快適な/健康な住まいの環境とは

准教授 伊庭千恵美

はじめに-いのちを守る住まい

 今年の夏も平年以上の猛暑となった。2020年8月京都市で日最高気温が35℃を超えた日は22日である。住宅内で熱中症になり、救急搬送されるケースも多い。

 住まいをつくる・選ぶ時に何を重視するかは人によって異なると思うが、「安全・安心に暮らせること」の優先度は高いのではないだろうか。その意味で、耐震性や構造安全性を気にする人は多いが、適切な温熱環境を維持できることもまた、命を守る住宅の基本性能の一つである。

 エアコンなどの設備を入れたら良いという問題ではない。まずは住宅自体の底力とも言うべき熱性能を高めることが大切で、それは夏季や冬季の災害時に停電が起きてもある程度の室温を保つことにも繋がる。その上で、設備を上手に活用していくことが大切である。

 これを前提として、快適な/健康な住まいとは、ということについて少し考えたい。

快適さは人それぞれ、でも健康は?

 多くの人が利用するオフィスや店舗と異なり、住宅は非常にプライベートなものなので、基本的には居住者が満足する環境であれば良い。ただし、地球環境を考えるとできるだけエネルギーを使わない方が良いし、居住者自身の健康を損ねるものでない方が良い。

 人間が環境に対し温かさや冷たさをどう感じるか(温冷感)とそれを快適・不快と感じるかどうか(快適感)は、暮らしてきた地域や育った環境の影響が非常に大きい。例えば、インドネシアなどの蒸暑地域では、近年エアコンが普及し非常に低温での冷房が好まれる1)。また、筆者は京町家の温熱環境調査を約5年にわたって行ってきたが、北海道出身の筆者にとっては寒いと思われる冬季の室温であっても、町家の居住者は「こういうものだと思っている」とのお話であった。

 住まい手自身の住経験により快適な環境や許容できる環境は様々であり、さらに季節により変化し得るものでもあることを考えると、どのような環境で生活することが良いという基準を示すことは難しい。住宅の仕様・性能・設備、そして住まい方によってどのような環境になるか、ということを予測し提示することが、環境工学の技術者としての役割であると考える。

 一方で、居住環境が居住者の健康を害する可能性については明らかに示さねばならない。最近では、人体の皮膚と環境の熱伝達や汗の蒸発、皮膚と深部の熱伝導、血流による熱移動、代謝による熱生産をモデル化し、環境・衣服・運動の条件を入力すれば人体の温度や血圧を予測することができるようになってきている。住宅内で特に問題となる冬季の入浴時のヒートショックについての研究が進んでいる2)が、夏季の熱中症についても早急な検討が必要であろう。

室温が32℃(外気温が36℃)の時、日射が当たる無断熱の屋根の内側表面温度は40℃を超えている。自分でも気づかないうちに体温が上昇することがある。

京町家の深い庇は夏季の日射を遮り、冬季はこのように室内に日射を取り込むすぐれた仕掛けである。断熱雨戸やハニカムスクリーンを併用して断熱性を高めることで、このような大きな開口と省エネも両立できる。

周囲の環境要素と衣服・行動に応じて人間の皮膚温や深部温がどう変化するかを計算する人体熱モデルの例。 これに、血圧や血流量を予測する血液循環予測モデルの研究が進められている。

環境を構成する要素

 室内での人間の温冷感に影響を与える環境要素としては、空間の温湿度、室内の壁や床、天井の表面温度、室内の気流の速度がある(人間側の要素として着衣量と代謝量がある)。

 設計においては、住宅本体の断熱と蓄熱、日射の遮蔽・取得、吸放湿と防湿・透湿、通風と気密、換気のバランスを取り、環境要素をどう制御するかを考えることが大切である。特に防湿性と気密性は混同されやすく、「高断熱高気密住宅は息苦しい」というような誤解を招くことがある。熱と湿気と空気がどのように関係し合い、それぞれどのような制御が可能であるかということを、居住者にも設計者にも丁寧に説明する必要があると日々感じている。

 快適さには、温湿度や気流だけではなく明るさや音、素材感も関係する。大きな窓は光や景色を取り込むが、熱の取得・損失を増加させ、室の防音性も低下させる。吹き抜けは解放感のある気持ちのよい空間をつくることができるが、冷暖房を効率よく行うことは難しく、冬季暖房時に不快な冷気が降りてくることがある。現在(2020年)のように室内の空気質や換気が注目される場合には、熱負荷の増加には目をつぶっても換気量を増やしたいという要望もあるだろう。環境を構成する要素にはこのようにその影響がトレードオフの関係にあるものも多い、ということを知っておくことが大事である。

環境の調整・制御は誰が行うのか

様々な選択肢がある中で何を重視するかは居住者の好みによる。

住宅の熱性能を高めた上で、機械設備で制御された空間を好む人もいるだろうし、太陽や風を取り込むパッシブな住宅を好む人もいるかもしれない。このような住宅では、居住者が自分で環境を調整できる仕掛けを作っておくことが大事で、季節に応じた日射の取り入れ・蓄熱と遮蔽、夏季の夜間通風により蓄冷、断熱雨戸の開閉で熱損失を減らす、といった住まい方の工夫で、エネルギーをあまり使わずに温熱環境をより良いものにすることができる。このようなパッシブな住宅で快適に暮らすには、住まい手がよく考えてアクティブに動く必要がある、ということも大事な視点である3)。

いずれにしても、居住者が満足できる環境を設計者がつくりあげる、環境工学者はそのための技術的な支援をする。あるいは一緒になってつくり上げることができるようになれば良いと思う。

参考文献

1) Ekasiwi, S.N.N., N.M. Abdul Majid, S. Hokoi, D. Oka, N. Takagi, and T. Uno. 2013. Field survey of air conditioner temperature settings in hot, humid climates: Questionnaire results on use of air conditioners in houses during sleep. Journal of Asian Architecture and Building Engineering 12(1):141–8

2) Liu Han, Daisuke Ogura, Shuichi Hokoi, and Chiemi Iba. Development of blood circulation prediction model for the design of healthy bathing thermal environment, Part 1: Experiment of human physiological response considering blood flow and dehydration during bathing, 日本建築学会大会学術講演梗概集 環境工学, pp.181-182, 2020.9

3) 伊庭千恵美: 住まいの温熱環境と省エネルギー「スマートでアクティブな」環境調整で健康な住宅を, 建協会報, 京都府建築工業協同組合, No.96, 2014

『traverse 新建築学研究』は京都大学建築系教室が編集・発行している機関誌です。17年度より紙媒体での出版を止め、web上で記事を発信していく事となりました。
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