【エッセイ】 古阪 秀三

 建設業の歴史と巣

 今回のtraverse21のキーワードは“巣”。

​ 建設業の世界で“巣”といえば、伝統的に維持されてきた元請・下請関係、しかもそれが専属的に繰り返されてきた関係が頭に浮かぶ。その歴史を若干振り返ってみる。

 さて、その建設業のなかで、大手の建設業者は、古い順に竹中工務店(1610年創業)、清水建設(1804年創業)、鹿島建設(1840年創業)、大成建設(1873年創業)、大林組(1892年創業)となるが、この中の、とりわけ竹中工務店と清水建設は大工棟梁を出発点としており、その配下に多くの職人を抱えて徐々に大きな仕事をするようになった。

 明治期になり、工事の規模が大きくなるのに伴い、上述の5社をはじめ、多くの建設業者が、元請―親方―職人、あるいは元請―名義人―世話役―職人の体制になっていった。さらに大正・昭和期に入って工事の規模と量的拡大に伴い、元請―名義人―大世話役―世話役―職人、あるいは元請―名義人―大世話役―世話役―棒心―職人と、重層化していくこととなった。各者の主な役割は表1のごとくである。(図1)

図1:元請負人と下請負人の関係と重層下請 文献5)

 この重層化のなかで、元請は名義人を配下に置き、名義人に労働力調達と具体的な職人の管理・施工を任せ、元請自身は工事受注と工事資金・生産手段の用意を担当するという相互依存関係が築かれることとなり、この強固な関係、俗に「親子の関係」といわれるような強力な協力関係のもとで下請の組織化へと進んでいった。

 その組織化には、当時の「会計法(明治22年公布)」も影響があったとされる。その会計法では、それまで国の建設工事は大部分が「特命随意契約」であったにも関わらず、「一般競争入札にする」とした会計法の公布が行われたという。その理由・利害得失は別稿に譲るが、その公布によって、一般競争入札が常とされたとすれば、元請企業の乱立等が激しくなり、各元請は当然のこと、優秀な名義人/世話役/職人を選別・確保することを考え、その組織化に乗り出し、名義人を中心に特定の元請傘下の協力会が形成されることになっ

表1:昭和30年代の建築生産体制の例 文献3)

た。このような活動はほとんどの元請において行われ、協力会の存在はその後、現在に至るまで、定常的に残っており、現在の総合請負業者と専門工事業者の源泉となっている。ちなみに、現在の各社の協力会の一部を紹介すると、「大林組:林友会、鹿島建設:鹿栄会、清水建設:兼喜会、大成建設:倉友会、竹中工務店:竹和会など」であるが、かつてほど(他のGCの仕事は請けない:専属的)の強力な関係ではない。現在の存在意義の重要な点には災害防止協議会、安全パトロールなどがある。

 しかし、協力会設立当初は上記のような事情から、専属下請と称される、特定元請からのみ仕事を請けるやり方が主流であり、その場合の協力会、仕事するしくみは、まさに“巣にすみ、力をつけた段階で巣立っていく”がごとくの流れであった。その子分の世界には、名義人集団は巣をつくり、専属下請として活動することが多かった。しかし、時代の流れと共に、専属ではなく、独立的にする専門工事業者、特定の元請への依存度を20%程度に抑えるところ等様々な様相を呈するようになる。この重層下請構造に関しては多くの研究、論説等があるので、それらを参考にされることをお勧めする。

 

 時間は過ぎて、1970年代に移る。

 筆者は、1974年3月に大学を卒業し、あるスーパーゼネコンに就職、直ちにA建設現場の係員として活動を始めた。A建設現場は、その半年後に竣工することになるが、現場配属になって、しばらくして、その現場の元請・下請の関係者が30人程度集まり、竣工間際の慰労会を盛大に行った。そのひと隅に新入社員の自分も同席し、その祝いと共に、新入社員への祝福も兼ねてしてくださった。その宴会のなかで、職人の親父さんたちが、「新入社員の監督さん、給料は安いやろ。少し小遣いあげようか。」といわれたことを鮮明に覚えている。もちろん、小遣いはもらってはいないが、その印象が強烈に残った。

