屋内環境における文化財資料の劣化と

収蔵・展示施設の計画・運用について

修士課程2回生 石川和輝

屋内環境における文化財資料の劣化と温湿度制御の目標について

 博物館をはじめとした文化財資料の収蔵・展示を行う施設の内部でも、資料のまわりの温湿度・空気質・光環境などの条件によっては、さまざまな劣化現象が生じうる。特に、適切でない環境温湿度が引き起こすものとして、温湿度の急変動による材料の変形、金属腐食や紙の加水分解といった化学反応の促進、カビや虫の繁殖による生物被害などが知られている。

 資料の安全な保存を目的とした温湿度制御の目標値は、ICOM、IICやASHRAE[註]といった機関により、これまで示されてきた1),2)。しかし、これらの環境基準は、環境側の条件(例:許容される温湿度の幅や変動速度)や適用できる資料側の条件(例:素材や形状)について明確でない部分を残しており、劣化と環境条件の関係性についてより詳しく検討した内容に更新していく余地を残しているだろう。

実際の文化財収蔵・展示施設と環境制御の方法について

 実際の文化財収蔵・展示施設には、窓の日射遮蔽や熱的緩衝のための二重壁構造、エアタイトケースの利用など、外気や滞在者に由来する影響を緩和し、環境制御をしやすくするための工夫がみられるものもある。しかし、その一方で、収蔵・展示環境の温湿度制御を行う設備が設置されていない施設が多数存在することや、環境制御に関する専門家が不足していることが全国的な調査や現場の報告の中で挙げられてきた3),4)。本研究室においても、京都市内の博物館を対象とし、収蔵室を中心とした保存環境の調査を2018年から継続しておこなっている。そこでは、計画当初に想定していない室用途の変更や空調設備の更新、換気経路に関する設計上の問題、負荷に対して過大な空調容量や室内温湿度のセンシング、モニタリング設備の不備、また、換気量制御や空調制御において現場の環境管理に関する人員の不足を十分に考慮しない建築・設備仕様が確認された。さらに、それらが収蔵室の過度な高湿度や温湿度の急変動といった、資料にとって不利な環境の形成に繋がる事例がみられた5)

 文化財収蔵・展示施設の設計・運用に求められる条件については、資料の安全な保存と省エネルギー、マネジメントの観点から、これらを両立させられるような環境制御の方法が検討されてきた。例えば、本研究室では先に述べた博物館の収蔵室の一つを対象とし、空調の新規導入による環境制御に加え、建築的仕様の変更により空調負荷を低減する方法の提案を目的として検討を行ってきた5),6)。ここで、空調負荷を減らすことは、省エネルギー需要に対するものにとどまらない。例えば除湿においては、除去した水をタンクから手動で排水する場合があるため、除湿負荷の低減は、運用者にかかる負担を減らすことに繋がる。他の関連した研究においても、空調の運転に加えて建築的な改修や外気温湿度によって換気量の制御をして負荷を減らす方法、換気方法の工夫や調湿性材料の利用により空調を用いずに温湿度制御を行う方法などが検討されてきた7),8),9)。しかし、現状で、収蔵施設全般について、要求される環境条件に対しどのような制御の在り方が望まれるか、具体的な目安を示すには至っていないと考えられる。さらに、展示環境については、来訪者の滞在による熱水分負荷とその経時変化、資料の保存に適切な環境条件が滞在者の快適性と合致するとは限らないなど、考慮すべき課題が増え、より応用的な問題となりうる。

​写真1 収蔵庫の例1

​写真2 収蔵庫の例2

文化財収蔵・展示施設の計画について

 文化財資料の収蔵・展示施設の建築・設備の計画に関しては、資料をとりまく環境が劣化に与える影響を十分に検討して制御の目標を設定していくこと、また、文化財の管理を行う現場の事情に配慮し、設計意図と運用のミスマッチが起きないような環境制御の方法を考案していくことが必要だろう。そのためにも、文化財収蔵・展示施設に対する建築環境工学的な知見の益々の蓄積と、それらを総合して設計活動に還元していくことが望まれる。

 

 

[註釈]

ICOM: International Council of Museums ( 国際博物館会議 )

IIC: International Institute for Conservation ( 国際文化財保存 学会 )

ASHRAE: American Society of Heating, Refrigerating and AirConditioning Engineers ( アメリカ暖房冷凍空調学会 )

 

 

【参考文献】

1) 三浦定俊ら,2016,『文化財保存環境学 第2版』,朝倉書店

2) ASHRAE,2019,『2019 ASHRAE Handbook—HVAC Applications』Chapter24

3) 佐野千絵,2007,[報告]文化財公開施設の空気調和設備等の設置状況―保存環境調査から―,保存科学,46,301-310.

4) 神庭信幸,2011,東京国立博物館の保存環境の管理.文化財の虫菌害61号(2011.6),3-9

5) Kazuki Ishikawa, Chiemi Iba, Daisuke Ogura, Shuichi Hokoi, Misao Yokoyama, ”Commissioning of air-conditioning and ventilation systems in a public museum storing historical cultural properties”, REHABEND 2020, Abstract No.408, September, 2020.

6) 石川和輝,伊庭千恵美,小椋大輔,鉾井修一:空気の移動を考慮した熱水分移動解析による博物館収蔵室の温湿度・気流性状の分析,日本建築学会大会(関東),2020.9(COVID19対策のため中止、梗概集に掲載)

7) Hans Janssen et al. ,2013, Hygrothermal optimization of museums storage spaces. Energy and Buildings, 56, 169-178.

8) 和田拓也, 小椋大輔,鉾井修一,伊庭千恵美:2019,法隆寺金堂焼損部収蔵庫における壁画の保存・公開に関する研究 数値解析による小屋裏の送風ファンによる環境調整方法の検討,日本建築学会大会学術講演梗概集, D2, 75-76, 2019.7. 

9) 石崎武志ら,2016,空調のない文化財展示・収蔵施設内の温湿度環境解析および環境改善の試み,日本建築学会大会学術講演梗概集(九州),2016.8.

『traverse 新建築学研究』は京都大学建築系教室が編集・発行している機関誌です。17年度より紙媒体での出版を止め、web上で記事を発信していく事となりました。
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