【対談】 岸和郎×平田晃久

        

 京都で建築と向き合う

聞き手:岩見歩昂、川部佳奈、木下真緒、松岡桜子
2021.8.16 ZOOMにて

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長年京都のさまざまな大学で設計教育に携わり、古都・京都で活躍する建築家としての顔ももつ岸和郎。現在の京都大学設計演習を牽引しつつ、建築家としても第一線で活躍する平田晃久。二人がともに学生時代を京都大学で学び、学生の前に立つ立場となった今、京都の地で建築と向き合うことについて考える。

——先生方が学生時代の京大の雰囲気や、設計演習はどのようなものでしたか。

 

岸——僕は 1969 年の4月に京大の電気工学科に入学して、4年間卒業研究までやってから、建築学科の3 年生に入りました。そのころは大学紛争真っ盛りで、特に大学教授の言うことなんか信じるなっていう時代です。

 

だから、のっけから大学の先生を尊敬する雰囲気っていうのは全然ない。製図室は大学の先生が入れるような場所ではなかったですね。製図室に入ってくることは、僕たち学生に殴られるということを意味していましたから。課題も1年分を2月にまとめて提出するというのが設計課題だった。

 そんななか、建築学科に入って大きかったのは、増田友也先生と出会ったことですね。今でも覚えているのが、増田先生の小学校の設計課題説明で、小学校の説明とか面積とかそういうことは何も言わずに、「建築とは何か」っていう話を30分して、以上、課題説明終わり、と。

 

僕が覚えている設計教育というのは増田先生のこの30分ですね。衝撃的で、かっこいいわけですよ、人間として。設計がどうこうっていうより、建築家ってすごいな、そんなことを考えていられる仕事なんだ、って思いましたね。だから設計教育というよりは、増田友也に建築家の姿というものを見たという感じでした。

 

 その姿に憧れて設計やろうと思ったわけですけど、一方で、70年安保の世代なので、そんなに素直な反応はしません。普通は設計をやるんだったら設計の研究室に行くわけですが、みんなが行くとこに行っても同じ人生しかないから、それはやめようと思って川上貢先生、建築史の先生の研究室に行きました。

 

 もう一つ、当時ロバート・ヴェンチューリの『建築の複合と対立』という本が出たのも一因です。たくさん歴史について述べられていたけど、一言もわからなかった。でも、現代建築を知るためには歴史を勉強しなきゃいけないんだということだけは分かって、現代建築を分かるようになりたい、設計できるようになりたいと思って、歴史の研究室に行ったわけです。

 

平田——岸先生のようなドラマティックな話は、ずるいですよね(笑)。僕らの時、1990年っていうのは、バブルも弾けた後だから、社会が弛緩し始めたぐらいの年。のんびりとした雰囲気ではありました。

 

 僕の中で設計教育というと、最初に僕が建築家の話を聞いたのは非常勤講師だった高松伸先生です。 風景のパビリオン・こども美術館という謎めいた課題の説明会で、まさに30分ぐらいのお話でした。 何かを見て風景を生成させるっていうこと、建築っていうのはそういうものを作ることなんだ、という内容でしたね。視線をどのように限定するのか、例えば壁によって視線を導いたり、スリットを開いたりとか、色んな例を黒板にチョークでスケッチするんだけど、それが綺麗なんですよ。高松さんってすごく難しくて分かりにくい話をしてくるんだろうな、と身構えていたんです。

 

というのも当時、高松さんが新建築等に発表している文章は漢文みたいで、何言っているか分からないけれどとにかくすごそうだっていう感じだけ伝わってくる、みたいな文章だった。でも実際に生で話を聞くと、ものすごく分かりやすい。

 

だから、あれだけ謎めいた作品をつくっている人が、ものすごく明晰な頭で考えているんだ、そういうのが建築家なんだなあ、かっこいいな、と感じました。建築家にやられるっていうパターンとしては、岸先生の話とどこか似ているのかな。

 

 もちろんその後、他の建築家にもたくさん出会って、様々なタイプがいることもわかった。でもとにかく、建築家とか批評家っていうのは、ものすごくいろいろなバックボーンを持っていて、独自の発言をできる人なんだな、というのは感じました。

 

例えば布野先生とか竹山先生とか、先生同士がどんどん絡んでいって、学内の批評空間みたいなものが、講評会という名を借りて展開している感じはあったんですよ。 それが面白いかもという感じは受けていました。

 

 あとは、当時の京大の設計演習は、圧倒的な放任主義状態と、その後に講評会を一気にやりだす気運の境目に位置していて、僕らの世代は、出したら出しっぱなし設計演習も体験しているし、濃密な議論が展開される講評会がある設計演習も体験していて。僕らの学年の時に建築家熱みたいなものが高まって、それまで全然いなかったアトリエ系志望の人が、急に10人近く出ました。かなり個性的で刺激的な同級生に恵まれたと思います。

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大学院で歴史研究室に属していた岸が書庫で出会い自身の人生を決定づけることとなった本
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平田先生の学生時代

——平田先生の学生時代に、講評会が京都大学でも始まった話があったと思うのですが、当時の講評会は今の講評会とどう違いましたか。

平田——先生、怖かったです。すごく怒られるんですよ(笑)。 デザインセンスのかけらも感じないとか、そういうことを平気でスコンと言われたりするから、まともに受け取るとなかなか立ち直れないんだけど(笑)。

 

でも、自分たちの建築の議論をするのと同じ地平で、学生たちの作品もだめな時はだめとこきおろす、みたいなフェアさって言ったらいいのか、そういう感じはあって。同じ基準であまり包み隠さずに、思ったことをストレートに言っているんじゃないかっていう、ある意味では今の講評会の原型みたいなものはあったかもしれないですね。