 なぜこの話を持ち出したかというと、その当時、職人の親父さんたちが元請の新人に「小遣いあげようか」というくらいに気前が良かったのがなぜかを考えるためである。

 その理由の一つは、もともと元請自身は発注者とのあいだでの一式請負契約であり、下請とも「手間請け」として、「工事の種類、坪単価、工事面積等により総労働量及び総報酬の予定額が決められ、労務提供者に対して、労務提供の対価として、労務提供の実績に応じた割合で報酬を支払う」との考えが一般的になっていたと考えられることがある。さらにいえば、当該の下請業者は必ずしも鉄筋工事、型枠工事等個別の工種で工事を受注することばかりでなく、躯体一式、あるいは内装一式といった専門工事業種をまたがった範囲での下請負契約もあり、とりわけ協力会メンバーとの契約交渉ではかなりの自由度/優先度があったことがあげられる。

 さらにその実際の手間請けにおける優秀な職人は、1日に通常の職人の3倍の効率で仕事をこなすこともあり、その場合の賃金もそれに見合った額となることが常であった。

 

 しかし、この状態が変化する時期が早々にくることとなった。

 それはTQC(Total Quality Control)活動が始まると共に起こり始めた。

 TQCとは、日本語では通常、全社的品質管理活動といわれている。JISによれば、その定義は「品質管理を効果的に実施するためには、市場の調査、研究、開発、製品の企画、設計、生産準備、購買・外注、製造、検査、販売及びアフターサービス並びに財務、人事、教育など企業活動の全段階にわたり、経営者を始め管理者、監督者、作業者など企業の全員の参加と協力が必要である。」そして、その実績が際立つ組織にはデミング賞を授与することとなった。

 日本のいわゆる大手5社では、1976年以降、竹中工務店、清水建設、鹿島建設がTQCに取り組み、デミング賞を受賞している(会社名は受賞順)。

 その一方で、TQC活動の進め方とは異なり、自社での検討のうえで全社的な品質管理活動に取り組んだのが、大林組のSK運動(総合的質管理)と大成建設のMTG(目的達成グループ)である。

 活動の手段/方法はともかくとして、いずれも品質確保が重点であり、5Mの管理として、以下のものが取り上げられてきた。

 ①材料、部品(Material)

 ②設備、機械(Machine)

 ③作業者(Man)

 ④作業方法(Method)

 ⑤検査、測定(Measurement)

 そして、これらのわかりやすい実践例としては、作業標準、生産性の確認などが取り上げられ、その集大成として「生産性の向上」が大きな目標となっていった。

これらのことは、品質が確保でき、しかも生産性が向上するのであれば、極めて望ましいことではあるが、その一方で、労務系業種の元請・下請間での「手間請け」に関して、大きな問題が生じることとなった面が否定できない。

 1980年前後に、躯体系専門工事業者の方々と共に、いくつかの新しい建築工事の受発注方式の議論をする機会があった。その場での議論は、現在の元請/総合建設業者がプロジェクトのマネジメント業務に特化し、専門工事業の人たちが躯体一式請負をする、あるいはJVで躯体一式を行うなど、多様なプロジェクトの実施方式があってもいいのではないかというような未来志向の座談会であった。(図2)

 

図2:多様なプロジェクト実施方式

 そんななか、TQCの話題が出たときに、ある専門工事業者の社長が、TQCとは我々にとって、「とっても苦しいもの」であり、その理由は、それ以前には「労務の手間請け」が当然であったが、その手間請けが、「一人工単価と施工面積」で総額を決めるという方向になりつつあるとのことであった。つまり、優秀な職人がどんなに頑張ろうと、「1日1人工いくら」で決まってしまうとのことであった。そこに“巣”の感覚はなかった。

