【インタビュー】 THEATRE E9 KYOTO 支配人・蔭山陽太

        

 まちの中の巣

聞き手:石原佳苗、瀬端優人、前田隆宏、間山碧人
2020.7.18 THEATRE E9 KYOTOにて

まちの中では一人一人の市民が多様な活動をしており、その中で同じ目的をもつ者同士が独自のコミュニティを形成しています。多数のコミュニティがひしめき合うその一部には、惜まれながらも時間とともにその姿を消してゆくものもあります。本稿では、積み重ねてきた歴史や文化の灯火を守り続けている方に注目します。自らの「巣」をまちという異なる次元の「巣」に編み込み、互いに維持・発展するために活動を続けてきた蔭山氏へのインタビューを通し、これまで/これからのまちとアートの関係性を考えていきます。

 

  板場から劇場へ

ーーまずは演劇や劇場の世界に携わられるようになった経緯をお伺いしたいです。

 

大学の頃に先輩が出ていた芝居を観に行ったくらいで、特に演劇とは縁がありませんでしたが、大学の学園祭の企画などは面白くやっていました。大学5年目の夏、北海道のホテルで短期のアルバイトをしていたのですが、辞め際に料理長から板前を勧められて、始めてみることにしました。厳しい板長さんのもとで一通り料理の勉強をしましたが、料理屋さんの板場ではお客さんと接することがないので人恋しく感じていて。そこで休みをもらって、東京に行き、そこでオペラ歌手をやっていた友人に劇場の仕事を勧められました。未知の世界でしたが面白そうなので、六本木にある「俳優座劇場」に履歴書を持ってアポ無しで訪ねたことがきっかけでこの業界に飛び込んでみることにしたんです。しかし料理も劇場も、職人の世界です。仕込みやバラシなどの言葉遣いも、雰囲気もどこか似ている。同じところに来たなと感じました。例えばコース料理にも流れや物語があって、器などによる演出も必要で、演劇と似ている。何より料理も演劇も、味わうその瞬間が終われば記憶にしか残らないものです。人と接する仕事をしたいという動機で探したはずが、演劇の世界にはすごく親近感がもてました。

  劇場の人格

ーーその後、蔭山さんはこれまで多くの劇場で重要な役割を果たしてこられました。劇場でお仕事をされる上で大切にされていることは何でしょうか。

 

劇場には、関わった人たちによって育て上げられる人格があると思っています。新しい劇場は生まれたばかりの赤ちゃんみたいなもので、まずは近所の人に祝福されてから、褒められたり怒られたりしながら地域の中で育っていく。そうすると劇場も良い人生を送れるのだと思います。かつて演劇公演のツアーで全国各地を巡っていた頃、かわいそうな運命を辿っている劇場もたくさん見てきました。自分たちの劇場はそうならないようにという思いは、ものすごくあります。これまで色々な劇場の仕事に携わってきた中でも、伊東豊雄さん設計の「まつもと市民芸術館」は最も印象に残る素晴らしい劇場です。機能的にもデザイン的にもとても優れています。しかし「まつもと」は、当時のハコモノ行政批判ブームのあおりを受けて市民の大きな反対の声が上がっている中で建設が進められていました。オープン直前にあった市長選挙では新劇場の是非が大きな争点になり、高い投票率のなか、僅差で反対派が推す候補が勝ったので、実質、有権者の賛否はほぼ半々です。せっかく建てられた真新しい劇場が、市民にとってわだかまりの象徴になってしまった。つまり、誕生を祝福されないままに人生をスタートしてしまう、このままではこの劇場が将来グレてしまうなと思いました。この時が劇場にとっての人格ということを強く感じた瞬間でした。そしてその人格を育んでいくためにはそこで働く人たちのそうした思いが大切なんだと。それからしばらくの間、粘り強く市民の皆さんと交流を続けた結果、反対していた皆さんに深いご理解とご協力をいただけることになり、今も広く市民に愛される劇場として育まれています。そんなこともあり、その後「ロームシアター京都」立ち上げの仕事に呼ばれた時も、まず何よりもスタッフの人事を任せてもらうことをお願いしました。新しい劇場の誕生に立ち会うというめったに関われない機会を、若いメンバーに経験してもらいたかったんです。その結果、全国から可能性に溢れた若い人材が集まってくれました。彼らの情熱と体力のお陰で「ロームシアター京都」を無事、誕生させることができ、全国的にもとてもユニークな活動に取り組んでいる劇場になっています。

 

  劇場を建築する

ーー劇場を立ち上げるにあたり、運営者として設計段階から参画することも多いのでしょうか。

 

劇場は、ハードはもちろんソフト面との関わりも重要なので、いま高槻市が建設を進めている公立劇場(設計/日建設計)でも打ち合わせに参加しています。一般的に特に公立劇場では運営者が後から決まることが多いので、設計段階に参画できないことが多く、結果として日常の運営や事故防止のために余計な人員が必要になってしまったり、劇場を利用するアーティストやスタッフ目線での使い勝手が疎かになったりするケースも少なくありません。その点、「まつもと市民芸術館」は特に楽屋が素晴らしい。楽屋の入り口から開放的で、よくある「裏口」的な感じはなく、気持ちよく劇場に入っていけます。各部門のスタッフルームや「たまり場」となるスペースの配置もとても機能的に考えられており、出演者のための楽屋のデザインや居住性も抜群です。何より楽屋で過ごす時間が文字通り「楽しく」快適だとアーティストがまた来たくなり、次の利用に繋がります。これは経営的にもとても大切なことだと確信しました。ところが大抵の場合、楽屋は収容人数重視で具体的な設計は後回しになり、検討段階では時間的にも予算的にも余裕が無くなります。劇場という施設は利用者、観客、劇場管理運営者、全ての視点に立って設計することが求められるのです。

