【エッセイ】 柳沢 究

 「融合寺院」という建築・都市空間の更新プロセスモデル

  ― 旧い建築をそのまま残しながら新しい建築を重ねること

 

“Merged Temple” as a Model of Spatial Renewal Process
- Layering new building while retaining the old

― 融合寺院の発生に作用する諸要因

 さて、融合寺院の発生メカニズムについて、現時点で判っている結論をすみやかに示せば、そこに関与する重要な条件は次の4点である。

  ①寺院の集積
  ②開発圧力
  ③寺院の不動性・継続性
  ④寺院建築の抑制的な可塑性

 ①②③は寺院のある敷地に建設行為の要求が生じる条件であり、③④はそのような状況下において融合寺院という解決策が採用される条件である。①②は主に都市に由来する(個別の寺院にとっては)外在的な条件であり、③④はヒンドゥー寺院の特質に関わる内在的な条件である。

①寺院の集積
 融合寺院が生じるためには第一に、そこに寺院が無くてはならない。ヒンドゥー教の一大聖地であるヴァーラーナシーには寺院が実に多い。都市全域における正確な数値は明らかではないが、俗に3000と言われる。2013年に筆者らが旧市街中心部で行なった調査では、小さな祠も含め532の寺院が確認された(図6)。およそ33m四方に一つという高密度である。
 ヴァーラーナシーを大聖地たらしめているのは、聖なる川ガンガーの存在と、その川岸を中心に都市内に散在する数多くのミクロな聖地群である。ある場所に聖性が宿るきっかけは、樹木や池などの自然物の存在や伝説的事跡など様々であるが、聖地となった場所には必ず寺院が建設される。特に重要な聖地には多くの信徒や修行僧が集まり、その周辺に新たな寺院が設立される。そして寺院が集積した状況は、聖地の集合体としての都市ヴァーラーナシーの重要性をより高め、さらなる寺院の建設を誘う。このような循環構造を通じて、ヴァーラーナシーには数多くの寺院が建設され、また集積されてきた。市街地に寺院が集積しているという状況は、寺院の存在する土地に開発圧が作用する状況が起こりやすいことを意味する。
 なお寺院が集積されるためには、単に寺院の数が増えるだけでなく、その数が減らないよう存続する必要がある。寺院が失われず残り続けてきたのは、後述の③寺院の不動性・継続性による。

スクリーンショット (44).png

図6 ヴァーラーナシー旧市街における寺院の分布

②開発圧
 ヴァーラーナシーは聖地である一方で、インド最大の人口を誇るウッタル・プラデーシュ州第6の都市として120万(2011年時)の人口を抱える。1931年の都市人口は20万なので、この間に人口は約6倍に膨れ上がっている(ちなみに同期間の京都市の人口増は2倍弱である)。増加した人口は市街地を拡大し高密化する開発により吸収された。融合寺院が多く見られる旧市街中心部は、場所によって人口密度が6万人/km²を超える超過密の環境となっている。
 旧市街にある寺院の多くは、人口密度が今よりもずっと低い18世紀末から20世紀初頭にかけて建設されたものである。寺院の周囲や上空には当然ながら空間的な余裕があり、人口増加に起因する開発圧力が、そのような寺院周辺に強く作用するのは自然な流れである。開発圧は都市全体においては高密化、個々の敷地においては床面積の増加の要求としてあらわれる。

③寺院の不動性・継続性
 しかし、寺院の建つ土地に強い開発圧がかかったとしても、それがすぐに融合寺院の発生に繋がるわけではない。融合寺院の発生には、寺院を動かさない/無くさないための条件、寺院の不動性と継続性が関与している。
 ヒンドゥー寺院の聖性は土地に深く根ざしている。そのため寺院は原則として動かすことができない。これを寺院の不動性と呼んでいる。図7は、道路を1車線から2車線に拡幅する際に寺院の移転ができず、そのまま中央分離帯に残された寺院である。また、寺院の廃却や転用もタブーとされている。そのため、理屈としては(現実には例外もあるが)、一度つくられた寺院はその後もずっと寺院として存在し続けることになる。これを寺院の継続性と呼んでいる。

