建築環境が利用者に与える影響に関する研究

―介護施設の建替えに伴う、介護職員の行動とストレスの変化

 

修士課程1回生 岡澤悠花

建築と行動

 高齢化が進む日本においては、特別養護老人ホーム(以下、特養)を対象とした研究が盛んに行われており、研究結果を踏まえて個室ユニット型が2002年に制度化された。職員の効率性を重視した従来型のケア形態から、生活単位を小規模化し、入居者にとって過ごしやすい生活の場として役割を重視した、ユニット型のケア形態へと変化した。しかし、ユニットケアの有効性の検証は十分とは言えない。具体的には適正な「介護単位」に関する人員配置については研究が行われているが、介護環境が職員のケアの質に及ぼす効果については検証が不十分といえる。そこで本研究では、2019年7月に建替えが行われた山梨県の特養を対象として、ユニット化による環境の変化が、職員の行動およびケアの質に与える影響を明らかにすることを目的とし、実地調査を行った。

 

3大学合同調査

 調査は近畿大学、東北工業大学の3大学合同で行われた。調査対象施設は、2019年7月に従来型の施設からユニット型の施設へと移行した特養であり、2019年6月に移行前の調査、2019年11月に移行後の調査を行った。調査方法は、行動観察調査、ライフコーダを用いた身体的活動調査、ウェアラブルデバイスを用いたストレス調査の3手法を用いた。

 なお、建替えに伴い、介助方法にも変化が見られた。建替え前は調理をせずに、届いた食事を一斉に配膳していたのに対し、建替え後は各ユニット内にキッチンが設置されたことで、ユニット毎に簡単な調理を含む食事の準備や片付けが行われるようになった。また、浴室は全フロア共有で一ヶ所あり、 複数の職員が複数の入居者に対して入浴介助を行っていたが、建替え後は 2ユニット毎に設置され、マンツーマン入浴が行われるようになった。以上を前提として分析を 行った。

行動観察調査から明らかになった変化

 職員1人に対して調査員が1人つき、追跡調査を行った。調査項目は、時刻・滞在場所・介助行為・会話・姿勢の5項目であり、1分ごとに記録して建て替え前後を比較した結果、以下の変化が明らかになった。

 

・職員の滞在場所

職員専用スペースの滞在割合が減少し、職員と入居者の両者が利用するスペースの滞在割合が増加した。入居者と関わりやすい環境へと変化したと予想できる(図1)。 

・職員の介助行為

入浴介助の計測合計時間が減少した一方で、食事介助、食事介助準備・片付けの計測合計時間は増加した。さらに、直接介助の割合が減少した一方で、間接介助の割合が増加した。これは、キッチンの設置により、食事介助、食事介助準備・片付けに割かれる時間が増加したことが理由として考えられる。食事介助全般に関して、建替え前はフロア間で開始・終了時刻に大きな変動はなく、所要時間も60分程度となっているが、建替え後ではユニット間の差が大きく、所要時間にもばらつきがある(図2)。食事に割かれる時間の増加が見られるが、ユニット内で職員の役割分担をしている場合も多く、ケア全体の質の低下につながったとは考えにくい。

・職員の会話

会話の話し手と聞き手、会話内容、会話に伴う介助行為の3要素を記録した。その結果、職員が会話のみ行う割合が減少し、間接介助をしながら、または食事介助全般に伴う会話が増加した。さらに、会話内容も事務的な会話に比べ、日常的な会話の割合が増加した。入居者と職員が同じ空間にいる機会が増加するなど、介助をしながら気楽に会話ができる環境へと変化したと考えられる。

図1 建替えに伴う滞在場所の変化の割合

図2 食事介助関係の所要時間

(上図:建替え前、下図:建替え後)

図3 建替えに伴う運動強度の変化

図4 建替えに伴う歩数の変化

職員の動きの変化

 ライフコーダを装着することで、歩数や運動量を記録し、勤務時の身体的活動を明らかにした結果、建て替えに伴う以下の変化が明らかになった。

・運動強度

安静時を基準とした際の活動の強さである運動強度を測定し比較した結果、中央値に変化は見られなかったが、強度0が増加し、運動強度の平均値は減少した(図3)。身体活動の小さい仕事の割合が増加したと言える。

・歩数

1分間の歩数についてマン・ホイットニーの検定を行ったところ、平均に有意差が認められた(P<0.01)。歩数の増減の割合を加味すると、歩数の平均が有意に減少したことが推測できる(図4)。

 

調査の過程で、「歩数が減って楽になった気がする」という職員の声を聞くことが多かったが、これらの結果より、ユニット化に伴い移動に伴う身体的負担が減少したことが実際に明らかとなった。

 

 

 

ウェアラブルデバイスを用いたストレス調査

 この調査は、株式会社arbletと共同で行った研究の一環であり、移行前調査に間に合わなかったため、移行後のみ実施した。介護職員のストレスについては、アンケートなどに基づく主観的な調査はあるが、生理的な視点から明らかにした研究はまだほとんど実施されていない点で、本研究には新規性が高いと考えられる。

 リストバンド型ウェアラブルデバイスを手首に装着し、生体情報(心拍、皮膚温度、血圧など)を計測した。このデバイスの特徴は、5秒に1度などまびいて計測する他のデバイスに比べて、生データを取得できる(計測頻度:50Hz)こと、長時間連続した記録が可能である(24時間程度)こと、の2つが挙げられる。

 

 元データ(脈拍・加速度)から、ノイズ除去を行い、心拍変動(HRV:Heart Rate Variability)解析を行い、その結果得られた以下の①~③の値から、平均値Rhrv値(Rescaling of heart rate variability)を算出した。Rhrv値が大きくなるにつれ、ストレスが上昇することを示している。

※それぞれの計測項目について、各個人の平均値に対する大小を明らかにする。その際、上記の組み合わせに関しては、ストレスの高低を言うことができる。上記の大小の組み合わせに当てはまらない6パターンでは、ストレスの高低の判断はしない(どちらとも言えない)。


 さらに、ストレス値を高い、低い、どちらとも言えないの3パターンに分類し、それぞれの合計計測時間も算出した。これらの結果から、Rhrv値および項目ごとの合計計測時間と、職員の介護動作および滞在場所との関連をそれぞれ組み合わせることで、ストレスが高い/低い傾向にある介護動作や滞在場所を分析した結果,以下の点が明らかになった.

・ルーティーンワークなど慣れがある作業はストレス減少傾向にある(間接介助、直接介助の多くのもの)。

・状況にあわせて対応する(頭を使う)作業、責任を伴うもの、相手(話し手、読み手)がいる行為では、ストレス増加傾向にある 

・滞在場所に固有の行為も多く、滞在名所と行為分類のストレスの増減の傾向は似ている。 

図5 介助行為ごとのストレス値の例

今後の課題

 

 以上から、ユニット型への環境移行に伴い、職員間や職員と入居者間の関わりが自然と増加したことがわかった。また、身体活動の減少から職員の負担の軽減も明らかになった。全体としてはケアの質は低下しておらず、ユニット毎のペースにあった、効率的なケアが行われていると言える。

 今回は建替え前後に調査を行ったが、時間を置いて再調査することで、環境が人々に与える影響を長期的な観点から明らかにできると考えられる。また、ストレス調査は、生理的な視点から建築を評価する点で新規性が高く、介護施設に限らず、どのような施設を対象とする際にも重要な指標となることが考えられる。

『traverse 新建築学研究』は京都大学建築系教室が編集・発行している機関誌です。17年度より紙媒体での出版を止め、web上で記事を発信していく事となりました。
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