THEATRE E9 KYOTOを運営している「一般社団法人アーツシード京都」にはこうした視点の全てに関わってきたメンバーがいるので、これまで多くの劇場の立ち上げや運営に携わってきた経験を生かしてのコンサルティングを通じて、これからの世代に受け継いでいきたいと思っています。

 

ーー運営者が設計段階から入った劇場が手本となって、劇場建築全体の質が上がるということも期待できそうです。

 

設計ってやっぱり面白くて、設計する人がどんな人とどれだけ関係をもっているか、そのパーソナリティーで設計の豊かさが変わってくると思います。さらに出来上がった劇場をアーティストが使う中で、今まで見たことのない空間の使い方を発見すると、また新しい可能性が見えてくるんです。

 

  芸術の価値

芸術に対して商売のような言い方をすると嫌われる傾向がありますが、特に舞台芸術はコピーして大量生産して全国で同時販売する、ということは出来ません。だから長く観続けてくれるお客さんとの継続的な関係性(生涯顧客)の構築が大切で、アートマネージャーはそのための知識や感覚をもっている必要があると思います。僕が30代の時に、文化庁の在外研修でロンドンに滞在し、劇場の会員システムを調べました。日本では会員になるとチケット代が割引になるのが普通ですが、ロンドンの多くの劇場では支持会員の会費がチケット代以上に高い。つまり安く観るのではなくて、それ以上に支援しているんです。特典としては、初日のパーティーに参加できるとか、劇場の椅子にネームプレートを付けてもらえるといったことがあるのですが、そうしたことで会員と劇場との関係性がより強くなる。劇場にとっては経営的にプラスになるし、会員の人にとってもステータスになるという相互関係なんです。これを日本でもできないかと思い、帰国後、当時所属していた劇団(文学座)で、それまで年会費が2万5千円くらいだった会員制とは別に年間5万円、10万円、生涯100万円というコースを設定したいと提案したら「同じ芝居を観るのにわざわざ定価より高いお金を払う人がいるのか」という声が多くありました。だけど「一人も会員になる人がいなくても損はしないから」と説得して実施したところ、100万円コースも含めて、皆が思っていたより遥かに多い方が入会してくれました。

 

 

ーーなぜそのシステムがうまく作用したのでしょうか。

観る人はその時間をその場所に行って過ごすという、いわば感覚的、心理的な体験に対価を支払っているので、その人にとっての価値観は様々です。アートにおいては、需要供給曲線の交点ではなく、作品を介したアーティストと鑑賞者との間の信頼関係で価値が決まるはずなんですよ。だから会員制にグラデーションをつければ、実質的には定価に縛られることなく、「客席単価×客席数」という限られた枠以上に収入を増やすことができるわけです。

ちなみに「E9」でも年間3万円と5万円のサポート会員には何の差もありませんが、5万円コースを選択していただける人もいます。

日本では公的な助成金を申請するとその度に芸術の価値や必要性について「誰にでもわかる説明」を求められます。もうかれこれ四半世紀以上、アーティストやアートマネージャーがこの説明をし続けているのですが、未だに文化行政を司る国や地方自治体の公的機関の皆さんには本質的な理解を得られていないということになります。

その一方で私たちも「芸術は人の心を豊かにする」から必要だという言い方をよくしますが、芸術に触れていない人の人生が豊かでないということでは決してありません。つまるところ苦し紛れに「芸術的な手法は世の中の役に立つから」というもっともらしい話にとりあえず落ち着かせてしまい、その結果、何か社会奉仕的なこと(これを「社会包摂」という間違った言い換えをしていたりします)をしないと公的助成金をもらえない、という風潮が常識になりつつあることにはとても危機感を抱いています。

芸術を役に立たせるためにやるとつまらなくなっていきます。しかし、あらゆる芸術は歴史上、今この瞬間まで、世界中で地上から無くなったことはありません。この事実を否定することは誰にも不可能であり、まさにそのことが人類にとっての芸術の必要性を自ずと証明しているわけです。

ただ、ここで芸術創造活動をやめてしまうと過去の人類が営々と、時には命がけで証明し続けてきた努力を終わらせてしまうことになってしまいます。だからこそ芸術家は「社会奉仕」や「社会包摂」より何より、創造活動を続けることが大切です。そしてアートマネージャーはその活動のために継続的安定的な環境を確保することに注力し、劇場はそのプロセスと作品を観客、社会と共有する場として大切に育んでいかなければなりません。

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『traverse 新建築学研究』は京都大学建築系教室が編集・発行している機関誌です。17年度より紙媒体での出版を止め、web上で記事を発信していく事となりました。
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2018.10 | 112p
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ダイアグラムによる建築の構想
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