【リレーインタビュー】 構造家・満田衛資
住宅という巣
―自邸をつくる
断面図 (クリックで拡大)
左から順に地下1階、1階、2階平面図 (クリックで拡大)
以上4点 図版提供:満田衛資構造計画研究所
ーー今回、traverse21のテーマは「巣」です。満田さんは日常の色々な環境の中で「巣」を意識されることはありますか。
巣は人間にとっては自宅や実家という意味合いを強くもつように思います。たとえば会社や学校へ行くというのは感覚的に巣の話ではなく、やはり寝食が伴っているところでないと巣とは言い難いのかなと思います。ところが、寝泊りしてご飯を食べるだけなら旅先のホテルでもできるものの、ホテルも巣ではないなという気がします。やはり巣という言葉は日常的かどうかというニュアンスを含んでいて、自分の日常とリンクしているものを指しているのだと思います。
ーー構造設計者という立場で、他の誰よりもさまざまな建築家の思想を深く読み取ってこられたと思います。そういったご経験は自邸設計の際、ご自身の建築観や住居観にどのような影響がありましたか。
もちろん影響された部分もありますが、住居観よりも狭さに対する切実さのほうが強かったですね。狭い土地でも気持ちいい家をつくることにトライする建築家さんとたくさん仕事してきたということもあって、この狭さを克服するのが自分のやるべきことだという漠然とした思いもありました。うちは僕を含めて4人家族で、妻と2人の娘がいます。建てる時の自分の住居観や周囲の環境だけでなく、家族構成にもよって設計する部分がありますね。元々同じ敷地に住んでいて、いま向こう側に見えているような家が対称に反転してるような感じでした。北側接道で、57平米しかない上に、建蔽率が60%、容積率が100%です。容積率100%ということは、頑張って建てても延床面積が57平米ということになります。この敷地で以前住んでいた家は、1階を少しリフォームしてLDKとして使っていて、2階は4畳半の部屋を通って6畳の部屋があるような、いわゆる2LDKでした。親が寝ている部屋を通らないと子どもたちが自分の部屋にいけないので、子どもが中学生くらいになると、本人にとっても家族にとっても居心地悪く、子供たちの個室が必要だろうと考えるようになりました。広いところに引っ越すか、ここで建て替えるかという切実さが大きく、設計する際も57平米しかない土地をどう使いこなすかを中心に考えていくことにしました。そこで、半地下や高さ1.4m以下のロフトによる緩和を足し合わせて、体感の容積率が200%になることを目指して設計しました。実際、体感としては180%くらいにはできたと思っています。
ーースキップフロアにすることで空調やエネルギーに関する問題は生じませんでしたか。
京都の木造家屋なので、とにかく冬が寒い。よく「夏を涼しく」ということを京都では言いますが、あれは良くない言葉だなと少し思っていました(笑)。昔の人にとってはそうだったかもしれませんが、現代の技術や我々の感覚からすると、エネルギー効率的には冬に暖かいほうが絶対に良いと僕は思っています。夏を涼しくするには、窓を開け放って熱をちゃんと排出してやれば、外気と平衡状態になって外気以上の温度にはならないはずです。しかし実際は屋根がついていて輻射があったり熱が逃げずに溜まってしまうから、外よりも暑い状態になる。それでも30度くらいなら、風さえ吹いていれば暑いことはないんです。元々ここに住んでいた経験から、この敷地は風の通りが良いことはわかっていたので、風をしっかり取り込めれば、冷房をがんがんにかけないといけない家にはならないだろうと思っていました。だからこそ冬を暖かく過ごせるように設計しました。この家ができたのは2013年の2月で、計画した時期は2011年~12年です。2011年に原発の事故があって、エネルギーの問題を真面目に考えざるを得ない時期でもありました。電気は当然大切ですが、「日々の生活の中でエネルギーを使う」ということの意味をようやく意識でき始めていたんです。たまたまその時期に聴竹居に行く機会があって、藤井厚二があれだけのことを考えていたということに触れることができたのも大きかったかなと思います。このような経験がなければ、エネルギーを強く意識した設計はできていなかったかもしれませんね。

スキップフロアのキッチンとリビング
―「共」の場
ーー設計にあたり、ご家族からの要望やご自身の希望はありましたか。
子ども部屋は玄関を入った1階に、リビングは2階にしているのですが、妻は最初、子どもがいつ帰ってきたかわからないような家は嫌だと言っていました。だけど絶対にリビングは2階の方がいいと考えていたので、スキップフロアにすることで下の階と空気として繋げられるということを説明して納得してもらいました。子どもの要望は、ぶっちゃけ聞いていないですね(笑)。僕の要望としては明るい家にしたいというのが第一にあったので、できるだけ無駄な壁を建てないようにしました。それは狭さを克服するという話でもあります。構造家として、さまざまな建築家の設計する家をたくさん見てきて、狭いなりに狭さを感じさせない工夫を経験させてもらったことが設計に生きています。なのでこうした大きな開口、高さ、スキップフロアで体感的な広さを確保しました。でもこうやって4人も来てもらうと、やっぱりちょっと狭いかな(笑)。
――自邸設計はご自身やご家族を見つめ直す機会にもなると思います。設計していく過程で新たな発見や、それを生かすような取り組みはありましたか。
子どもに関しては意見をきいてもうまく表現できないからね(笑)。それに元々個室がなかったので、今度は個室があるよと言ったら、それで納得してもらえました。妻は細かい設計のことはわからないですから、考え方が食い違わないように議論はきちんとしました。一方で、例えばキッチンの奥行きや幅は逆に僕が判断しきれないところでもあるので、実際にキッチンに立つ妻や娘の声をそのまま設計に反映しています。家により長く居る人の居心地の良さを優先した方がいいと思うんですよ。
ーー設計のスタディはどのような過程をとられたのでしょうか。
形のイメージからスケッチを描いて図面に落としていくと、やはり狭さが強烈に効いてきて、じゃあ半地下にしなきゃいけないとか色々なことを考えていくと、最終的にこの形に辿り着きました。外形の決め方には明確な根拠があって、昔の街区の壁面線を強く意識しています。もともと建蔽率60%容積率100%ということは、1階を60%、2階を40%でつくるのがセオリーなんです。かつ街区の中で家々の壁面が揃っているとなると、40%の部分が前掛りで出てくる形になるのでそこは踏襲しておいた方がいいと考えました。実は裏の家との境界にはブロック塀があるのですが、2階レベルになるともちろんブロック塀は存在しないので、多少広さを感じることができます。壁面をお互いに下げあっているからこそ、2階の間隔が広く感じるという街区の特性がずっと繋がっていたんです。それって街区が構成している裏空間なわけですよね。街区だけの共有空間みたいなものを感じ取っていました。路地の先にあるお互いの家の前のスペースって、「公と共と私」でいうところの「公」の空間ではなく、そこの住人だけの「共」の空間です。共空間が京都には裏にありがちで、その気持ちよさを2階にテラスを置くことで展開してやろうという考えがありました。積極的にテラスに植栽を置いたのも、視線を防ぐという意味だけでなく「共」の空間を豊かなものにしたいという思いがありました。街区のもっているポテンシャルを示したかったんです。
