【エッセイ】 平田研究室 修士2回生 菱田吾朗

 リアルとバーチャルを繋ぐ「MASK」

この奇妙な映像は、今現在、私とオンラインで会った場合の

あなたの画面と私の部屋を行き来するものである。

― 投げ込まれたオンライン空間

 新型コロナウイルスの流行によって、オンラインでのコミュニケーションは急速に普及し日常化した。今やビデオコミュニケーションツールを用いたテレワークや授業は当たり前になり、飲み会や多人数でのイベントまで、オンライン空間を介して他者と様々に関わりをもつようになった。「聞こえていますか?、見えていますか?」といった配慮と共に始まり、通信環境によるタイムラグを考慮しながら、画面に向かって会話する。私たちはこのようなオンラインならではの新たな空間に投げ込まれ、迅速に慣れていく必要があったわけだが、このオンライン空間は平面的であり決して豊かであるとはいえない。ビデオコミュニケーションツールを使う際、画面上で工夫できるのは背景やフィルターのみで、平面に映し出された姿からは直接会った時のように表情や微妙な仕草から何かを感じ取ったり、雰囲気や間といったものを共有することは難しい。このような状況のなか「物理的な工夫でオンライン空間をより豊かにできないか」そんな問いからこの試みは始まった。

 

― 裏返ったファサード、接着された窓

 まずはじめに、おなじみのオンライン空間について改めて考えてみたい。私は初めてビデオコミュニケーションツールで友人と話す際、恥ずかしながらまずカメラの画角に写る範囲を掃除し、ポスターや家具のレイアウトを工夫することから始めた。髪を整えたり襟を正すように、部屋の内面に無意識的に気をつかったわけである。オンラインコミュニケーションが日常化した現在では、見られる事のなかった建築の内部も他者に見られる空間となった。実空間の建築において、見られることを意識していた外観やファサードという「外皮」は裏返り、内側に向いた外皮が我々を包み込んでいるのだ。(図1)

​図1 裏返ったファサード

 またパソコンやスマートフォンの画面に映る他者を見ている我々は、新たな窓を得たともいえる。ネット環境さえあれば、遠い異国の地でも気になるあの子の部屋でも一瞬にして見にいくことができるが、一方でオンラインツールを使い始めてから私はパソコンの前では眠りづらくなった。私のパソコンは他人と繋がる窓でありながら私を覗ける窓でもある。常に監視されているような不気味さを27インチの画面から感じるのである。このパソコンの画面は別々の空間同士がくっつけられ、その仕切りにあけられた窓といえるだろう。実空間で遠く離れていた窓同士が接着し、窓の外の世界を介さずに向こうの空間と繋がってしまったのである。(図2)

​図2 接着された窓

― 奥行きをもったマスク

 さてここからは「オンライン時代における〔間〕をデザインする」をテーマに、日米約20名の学生が取り組んだ建築サマースクール2020 (注1)でのプロジェクトについて紹介していこう。このプロジェクトでは、オンライン空間ならではの新たな体験をつくりだす「MASK」(=仮面)を設計するというのが最終的なゴールであった。マスクとは相手から見える自分の姿を変容させるものである。マスクを纏った人々は相手に親しみや恐怖、滑稽さといった印象を与えコミュニケーションを変化させる。またマスクのもう一つの特徴は、装着した人自身の感覚や感情をも変えてしまうことである。マスクをつけた人は安心感や優越感など様々な感情をもち、別人のようにふるまうことができる。

 我々はこのマスクを実空間にしつらえ、その向こうに広がるオンライン空間を豊かに変化させることを目指した。通常マスクは肌に密着した状態で装着するが、カメラの写す画角が世界の全てであるオンライン空間では、カメラと私の間の空間に奥行きをもったマスクをつくることが可能になるのである。

― バーチャルとリアルが交錯する立体性

​図3 Cutting Connection

 私が実際にこのプロジェクトで取り組んだ作品「Cutting Connection」を紹介したい。この作品では普段使用しているiMac(27inch,2015 late) を対象とした。そこでの私の視点(A)とカメラを通した相手の視点(B)の関係は(図4)のようになっている。この2つの画角の重なりにアクリル板を挿入し、反射と透過する面によって離れた2つの空間を交錯させることをねらった。

​図4 視角の交差 (アイソノメトリック図)