​ 開発に際して寺院を動かしも無くしもせずに、膨大な手間をかけてその周囲や上部に建物を増築するのは、この寺院の不動性・継続性による。寺院の不動性・持続性は、個々の寺院においては、寺院の移転・除却という選択肢を封じる力として作用し、結果として都市に寺院を集積する要因となっている。

図7.png

図7 道路拡幅工事後に中央分離帯に残された寺院

④寺院建築の抑制的な可塑性
とはいえ寺院が聖なる大事な存在であれば、そもそもなぜ寺院の上に覆いかぶさるような建設が許されてしまうのだろうか。この点については、融合寺院における主寺院の存在を「場としての寺院」と「寺院建築」とに分けて考えること、また両者には聖性の格差があると考えることで理解しうる。
 「場としての寺院」とは、神体に象徴される神性が宿り、神体が祀られ、礼拝や祭祀などの宗教的行為が営まれる場である。「寺院建築」は、そのような「場としての寺院」に空間を与える建築物である。「場としての寺院」は中身/機能/ソフトであり、「寺院建築」が器/空間/ハードである、と言いかえてもよい。
 寺院建築はもちろん大事に扱われるべきものであるが、寺院の存在意義の根本は場としての寺院にある。したがって、その覆屋である寺院建築の聖性はあくまで二次的である。その聖性が二次的であるがゆえに寺院建築は、場としての寺院ほどにはアンタッチャブルではなく、周囲への増築など状況に応じた改変がある程度許容されるという可塑性を備えている。実際に、寺院建築に対する自由な増築やその一部を世俗的に利用するといった事例は、ヴァーラーナシーに限らずインドのあちこちで目にすることができる。それと同時に寺院建築は、二次的とはいえ聖性を帯びた存在であるがゆえに、その過度の改変は抑制される。破壊はもちろんであるが、改変の中にあっても、シカラを覆わない、外観はなるべく露出する等の配慮がなされる。
 このような寺院建築の二次的聖性に起因する「抑制的な可塑性」が、開発を受け入れつつ寺院を維持する融合寺院という現象の、重要な成立条件となっている。個々の事例における改変/抑制の程度は、その当事者により個別に判断され、その判断の振れ幅が、図5に示される融合寺院の多様な形態を生み出している。

 

 以上を整理し、融合寺院の発生プロセスを図式化したものが図8である。全体として見れば、寺院の集積した都市空間に作用する強い開発圧とヒンドゥー寺院の不動性・継続性とのせめぎあいの中で、寺院建築の抑制的な可塑性を媒体として、融合寺院は産み落とされているのである。

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図8 融合寺院の発生プロセスの模式図(文献1所収の図を改訂)

― 建築・都市空間の更新プロセスモデルとしての融合寺院

 融合寺院は、聖なる建築である主寺院と俗なる建築である副建物とが重なりあう現象であるが、建設時期の前後関係に注目すれば、旧い主寺院と相対的に新しい副建物が重なる増築現象であると見ることもできる。以下ではそのような視点から、融合寺院という現象をより一般的に、建築および都市空間の更新プロセスのモデルとして扱うことが可能かどうか、検討してみたい。
 さしあたり、融合寺院的な更新プロセスを、「旧い建築をそのまま残しながら新しい建築を重ねる」ことによる更新であると仮定する。同様の言い方をすればスクラップ・アンド・ビルドとは、「旧い建築を全て除却した後に新しい別の建築を建てる」ことによる更新プロセス³である。融合寺院的な更新と通常の増築やリノベーションとの境界は、「建築」や「そのまま」「重ねる」といった語をどう定義するかにより変動するが、ここではあまり詳細な議論に立ち入らずに、大まかに以下のような要件にかなう建築の更新状況を想定して話を進めたい。