 

 京大的なものっていう意味でいうと、それまではもう徹底的に放任じゃないですか、2 月にまとめて提出とか。だけど、そのなかにある濃密な空気感が漂っていて、直接的になにか言われるわけではないんだけど、その人が考えるっていう場があったのかもしれないなという。

 

岸——僕自身は設計教育を受けたとあまり思っていなくて、増田先生がそうであったように、設計をする人のpresenceを見ることが教科書みたいな感じだったんですね。僕は京都大学に来る前に京都工芸繊維大学で教えていましたけど、工芸繊維大学の講評会は厳しいんですよ。まず褒められるっていうことはなくて、批判してもらえるのが嬉しいっていうような、どこか学生たちがマゾヒスティックな感じになるようなところがあって。学生たちはもう講評会っていうと一週間ぐらい前から、神経がとんがってくる感じだった。

 

 京大に移って、4月の第1回目の最初の課題の草案で、普通に「これ、こうじゃない?」って指導を していたら3人泣いたんですよ。今も覚えている。非常に穏やかに言っているのに3人泣いたので、僕もうカルチャーショックで。高松さんのところに行って「高松さん、今日、3人泣かせちゃった。どうしたんだろう京都大学」って言ったら、「いや、俺も泣かしたから安心してろ」というふうに安心させてはくれたんですけれども(笑)。 みんな優しさに慣れてんじゃないのかなと思いました。

 

工芸繊維大学なんかですね、出来の悪い図面だと図面をゴミのように先生が扱うんです。手で触るのも汚れるから俺は触んないよ、お前次のページめくれ、みたいな感じに。図面というものの大切さをそういうやり方で学ぶわけですけど。

 

 京都大学にきて、もちろん時代の流れ、ハラスメントに敏感な時代というのはあるんだけど、褒めてあげなきゃだめなんだ、と泣いた学生の姿を見て思いました。それで、その次の週に泣いた3人がどう変わるか見ていようと思って見ていたら、その3人のうち1人がぐぐっと伸びるわけ。

 

僕に何か言われたことを「馬鹿野郎」っていうふうに思った奴がいて、そいつがぐぐっと伸びて、「ああ、よかった、 あの指導間違えてなかった」っていうふうに思いました。ただ、こんなに簡単に泣くのかとも思いましたね。2つの大学の設計演習の草案の違いを感じた時でした。

 

平田——僕らの時は学生もみんな口が悪かった。先生や建築家のことを平気で批判していたし、まあ今の学生もそうかもしれないけど、十分尊大な学生たちだったんだよね。先生たちがわーって言っても、ふーんって感じだったし、人の作品に対して、結構批判的なことを言い合うみたいな文化があって、お互いに磨きあっていたようなところがあった。

 

 僕、東京行ってびっくりしたのはそういう文化があんまりないっていうところ。東京の学生は、悪いっていうことを表立って言わないけど、褒めるポイントが違うことによって婉曲的に伝えるっていう文化があることに気づいて。でもそれに気づくまで、ものすごくクリティカルなやつだっていうふうに思われていた。

 

 京都に戻ってきたら、京都の人たちも意外に穏やかになっているので、ちょっと寂しく感じたりはしていたんですけど(笑)。 でもやっぱり京大生と接していて思うのは、言ったことに対して、そのまま受け入れるというより、抵抗みたいなのを感じる時があって。そこはやっぱり僕好きですね。鵜呑みにされるよりも、その人の中の抵抗感で受け止めている感覚は信頼できるなという。そこは変わっていないところとしても挙げられるかな。

『traverse 新建築学研究』は京都大学建築系教室が編集・発行している機関誌です。17年度より紙媒体での出版を止め、web上で記事を発信していく事となりました。
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2018.10 
19
インタビュー:米沢隆
workshop:
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essay:
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竹山研究室「驚きと喜びの場の構想」
平田研究室「建築が顔でみちるとき」
布野修司,竹山聖, 金多隆, 牧紀男, 柳沢究,小見山陽介
18
2017.10 
インタビュー:五十嵐淳
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essay:
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五十嵐淳
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Galyna SHEVTSOVA
17
インタビュー:野又穫
2016.10 
interview:
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野又穫,松井るみ,石澤宰,柏木由人
​竹山研究室「無何有の郷」
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16
2016.1
interview:
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特集:アートと空間
2014.1
14
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essay:
松井冬子,井村優三,豊田郁美,アタカケンタロウ
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特集:建築を生成するイメージ
2015.1
15
ホンマタカシ,八島正年+八島夕子,高橋和志,島越けい子
ダイアグラムによる建築の構想
​竹山聖,布野修司,大崎純,
古阪秀三,平野利樹
interview:
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20
2020.01 
インタビュー:
   木村吉成&松本尚子
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essay:
​木村吉成&松本尚子, 宮本佳明,伊藤東凌,井上章一
竹山研究室「オブジェ・アイコン・モニュメント」
神吉研究室「Projects of Kanki lab.」
​金多研究室「自分の仕事を好きにならな」
布野修司,竹山聖, 大崎純, 牧紀男, 柳沢究,清山陽平,成原隆訓,石井貴一
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​満田衛資, 蔭山陽太, 鈴木まもる×大崎純
学生座談会
小椋・伊庭研究室
小林・落合研究室
平田研究室
三浦研究室
​井関武彦, 布野修司, 竹山聖, 古阪秀三, 牧紀男, 柳沢究,  小見山陽介, 石井一貴, 菱田吾朗, 岩見歩昂, 北垣直輝
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インタビュー:満田衛資
2020.11 | 
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