【リレーインタビュー】 インテリアプランナー・藤江和子 

  家具-そこに座るものがあること

聞き手=奥山幸歩、北垣直樹、周戸南々香、原健登

2021.10.6 藤江和子アトリエにて

Traverse22で9回目を迎えるリレーインタビュー企画。

前回のインタビュイーである構造家の満田衛資氏から藤江和子氏へたすきを繋いだ。

家具デザイナーである藤江氏はこれまで数々の建築家と協働して、公共建築の家具や内装を設計されてきた。密になることを良しとされない現在、公共建築における家具の利用が制限されて人と家具あるいは建築の関係性が見直されるタイミングにあるだろう。インタビューを通して、「建築に内包された家具とその利用者、そしてそれらを取り巻く社会」の関係性について藤江氏の考えを探ろうと試みた。以下、満田氏からの推薦文である。

「建築家と協働して家具を設計した経験のあるインテリアデザイナー、を紹介してほしいという依頼に対し、私が真っ先に思い浮かべたのが藤江和子さんでした。私が構造担当した多摩美術大学付属図書館の家具デザインを藤江さんが担当されていて大いに感銘を受けたのが一番の理由です。多摩美術大学付属図書館はコンクリート打ち放しのカーブしたアーチが連続する、ある意味で建築がすごく強い空間です。しかも1階床が緩やかに傾いていて、家具デザインを行うにはとても難しい空間であったにも関わらず、家具が負けてしまっていることもなく見事に溶け込んでいました。家具が主張しすぎることもなく、人間を優しく受け止めるようにしっかりと存在していました。当時の私は、家具はそれ自身がいかにカッコよくデザインされているか、みたいな視点しか持ち合わせておらず、そういう意味では、建築に溶け合った家具デザインを感じた最初の体験だったように思います。」

 

満田衛資氏(構造家)

IMG_8844.JPG

藤江和子氏(撮影:編集委員

 

 

―家具デザイナーになるまで

 

ーーまず家具デザイナーを目指されたきっかけをお教えください。

 

私の場合は、最初から家具デザインをやりたいという理由で大学へ行ったわけではありませんでした。私は普通の勉強はあまり好きではなかったけれど、絵を描いたりだとか、そういう分野は好きだったので、その方面にいきたくて美術系の大学に入ろうと決めました。そして学科を決める際に、将来の生活のことなどを考えると絵描きになるほどの力は無かったので、デザインの分野を専攻することにしました。ただ当時は、1960年代中頃というとまだ大阪万博が開催される前ですから、世の中の機運が今とは全く違いますよね。デザインという言葉がもつ意味も今とは少し違いました。当時はデザインというと、専ら今でいうグラフィックデザインと同じような意味合いを指す言葉として使われていて、デザイナーといってもグラフィックデザイナーやファッションデザイナーといったものしか、あまり文化として浸透していませんでした。その当時は家具デザインという分野がまだ一般的ではなかったので、家具デザイナーという言葉事体もほとんど耳にしない時代でした。

ーー大学で家具デザインを学ばれたのはなぜでしょうか。

私が入学したデザイン科というのは科のなかでもいろいろ分かれているんですよね。今述べたようなグラフィックデザインをするところと、工芸品のようなプロダクトをデザインするところと、あとは舞台装置や空間をデザインするところ。そのなかで、私はグラフィックデザインのような平面的なデザインよりも、立体的なものをデザインする方が面白いと思ったんです。そしてそのとき私の兄がちょうど建築設計の分野にいたので、兄からそういうインテリア関連の分野があるというようなことも聞いていました。そういった影響もあって、造形物のデザインが学べる武蔵野美術短期大学の工芸デザイン専攻に進みました。

ーー大学を卒業後、宮脇檀建築研究室で勤務されていますが、なぜ家具設計の道ではなく建築設計事務所で働くことを決断されたのでしょうか。

私の時代は、まだ女性に対する就職の選択肢というのは多くありませんでした。そのようなときにたまたま私の兄が、建築家の宮脇檀さんが事務所で人を探しているというのを聞いており、その情報を教えてくれました。その当時事務所には建築のスタッフは何人もいましたが、インテリア分野の人を少し探しているということで、タイミング良くそれで就職することができました。建築の設計事務所ですから、家具メーカーとは違い、住宅や商業建築の設計は建築セクションにいるスタッフが担当し、その中で私はインテリアの仕上げや作り付け家具といった、造作家具の設計や市販家具のセレクト、コーディネートを行っていました。

