、生きられた公共建築っていうのが、矛盾したものの言い方になっているんだけれど、敢えてその矛盾したものの言い方をして、新しい可能性を考えようというのが、まあ、僕が例えば太田の話をするときに、生きられた公共建築って言ってなかったかもしれないけれど、似たような話はしていて。その延長線上で考えていた中で、北大路ハウスを彼らと一緒にやって。北大路は多数ではないけど、でも、かなり多数の学生たちが関わっている。中島とかも神戸大から参加したりもして。それで、つくったことで、ある種の公共建築なんだこれは、っていうことでやっていたわけだよね。だから、数において、あるいは規模においては家に近いから、生きられた状態に近づきやすい。でなおかつ、建築学生だからみんなでつくるっていうことにも乗せやすい、という有利な条件を使って、公共性の場の中に生きられた性を重ね合わせる試みとして、北大路ハウスがあったという認識を共有していて。で、その北大路ハウスは何に向けてつくられていると宣言したかというと、生きられた公共建築みたいなものに向けてのモデルなんだ、という宣言をしてつくったと。つまりその多数性と生きられたというのをどう架橋するかっていう話の中で北大路ハウスのプロジェクトもやっていて、そういうことを受けて大須賀も何かを書こうとしている、というのは基本的にはあると思っている。ただ、じゃあ何を具体的にやればそれができるのかっていうのを、北大路の場合だと、つくり手と、設計者と、運営者が、たまたま全員が建築の学生だっていう特殊な条件だから可能なんだけど、それをもうちょっと一般的な場の中に投げ出すためには、もうちょっと概念的な装置がいるだろうと。あるいは何らかの戦略がいるだろうということで、何かちょっと見慣れない言葉を投げかけてみる、という立場なのかという。

大須賀:基本的には、そうですね。

平田:そのときに、エピジェネティックっていう話と、可塑性っていう2つの話が出てくるから、それが一体どういう関係なのかっていうのがすごく気になる。だけどそこに関してはあまり説明してないじゃない。ここの間に断絶があるだけで次に行くから。それがちょっと分かりにくいというか、もうちょっと説明した方がいいんじゃないかなって思うのと、単に図式的には本来はそこに断絶がある生きられた性と多数性みたいなものが、何か架橋される概念、一個だけ提示してそれで繋ぐっていう図式にして話したほうが、スパッとしてるんじゃないかなっていう気もする。

大須賀:そうですね、まさに悩んでいるところもあるんですけど、どんどん3つとか出していくと、3つ全部説明して、関係性とか言っていくと、長いし真面目だなっていうのがあって。エッジもないので。それは1個で。可塑性ってある意味一種の傷跡みたいな風にも捉えていて。時間性を内包するとか。

平田:エピジェネティックな形成っていうのも、ある種生物の可塑性っていうことだよね。

大須賀:可塑性から出た言葉で。同じことを、違う方面から言っているだけで。

平田:でもその可塑性には、かなり色々な水準の可塑性があって。

大須賀:そうですね。

平田:その色々な水準の可塑性に対して、一応整理したうえで論じないといけないのかもしれないね。

大須賀:そうですね、今3つとか言っていますけど、この3つもさらさら言っていて。

平田:3つの可塑性があるの? ああ、これマラブーの話にぎゅっと引き寄せられているやつだよね。でも1つ目の形を与えるっていうのが、これが、例えば今回のグラウンドだったらこういう形でとか、ザハ・ハディドの建築がこうだとかアルゴリズムでこうなるとか、ダーシー・トムソンのエビとカニが同じだとか、そういう話だよね。第二はなに?

岩瀬:でも第二も似てるんですよ。土だから。

大須賀:形を受け取る、変形するっていう。

平田:「硬直性と対置される」。そのときは、マラブーじゃなくてタレブーっていうじゃん(笑)ナシー・ニコラス・タレブーっていうじゃん。知らない? 半脆弱性って言ったりしてさ。アンチフラジリティ。硬直とか脆弱って近い概念で。カチンと壊れるみたいな。

大須賀:ああ、硬直性破壊と脆弱性性破壊とか。両方相反する域も持っているんですけど、それが成立するのは時間の中でどちらも起こる、っていうような。

平田:でも、例えば太田だったら、箱があってスロープがあってっていう形式があって、その形式はロバストなもので。ロバスト性に近いのかな?