 こちらから見ると(視点A)、空間に透明な面が散りばめられ、それぞれにパソコンの画面に映し出された相手の像が反射していく。「バーチャルなあちら」が「こちら側の実空間」に物理的に入り込んでくる。またこちらの視点が動くことで、相手が入り込んでくる面は変化し、こちら側の様々な場所に、立体的に相手が登場することになる。(図5,6,7)

​図5,6,7 

 一方、あちら側から見ると(視点B)、カメラの画角の外にあるはずのこちらの空間がオーバーラップして映りこんでくる。机の上の本やメモ、横の壁のポスター、見えないはずの私の横顔までもが同時に重なって見えてくるのである。またこちらの空間にある物や人だけでなく、「パソコンの画面に映し出された相手の顔」も反射していく。話し相手のサングラスに映った自分を見るかのように、相手には自分の顔が見えるのである。(図8,9,10)

​図8,9,10

 このように透過と反射をする面を空間に散りばめたマスクによって、他者と私を隔てかつ同時に接続させている「画面」に裂け目を入れ、2つの空間を侵入させあった。1枚の画面を隔てて別の空間に存在するものが1つの空間の中に現れるのである。

 しかしマスクといってもパソコンに固定されており脱ぐことができない。相手は様々な像が重なった向こうにしか私を見られなくなる。そこで反射する面に穴をあけ、小窓のように、マスクの効果が及ばない、マスクを脱ぐことができる範囲(図13 オレンジ色の範囲)を確保している。

 

 また、反射と透過の割合は周囲の光の環境と共に変化するので、マスクの効果は時間によって変化していく。これは部屋のライティングによってコントロールすることもできる。窓からの光、部屋の照明、デスクライト、ディスプレイの明るさなど周囲の光環境に応じてそれぞれの面に反射する像の強さを変えることができるのである。

​図11 アイソノメトリック図

図12.jpg

​図12 平面図(クリックで拡大表示)

図13.jpg

​図13 立面図(クリックで拡大表示)

 オンライン空間と実空間との一番の違いは身体を取りまく空間性である。この記事を読んでいるあなたは今この瞬間、背後にどれくらいの空間が広がっていて、誰がいるかをある程度把握しているだろう。実空間では我々は無意識的に視点を動かし、そのいくつもの一瞬を繋ぎ合わせて空間を認識している。話す相手の正面の顔だけでなく、横顔や仕草も感じ取ることができる。そういった身体を取りまく立体性をいかにオンライン空間で感じることができるかへの一つの建築的な解答がこの「Cutting Connection」である。オンライン空間ならではの体験をつくり出せるのはデジタルな工夫によるものだけではない。普段使っているパソコンの前に1枚の布をたらすだけでも受け取る感覚は変えることができる。急速に普及した新たなコミュニケーション空間の可能性はバーチャルとリアルの狭間に大きく広がっているのではないだろうか。

(注1)建築サマースクール2020

The Red Dot School IchikawaとHarvard GSD Design Discoveryが共同主催し、2020年8月3週間にわたってオンラインで行われ日米約20名の建築を学ぶ学生が参加した。3週間という短い期間で未知のテーマに取り組むためにはデザインプロセスが重要であるが、このプロジェクトでは映画の撮影技法や演出を分析し、分解し、また再構成することでデザイン手法を発見するというプロセスが設定されていた。「1つの画面をデザインする」という意味において映画から得るものは多く、カメラアングルやオブジェクトのコンポジション、光やテクスチャーなど、画面からの印象を変化させる多くのエフェクトがこのプロセスで発見された。誌面の都合上詳細は割愛するが、サマースクール全体を通してのデザインプロセスが秀逸に設定されていたことで多くの学生に新たな思考が生まれていたことは間違いない。この記事を読んで興味を持った方は機会があれば参加することを是非ともお勧めしたい。

The Red Dot School ホームページ https://thered.school/ 

図17.png
図14.png

図14 日米約20名の学生が参加した

図16.png

図15,16,17 他の学生の作品 (クリックで拡大表示)

以上4点 図版提供:The Red Dot School

『traverse 新建築学研究』は京都大学建築系教室が編集・発行している機関誌です。17年度より紙媒体での出版を止め、web上で記事を発信していく事となりました。
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2018.10 | 112p
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