 現在の状況は、いずれの方法もあり、建設業団体、協力会、企業などによって、相当程度の違いがある。余談になるが、コロナ禍での工事中における救済内容も、発注者/元請/下請等によって、極めて大きな開きがあると聞く。

 

 そして、現在。

 工業化、部品化、機械化、全自動化などによって、優秀な技能者が不要な方向に向かいつつあるようにも思えるが、その一方で、国土交通省が音頭を取って、建設キャリアアップシステムが稼働し始めつつある。そのシステムは、「①技能者が能力や経験に応じた処遇を受けられる環境を整備し、将来にわたる建設業の担い手確保、②現場管理や書類作成、人材育成の効率化による生産性の向上を目指すもの」である。

 さて、“巣”に育った技能者のしくみとその完成度、その一方で、極度に工業化/AI化が進むなかをいかにすべきか。

 今回の拙稿は、ざっと100年あまり前からのかなり乱暴な流れのなかでの“巣”について書いた。いずれ、これらの流れのもう少し厳密なものを明らかにしたいと思う。

 端的には、120年ぶりの民法改正が行われた。建設産業においてもその影響を受けて工事請負契約約款や建築設計・監理等業務委託契約約款の改正が行われている。それとは少々法制度が異なるが、日本の建設産業の活動に関わる法律として、1949年に建設業法、1950年に建築基準法と建築士法が一式請負契約を前提として制定された。さらに、1972年には労働安全衛生法が、これまた一式請負制度を前提として制定されている。

 この歴史的流れが変化するようになってきたのはそれほど昔ではない。たとえば、書面契約や専門分化が実質化したのもここ20年前後のことである。また、欧米でいう役割分担型の発注方式など多様な発注契約方式が日本でも使われるようになってきた。このような多様化の流れのなかで、1950年前後に一式請負を前提に法制度化された3つの法律の改革は喫緊の課題となっている。元請→一次下請→二次下請→三次下請と流れる請負制度の合理性検証も必要となってこよう。

 

 

 

 

 

参考文献

1)島田裕司.日本土木会社の研究―明治時代の巨大ゼネコンの突如の消滅の原因について―.駒沢女子大学研究紀要第21号,2014

2)金多隆,吉原伸治,古阪秀三.建設業における系列とパートナリングの比較分析.日本建築学会第21回建築生産シンポジウム,2005

3)古阪秀三,山田祥子.建設産業における重層下請構造の実態と簡素化の一考察.日本建築学会第26回建築生産シンポジウム,2010

4)建築生産小委員会.建築生産の30年 そしてこれからのために.日本建築学会第30回建築生産シンポジウム・危険企画,2014

5)徳島県HP:建設業者の皆様へ -元請負⼈と下請負⼈の関係に係る留意点

https://e-enshinyusatsu.pref.tokushima.lg.jp/shitauke/guideline

6)㈱社会調査研究所.建設業における生産性の現状等に関する調査・調査結果報告書.建設業振興基金,1989

7)労働基準法研究会労働契約等法制部会.労働者性検討部会報告.平成8年

 

古阪秀三 Shuzou FURUSAKA

Shuzo Furusaka was born in 1951 in Hyogo, Japan. He was a Professor of Architecture System and Management, Department of Architecture and Architectural Engineering of Kyoto University. He had worked in construction industry for two years as a site manager, before returning to the University. He has been working in academic field for about forty five years. His main research themes are “Integration of Design and Construction”, “Restructuring Construction Industry and Construction System in Japan”, and

“Project Management”. He was a President of Construction Management Association of Japan and Chairman of Committee on Architecture System and Management of Architectural Institute of Japan. He is now a Representative of The International Study Group for Construction Project Delivery Methods and Quality Ensuring System and Chairman of General Conditions of Construction Contract Committee.

『traverse 新建築学研究』は京都大学建築系教室が編集・発行している機関誌です。17年度より紙媒体での出版を止め、web上で記事を発信していく事となりました。
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2018.10 | 112p
19
インタビュー:米沢隆
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ダイアグラムによる建築の構想
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2020.01 | 112p
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   木村吉成&松本尚子
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