ーーそうして宮脇檀建築研究室で働かれるなかで、家具デザイナーとして独立されるきっかけのようなものはあったのでしょうか。

 

宮脇さんのところにいたのは3年あまりだったと思います。ものすごい密度でいろいろなことを経験しました。ただ宮脇さんの事務所はやはり設計事務所ですので、設計が主な業務になっていました。そうすると、実際にものをつくるというリアルな体験ができず、ものづくりの現場の知識がなかったんです。それはあまり良くないなと思っていた時、あるきっかけで知り合った遠藤精一さんが設立されたエンドウプランニングで家具のデザインを手伝うことになりました。そのなかで建築家の仕事を実際に手伝うことも多く、そこでは設計して施工までするという、リアルな体験をさせてもらいました。

ーーそちらの方が藤江さんの考えにあっていたということでしょうか。

 

そうですね。やはりものをどうやってつくるかを考えるときに、もの自体の材料のリアルさや、加工の具合などは、製作の現場と繋がっていないと分からない。デザインというのは形だけではないですから。そのことをどれくらい分かっているかというのは非常に大事だと思います。そうしてエンドウプランニングで働きながら、いろいろな建築家と関わる機会も増えてきまして、そのうちに独立し事務所を構えました。

ーー家具デザイナーとして活動されるなかで影響を受けた出来事はありましたか。

 

エンドウプランニングから独立する時に、事務所を置く場所が見つからず、候補を探していました。その時、ちょうど元倉眞琴さんも槇文彦さんの事務所から独立するということで、一緒にどこか場所を探そうということになりました。そしてこれもたまたま、山本理顕さんが事務所を引っ越さなければいけないというタイミングと重なって、それじゃあみんなで一緒に引っ越そうという話になりました。それで結果的に、スタッフをかかえた山本さん、元倉さん、私、宗形さんというカメラのデザイナーの4人で中目黒の一室にオフィスを構えることになりました。1部屋に数人。その部屋の中で、山本さんも、元倉さんも、私も、みんな製図板1枚ずつ。要するにシェアオフィスですよね。

 

 

―建築家からの刺激

 

ーーそこまで人間関係が近い距離で働けるなんて刺激が強そうですね。

 

確かに距離は非常に近かったですね。ただ4人で同じ仕事をするわけではなかったんです。同じ部屋でそれぞれ別々の仕事をしているんだけど、そのなかで時々協力しあうという感じでした。まあ半分以上遊んでいた気がするけど(笑)。でも、そのなかで彼らといろいろな会話をすると、建築家の考えが伝わってくるし、私が苦労している時には、こうしたほうがいいよという助言がもらえます。1部屋の少し大きなスペースを分けてそれぞれ仕事をしていたのですが、やはり空間が一つということが非常に大きかったですね。皆さん仕事で、電話連絡や打ち合わせ等のやり取りをたくさんするじゃないですか。その内容が全部聞こえてくるわけですよ。高さ1800 mmの本棚で間仕切りをしているだけだから、全て聞こえてきます。元倉さんはどのように打ち合わせしているかとか、山本さんが設計中に何を悩んでいるかとか。そういう環境下でしたので非常に建築のことを勉強できました。

ーー建築家が考えておられることを肌で感じることのできる環境で家具デザインができる。確かにそれは特別な環境だと思います。そのようなシェアオフィスの日々から藤江さんの家具デザイン論のようなものが培われたのですね。 

 

様々な建築家と出会って、一緒に仕事をしてきたというのはいい方向に働いてるのかなと思っています。建築というのはその時代の世の中の動きを、時にはリアルタイムに、時には少し遅れて、時には先立って読み取ることで形になると思っています。ですので、優秀な建築家の方々は時代の流れを敏感に読み取って設計しておられるから、そのような方々とのお話の中から頂いた刺激は大きかったです。

ーー藤江さんの思考も、家具デザイナーというより、そういった建築家の方々に影響を受けているのでしょうか。

私は建築と家具の境界をあまり意識していないので、そこに違いがあるのかどうかは分かりません。家具デザインといっても、全て建築と共に考えてデザインしますから。つまり、建築の世界から生まれる考えのなかで必要とされるデザイン、というのが私にとっての家具デザインなのです。この考え方は、宮脇檀建築研究室にいる時からずっと変わりません。建築の設計図があって、設計構想というのがあって、そのなかで私は何をすべきかという考えが私のスタートになっています。

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『traverse 新建築学研究』は京都大学建築系教室が編集・発行している機関誌です。17年度より紙媒体での出版を止め、web上で記事を発信していく事となりました。
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2020.01 
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