3 その他にも、移築=「旧い建物を解体し別の場所でつくりなおす」、造替=「旧い建築を全て除却した後に新しく同じ建築を建てる」といったモデルが想定できる。

  ・更新の前後において旧い建築の形態がおおむね維持されている
  ・新しい建築が「建築」と呼びうる規模である(部材や部屋単位での増築や改修ではない)
  ・新しい建築の構造または意匠・用途等が旧い建築とはある程度異なっている

  ・新旧の建築が外観上あるいは空間的に密接不可分である

 要するに、単純に旧い建築を拡張したり一部改変したものではなく、異なる時期に異なる構成原理の元につくられた建築(と呼びうる自立性をもった空間)を一体的に共存させるような更新を、融合寺院的な更新とみなすということである。

 このように一般化して考えた時、図8に登場する融合寺院の発生に関わる諸条件は、どのように読み替えることができるだろうか。
 〈①寺院の集積〉は都市スケールにおいて寺院と開発要求との衝突確率を高める条件であるが、個別の敷地にあっては融合寺院が生じるための大前提として寺院が存在することを意味する。ここでは話を単純にするために、更新の問題が生じた個別敷地のみを想定し、〈❶旧い建築(の存在)〉としておく。
 〈②開発圧〉はそのままでもよいが、なんらかの変化を起こす力が作用するという意味で、より一般的に〈❷変化圧〉と呼ぼう。どのような時代・地域であっても、変化圧は様々な形で存在する。
 〈③寺院の不動性・持続性〉は、変化に抗い「旧い建築」の現状を維持しようとする慣性力の一種である。ただし、どのような場合にも存在する、「めんどくさい」「もったいない」といった身体的・経済的・心理的な負担を避けようとする消極的な慣性力に比べて、融合寺院において作用しているのは、より積極的で硬骨な〈❸強い慣性力〉と呼ぶべきものである。歴史的・文化的・宗教的・政治的・経済的に価値が高い建築、ある人/集団にとって強い愛着がある建築、なんらかの事情で使い続ける必要のある建築などには、その建築を壊すあるいは改変することに抵抗する強い慣性力が働く。
 〈④寺院建築の抑制的な可塑性〉は、融合寺院という現象の核心に関わる概念であるため、やや丁寧に整理したい。
 融合寺院では「場としての寺院」と「寺院建築」とを区別して考えたが、一般化にあたって本質的なのは、ソフト/ハードあるいは機能/空間の区別ではなく、両者に存する聖性の差およびそれに起因する改変の自由度の差である。それは、「場としての寺院」の聖性が根源的であり「寺院建築」の聖性は二次的であるとすることで、前者では原則として改変を一切認めず、後者では抑制がきいた改変を許すという、段階的な運用の思想である。抑制的な可塑性とは、より一般化して言えば、旧い建築を構成する要素間において「最も大事なもの」を明確にすることで、「次に大事なもの」の改変に一定の自由度を与え、全体として維持と変化のバランスをとることを可能とする概念である。
 抑制的な可塑性、あるいは強い慣性力を備えるものは、必ずしもソフト/ハードといった区分に対応するとは限らない。ここでは、旧い建築がなんらかの次元で〈❹抑制的な可塑性〉を備えている、という表現にとどめたい。そして、〈❸強い慣性力〉と〈❹抑制的な可塑性〉が同居する背景には、重要性の序列があるというのが融合寺院的な更新モデルの仮説である。重要性の序列の根拠は、融合寺院では場所の聖性であるが、様々なケースが想定しうる。

 以上の検討から得られた図9は、建築や都市空間の更新を考えるにあたって、何を示唆しているだろうか。

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図9 融合寺院的な更新プロセスの模式図

 〈❶旧い建築〉に〈❷変化圧〉と〈❸強い慣性力〉が作用するという状況は、程度の差はあれ、あらゆる場所で見られるごく普遍的な状況にすぎない。変化圧が慣性力に比して十分に弱ければ現状が維持され、変化圧が慣性力を上回れば変化が生じる。問題となるのは両者が拮抗している場合である。この変化圧と慣性力の拮抗は、設計者や施主などの個人や組織の内的葛藤におさまる場合もあるが、社会的に立場の異なる集団の対立という形をとると、いわゆる保存/開発論争となる。 