大須賀:ロバストネスとか、レジリエンスみたいな。

平田:そうだよね、要するにいろんな要件があってもこう変えればこうなるし、こう変えればこうなるしっていう。でも、もとの個性は失われてませんよ、ってよく建築家がいうところの、ある種ロバストな形式性みたいなものとかと近い? それだけが答えじゃないかもしれないけれど、フレキシブルでありながら、特性は失われないみたいな。

岩瀬:「かた」ですよね。

平田:ま、かた、かた性。でも型っていうとさ、型は硬直した型もあるからさ。

岩瀬:なるほど。

平田:何々流はこうじゃなければならない、理由は知らない、って(笑)そういうんじゃあ、ないわけでしょ。

大須賀:それで、ある意味この最後の形が爆発するみたいな。抽象的ですけど、北大路で一旦壊しちゃったとか、そういう取り返せないような変化すらも受け入れていくようなことが、もうちょっと方法として出てきたらいいなっていう。

平田:でも3番目が一番重要だって言っているんだよね。

大須賀:そうですね。

平田:3番目がもう、爆発しちゃってもいいと。でこの3番目の話が、一番なんだかよくわからないんだけど、興味をそそられるよね。

高橋:これって痕跡を残すみたいなことじゃなくて、元に戻せないみたいなことではなくて?

岩瀬:3つ目はもうちょっと教えてほしい。

大須賀:もっと形とかじゃなくて。

菱田:今回の6案が地面整備になったのもこれって言っているんですよね。

前田:6案が爆発して地面になったと。

菱田:6案がなくなって、地面整備の時にそこで出た意見とかっていうものを盛り込むことを目指しながらやっているみたいなところを、この爆発した可塑性っていう風に言っているんですか。

大須賀:爆発しちゃったというよりは、爆発に近いというか。

平田:マラブーってデリダの弟子なんでしょ、だからややこしい人なんだよ(笑) そんなに簡単に理解できるような哲学ではないはずなんだけれど。大須賀は一応読んで共感したの? それを一節だけでも。アレグザンダーとか引用しなくていいからさ、みんな知っているんだから。どういう言葉に触発されているの?

大須賀:脳の話とかを挙げているんですけれど、脳は歴史であるっていう風に言っていて。脳がつくられていく過程がそもそも、例えば成長の中で幼児が形成していくような反応もあるし、ちょっと損傷しちゃって認知症とかになっちゃっても別のやり方で傷を回復していくようなことから、こういう可塑性とか。

平田:それは分かるよね。プラスチック爆弾に突然入るところらへんの記述が問題なの。何言っているかわからないようにならないようにすればかっこいいんじゃないかな。

大須賀:大きくは前の2つの形を与える、受け取るっていうのが構築的につくっていく可塑性って言っていて。最後のはもっと破壊的な可塑性。さっきも言った、脳の障害とかで記憶を失っちゃうみたいなことを言っていて。マラブーも自分の両親とかがそうなってしまって、そこから着想を得て書いているんですけれど。

岩瀬:そこが知りたい。

菱田:(検索しながら)発生の可塑性、調節の可塑性、修復の可塑性っていうやつですか?

高橋:プラスチック爆弾っていうのがよく分からないのは、プラスチック爆弾って爆弾自体が変化するみたいな。

岩瀬:可塑性爆薬、何が可塑性なんだ。自由に成形できる?

大須賀:指のここが消えるっていうのは初めから織り込まれているので、発生の可塑性なんですけど、例えば指がちょん切れちゃったみたいなとんでもない破壊的なことに対してもこの可塑性っていうのが言えるっていう。再生するんじゃなくて、指はもう死んじゃっているけど神経が別の形で何か……。

平田:でも発生と調節ってそんなに違うのかな。

大須賀:それはわりと表裏一体かもしれない。これは脳のことで言われているので多少違うかもしれないですけど。

菱田:調節の可塑性のところで例に出されているのは学習とか記憶とかっていうことで、発生のところはどちらかというと最初の受精卵から発生していくところの過程でのことが書かれている。受精卵から脳とか神経系の柔軟かつ複雑なシステムがどう成立するか、みたいな。調節のところの学習や記憶っていうのは、脳内にもう既に回路が与えられているけれどその回路の使用頻度がどれだけ高かったかっていうことで強度が変わっていくみたいな。

大須賀:海馬とか、記憶喪失でもう脳がいかれちゃっても、身体は同じだし、その人がいかにして同一性が担保されるのかっていう時に、この破壊的な可塑性っていうものが何か…。

平田:修復っていうのが記憶喪失とかに、あれなの?

大須賀:それが爆発とか破壊的な可塑性って言っていて。ある意味ではこのパンデミックとかも破壊的に色々と変えていくような。

平田:修復とかって、もうもとに戻れないじゃない、どう考えても。全く同じものには絶対ならないじゃない。ならないんだけど、ならないなりに何か、もとあったものがなかったら生まれないようなものになることはできるじゃない。それって何なんだろうって思う時はあるよね、それと似ている?

大須賀:そうですね。元通りにするっていうのではなくて、元には戻れないんだけれどそのものであり続けるために何か形成していくっていうような。

平田:プラスチック爆弾っていうのは半分シャレで言っていて、でもそういう断絶みたいなものを含み込んでも、なおかつ可塑的であると。可塑的っていうとどうしても連続性の層のもとに捉えるっていうのがありそうじゃない。何かが連続的に変化するから、パラメーターがパラメトリックに変わったら何でもできると。言ってみればアルゴリズム建築ってそういうものだよね。ザハ・ハディドの事務所のシューマッハがいろんな条件にパラメーターを変えればいけるっていうのは調節だね、たぶんね。そうじゃなくて全然違うことが起こった時に何ができるかみたいな話にはなってないっていうことだよね。そこがじゃあ、一番面白い可塑性なんだっていうことになってくるんだろうね。例えばふろしき案で、ふろしきの中で色々やったと。これは調節の層のもとでの可塑性を発揮したと言えると。その後で離れではもうちょっと別の段階でのプラスチック性を試そうとしたんだよね、それが成功したかは分からないけど。結局それが爆発したのか、プロジェクトとしては今止まっていると。それも一つの爆発のようなことかもしれないけど(笑) つまり全部プログラムされていて、うまくいったよっていう筋が通っているもののもっている胡散臭さっていうのはあるじゃない。ある筋書きの中に全部収まってしまうのかって。

大須賀:常に変化することを待っているような状態、変化を内包しつつもその変化が何かは分からずにずっといるようなことを言っていて。はじめから変えたいって思ってはいないけど、何かあったら変わっちゃうこともできるというか。色々なことに対して言えるけど、建築の案に対してもそういうことは言えるかなっていうのが。今回は案が1個に決まる前からやっているから、案ができたり消えたりっていう過程を記述していることになっていて。

平田:その辺の話って志藤の論文の時に、ドゥルーズが第一の時間の総合とか第二の第三のみたいなことをどこかで言っていて。最後がひび割れた何か、みたいなことを言っていて。その話と近いなと思ったんだけれど。

大須賀:時間性っていうのはすごく密接に関わっている話で。

平田:でもそうすると、プラスチック爆弾でバーンと爆発して終わるんじゃなくて、この3つの分類をすれば?1番目と2番目の発生と調節っていうのは似ている感じがあるんだよね。発生段階での柔らかさがあれば調節もできるみたいな話に聞こえるんだけど、そうじゃないのかな。有機体が発生する時に、遺伝子の中に何かある。調節っていうのはエピジェネティックな範囲の中で色々と調節できるものがあったり、脳の学習と記憶機能みたいなもので形成されていくものがあったりていう話で。でもそこに突然断絶が起こっても、何か修復して存在しているものも。そうやって実は豊になっていっているという話に結びつくということなのかな。最初の「名付け得ぬ質」みたいなものっていうのは、結局調節までの段階だったら論理的に何か名付けられそうだよね。

『traverse 新建築学研究』は京都大学建築系教室が編集・発行している機関誌です。17年度より紙媒体での出版を止め、web上で記事を発信していく事となりました。
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2018.10 | 112p
19
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2013.10 | 112p
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2014.10 | 112p
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ダイアグラムによる建築の構想
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古阪秀三,平野利樹
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2020.01 | 112p
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   木村吉成&松本尚子
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​木村吉成&松本尚子, 宮本佳明,伊藤東凌,井上章一
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​金多研究室「自分の仕事を好きにならな」
布野修司,竹山聖, 大崎純, 牧紀男, 柳沢究,清山陽平,成原隆訓,石井貴一

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