 葛藤や論争の末に、あるいはなし崩し的に、どちらか一方(日本ではたいてい変化圧に従う方向)に帰結する場合が多いが、時として、両者の中間的あるいは両立的・妥協的・折衷的な落とし所に至ることがある。その中には、「旧い建築をそのまま残しながら新しい建築を重ねる」という融合寺院に類似した構成をもつものも少なくない。

 そのような事例として、宗教的な建築では、ギリシア神殿の遺構を内包するシラクサ大聖堂(図10)、日本の寺社建築に見られる覆屋・鞘堂(図11)、ビルや住宅の一部に組み込まれた地蔵堂(図12)などがある。現代建築では、路地奥の三軒長屋に鉄骨フレームとコンテナが重層する『コンテナ町家』(図13)、工場の中に木造住宅が挿入された『工場に家』(図14)、近代洋風建築の上に超高層ビルを増築したいわゆる「腰巻きビル」の一群などが挙げられよう(図15)。

図10 シラクサ大聖堂・平面図(文献3)

図11 覆屋の例:中尊寺金色堂覆堂・断面図(文献4)

図12 町家に組み込まれた地蔵堂

図13 『コンテナ町家』設計:魚谷繁礼建築研究所

図14 『工場に家』設計:裕建築計画(文献5)

図15 「腰巻きビル」の例:

損保ジャパン日本興亜横浜馬車道ビル

(写真:Wiiii / CC BY-SA 3.0)

 これらの事例では、変化圧と慣性力を調停する〈❹抑制的な可塑性〉、あるいはそれに類似した条件が存在するだろうか。あるいは融合寺院とは外形的に類似しているにすぎず、そこには別のメカニズムが働いているのだろうか。更新プロセスモデルとしての融合寺院の妥当性に関する具体的な事例に基づいた検討は、稿を改めて論じたい。

(参考文献)
1) 柳沢究・小原亮介・山本将太:「『融合寺院』の概要と成立背景:ヴァーラーナシー旧市街(インド)における既存ヒンドゥー寺院を核とした増築現象に関する研究」、日本建築学会計画系論文集第747号、pp.897-906、2018
2) Yanagisawa Kiwamu, Ohara Ryosuke, Yamamoto Shota: "Outline and background of “merged temple”: Study on extension and construction surrounding existing Hindu temples in Varanasi Old City, India", Japan Architectural Review, vol.3, pp.359–374, 2020
3) Santos, E.: "A Doric temple in the Baroque cathedral: the case of Syracuse", 2021, http://www.didatticarte.it/Blog/?p=18135(2021/10/21閲覧)
4) 大岡実:「金色堂新覆堂」、月刊文化財、No. 56(1968年5月号)、pp.21-24
5) 裕建築計画:「工場に家」、https://www.hello-uu.com/worksfolder/wr-1800-koubah.html(2021/10/21閲覧)
 

柳沢究 Kiwamu YANAGISAWA

Kiwamu YANAGISAWA, Born in Yokohama, Japan in 1975, Kiwamu Yanagisawa is an associate professor at Graduate School of Architecture, Kyoto University. Receiving his bachelor's degree in 1999, his master's degree in 2001 and his doctoral degree in 2008 from Kyoto University, he held academic positions in Kobe Design University and Meijo University, and also established his design office, Q-Architecture Laboratory. He mainly studies on the contemporary transformation of traditional urban space in asian cities, as well as architectural design for houses, renovation, community development and so on.

『traverse 新建築学研究』は京都大学建築系教室が編集・発行している機関誌です。17年度より紙媒体での出版を止め、web上で記事を発信していく事となりました。
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2018.10 | 112p
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